| ■ 9 新たな・・・味方? ■ キサド山脈は、実際凄い険しい山だった。 切り立った崖に続く細い道をゆっくりと上っていく。足場が悪いことこの上ない。 「ユリア、平気?」 「うん」 横に並んで歩けるような状態ではないので、先頭をシサー、ニーナ、ユリア、そして俺の順で細い道を進む。レイアは相変らずふわふわと飛んでいるので隊列に含まれない。 朝早くリノを発ったにも関わらず、その足場の悪さと急激な斜面のせいで、ちっとも先に進んだと言う気がしなかった。既に太陽は真上まで来ている。 「もう少し先に進むと道が少し広くなる。そこまで行ったら一度休憩にしよう」 シサーのその言葉を支えにひたすら歩く。黄土色の乾いた土で辺りは覆われ、所々に生えている木々も何だか貧相だった。乾いている感じがする。 昨夜空を覆い始めていた雲は、出発する時には薄くなっていたけれど、今は再び頭上を覆い始めている。どんどん厚くなっていく雲に雨の匂いを感じて俺は不安になった。……やだなあ。雨が降ったら。 そんなふうに思って空を見上げてため息をつく。途端、ぽつりと俺の頬に水滴が当たった。 「ちッ。降って来やがったな……。少しペースを上げよう。こんなところで本降りになられちゃたまんねえ」 踏み外さないよう気をつけながらペースを上げて歩いて行くと、ようやく道幅が少し広くなり、更にその少し先に踊り場のように僅かな広いスペースがあった。その壁沿いに穿たれた小さな洞窟に飛び込む。 「参ったなあ……」 洞窟の入り口で空を見上げながらシサーがぶるぶると頭を振った。ニーナがシサーにタオルを渡してあげる。俺も荷袋からタオルを取り出して濡れた頭を拭いた。 「ユリア、寒くない?」 やはり髪や顔の水滴をタオルで拭っていたユリアに問う。ユリアは笑顔を向けた。 「ありがとう。大丈夫よ」 「どーすっかなあ……」 顰め面で振り返るとシサーはこちら側に戻って来て地面に胡座をかいた。 「この先も険しい道が続くからな。雨で足場も視界も悪くなると、かなり危険だ。止むまで待つしかねえかな」 「雨は自然の恵みよ」 ニーナが機嫌が良さそうに言う。森の妖精エルフであるニーナにとっては雨は嬉しいらしい。シサーが肩を竦めた。 「別のタイミングで恵んで欲しいもんだねえ……」 「贅沢言わないのよ」 「へいへい」 幸い雨はそれほど長い間降らず、2時間ばかり待ったところで晴れ間が覗いてきた。山の天気は変わりやすいと言うのはこっちの世界も同じらしい。 たっぷりと休憩を取って再び切り立った崖沿いの道を歩き出す。最初より少しは広くなったとは言え、足場の悪さに変わりはない。しかも今度は雨で足元がぬかるんでいて、滑りやすくなっていた。勢い、進行速度も落ちる。 どれくらい進んだんだろう。だんだん足がだるくなって来る。 「もう少し行ったら、もう一度休憩しよう。そこで今日は野営をした方が良いかもしれねえな」 日は少しずつ傾き始めていた。確かに次の休憩ポイントを逃したら、次は野営を張れるような場所にいつ出会えるかわからない。 足元の崖から下は、先ほどまでは目も眩むような果てしない急斜が続いていたけど、今は景色が少し変わって川が流れていた。果てしなく下、ってわけでもない。ほんの5メートルくらい下。 雨のせいか川の流れは速かった。落ちたら助からないかもしれない。 そんなふうに思った瞬間だった。前方から小さな悲鳴が聞こえたのは。 「きゃッ……」 ふわりと束ねられた金色の髪が一瞬舞い上がり、ユリアの姿が俺の視界から滑り落ちる。……足を滑らせた!! 「ユリア!!」 反射的に俺はユリアの腕を掴んだ。 「ユリア!!カズキ!!」 シサーの声が聞こえる。 が。 「うわッ」 ユリアの重みと勢いに引き摺られて、俺まで足を滑らせた。冷たい水飛沫が上がり、俺は腕の中に何とかユリアを抱き締めながらシサーとニーナの叫び声を聞いたような気がした。 想像以上に水の流れが速い。ユリアだけは絶対に離すまいと腕に力を込めながらもがく。水に押し流されながらようやく顔を水面に出して酸素を肺に取り入れると、ユリアの顔も水面に押し上げた。 ガツガツと体のあちこちが、時々壁面に激突する。その度に痛みと衝撃で意識を手放しそうになりながらも俺は辛うじて意識を保つことに成功していた。……ここで意識を失ったらユリアと離れ離れになってしまう。第一、生きていられる自信が俺にはない。 (くっそー……) 何とか……脱出しなきゃ……。 でもこんな状態で何をどうしようがあるわけもない。ともすれば水中に引きずり込まれそうなのだ。両手はユリアを抱き締めるので塞がっているし、下手にもがけばそれこそ危険だし……。 あぷあぷしながら思案にくれる俺の視界に、崖から張り出した巨大な木の根が見えた。――こいつだ。 何とかあれに引っかかるしかない。このまま流されてって滝でもあったら大事だ。逃したらどうなるかなんて……想像もしたくない……。 俺は緊張してその瞬間を待った。木の根がどんどん近付いてくる。ところが、その根は思いの外巨大だった。岩に近いものがある。まずい、これは、この勢いで激突したら……。 しまった、と思った時には張り出した木の根に背中から叩きつけられ、視界の隅に眩い光を感じながらもその余りの衝撃に息も出来ずに俺はそのまま意識を失った。 ◆ ◇ ◆ ……生きてる。 ぼんやりと目を開けて、まずそう思った。あちこちに激痛が走るけど、動けないわけじゃない。数メートル離れたすぐには相変らず凄い勢いで川が流れていて、俺はその岸辺に倒れてたってわけだ。この辺りはさっきまで歩いていた場所と違って、草が生えていて木が多少生い茂っている。辺りはすっかり日が落ちたらしく、暗かった。 それからはっと辺りを見回すと、俺のすぐ隣にびしょ濡れのユリアが横たえられていた。俺が肩に背負っていた荷物や剣も一緒にそこに置かれている。ユリアが装備していたブレストアーマーやレイピア、ロッドもちゃんとそこに置かれていた。ユリアの荷物は、ない。……誰かが、助けてくれたんだろうか……って……。 (……うわぁ〜ッ……) 思わず目をそらして、不謹慎ながら赤くなる。……あ、あのねえ、びしょ濡れってことは衣服が体にぴったり張り付いてて、その体の起伏がその……だなあ……。……思春期だしッッ。 ごほんと意味もなく咳払いをすると、俺は極力視線を背けながらマントを外して絞り、出来るだけ水気を飛ばしてからユリアの体にかけてやった。 でも……これじゃあこのままだと風邪引いちゃうよな。水を吸ったマントなんて、むしろ体温を奪うような気もする。でもそのままにしとくのは、俺の目の毒。 参ったなぁ。 立ち上がって川岸まで行ってみる。対岸は切り立った崖で、こっちとは高さが随分違った。俺たちが歩いていたのはあっち側だ。どのくらいの距離を流されたんだろう。 とりあえず剣だけは装備すると、ため息をついて俺は木々の間に分け入った。とにかく火を起こした方が良い。枝や枯草を集めて再び戻る。自分の荷物を漁って、ギャヴァンの道具屋で買った『炎の種』を取り出した。 これはひっじょーに便利なもので、直径1センチくらいの丸い形をしているんだけど、種とは言っても本当に植物の種なわけじゃない。火薬みたいなもんで、こいつを潰すと炎が出るのだ。燃えやすい草とかの中に置いて木の枝で叩き潰すと焚き火の出来上がりとなる。 かなり安価で売られているので、俺は結構大量に購入していた。ただ水浸しになっちゃったから火がつくかどうか心配だったんだけど……あんまり関係ないらしい。ちゃんと焚き火を起こすことが出来て安心する。 火の加減を見て、ユリアに視線を向けた。まだ、意識は戻らない。でも、豊かに盛り上がった胸の起伏が微かに上下しているから、息をしていることはわかる。 (……どうするかな……) シサーたちとはぐれてしまったと言うことは、何とかひとりでユリアを守りながら合流しなきゃならない。草原を抜けて山に入ったと言うことは、魔物の種類とかも変わるんだろうけど……。 そんなふうに思って暗澹たる気持ちになったところで、背後の茂みからがさがさっと音がした。思わずびくりとして剣の柄に手を掛ける。立ち上がって振り返り、ガサガサ言う足音が近付く方向を見据えていると、現われた姿に俺は言葉を失った。力が抜ける。 「あなたは……」 ゴブリンに襲われた時に一瞬だけ見かけた人影。ダガーを投げてフォローしてくれた……? 「……あなたが、助けてくれたんですか」 やや伸び放題と言える黒髪に黒い瞳。久しぶりに見る自分以外のその組み合わせに妙に懐かしさを覚える。痩せぎすで目線は鋭く、尖った顎をしていた。飾りっ気のない長めの黒いシャツを腰のところでチェーンリングみたいなベルトで留め、擦り切れた感じのある膝丈くらいのハーフパンツを穿いている。年は俺とさほど変わらなさそうな感じだった。何も言わずにこちらに歩み寄ると、魚を刺した串を数本火の中に突き立てる。 「あの……」 「……」 「ありがとう」 「……」 何か言ってくれ。 困りきってとりあえずのそのそと剣の柄から手を外して再びその場に座り込む。少年も、その場に座り込んでじっと炎が揺れるのを見詰めていた。……何か間が持たない。 「……あんた、何者だ?」 「え?」 しばらくそうして黙って座っていたが、不意に少年が口を開いた。問われている意味がわからず、ぽかんと見詰める。 「何者って」 渋谷の高校生野沢和希ですと名乗ったところでわかるまい。 「レガードと、何か関係があるのか」 「え!?」 しばらく躊躇うような顔をしていた少年は、ややして意を決したように言った。……レガードって。 「レガードを、知っているの?」 「俺の質問に答えろ」 俺は返答に窮した。事情を説明して良い相手なのか判断がつかない。2度も命を助けてもらっているんだから、悪い奴じゃないとは思うんだけど……。でも、ことは、俺ひとりの話じゃないし。 口篭もる俺をじっと鋭い目線で見据える。 「あなたの正体がわからないから、話せない」 辛うじて俺はそれだけ言った。沈黙が訪れる。 「でも、助けてくれたことは本当に感謝してる。ありがとう。……俺は、カズキ。君は」 じっと炎に包まれて焼けていく魚を見詰めていた少年が微かに身動ぎをした。短く答える。 「シンだ」 「シン……」 「俺は別に助けたわけじゃない。あそこの……」 シンが向けた視線の先には、こっちの岸から川の方に乗り出すように垂れ下がっている木の枝だった。 「枝に引っ掛かってたからな。陸に引き上げただけだ」 言ってシンは焚き火に身を乗り出した。魚の串に手を伸ばす。齧り付いて焼け具合を確認すると、もう1本抜き取って俺に差し出した。 「あ、ありがとう」 ……引っ掛かってた?2人仲良く?そんな好都合なこと、あるだろうか。 不審に思いつつもシンが嘘をつく理由が思い当たらないので、ともかくシンが見た時にはそういう状態だったんだろうと思うことにする。2人で黙りこくって串焼きの魚を頬張った。1尾食べ終えた頃、俺の背後で小さな呻き声が聞こえて振り返る。 「ユリア」 「……う……ん。……カズキ」 うっすらと瞳を開けて身動ぎする。ユリアの綺麗な翡翠色の瞳が俺を見据えた。立ち上がってユリアのそばに屈み込む。 「大丈夫?痛いところは、ないか?」 「ん。大丈夫みたい……誰?」 体を起こして微かにぶるっと震えると、シンを捉えて尋ねた。俺にもその詳細は良くわからないんだが。 「シン、って言うらしいんだ。俺たちを助けてくれた。……火に当たった方が良い。体が冷えてるだろ」 ユリアを促して焚き火に当たらせる。シンは串を抜き出して1本をユリアに差し出した。もう1本俺にも差し出してくれる。 「助けてくれたの?」 受け取りながらユリアが尋ねた。シンは何も答えない。 「ありがとう。……いただきます」 シンは自分にももう1本串を抜き取って齧り付いた。俺も魚を口に運びながら、シンに尋ねる。 「シンは、ここで何を?」 「……」 黙ったままシンが視線を上げた。俺の問いには答えない。……助けてもらったんだから命の恩人なんだけど……感謝は凄いしてるんだけど……。 ……凄い、友好関係成り立たない人なんですけど。 「その顔は、レガードに似過ぎているな」 魚を食べ終わり、串を焚き火の中に放り込んだシンが低く言った。ユリアが動きを止める。 「レガードを、知っているの?」 「……」 シンは再び沈黙で答えた。これじゃあ埒があかない。 「彼女は、レガードの婚約者だ」 思い切って言った俺に、シンの視線が動いた。真偽を問うようにユリアを見詰める。ユリアはその視線を受けて頷いた。 「……レガードの婚約者と言えば、王女様、じゃないのか」 淡々と言う。王女様がこんなところにいるとは信じられないと言う様子だ。 「こんなところで何をしている」 「レガードを、探しに来たの」 ユリアの言葉に、シンは少し考えるような仕草で沈黙した。 「この男は、どうしてこれほどレガードに似ている」 「……」 俺が異世界の人間だと言うことは伏せるとしたって、それについて話すのなら複雑に絡んだアルトガーデンの政治事を話さなければならなくなる。 「わけは、言えないわ」 ユリアも同じことをためらったらしい。 「それは、話せない。国の政に関わることだから」 きりっと言い放ったユリアは王女らしい気品を発して、シンを睨むように続けた。 「旅に出て行方不明になったレガードを探しているの。わたしの大切な、婚約者よ。……話せることは話したわ。あなたの番よ。レガードの、何を知っているの?」 そのやりとりを聞きながら、ふとこの世界の風習を思い出した。そうだ、この世界――いや、ローレシアやアルトガーデンの風習なのかも知れないけど、とにかくこっちは高貴な身分の人はおいそれと公的に顔を曝さないんだ。けれどシンは俺の顔をレガードとそっくりだと言い、その婚約者を王女だと言った。……つまり、レガードが何者かを知っていると言うことじゃないのか。 シンは黙って焚き火に視線を向けていた。ユリアも辛抱強く待つ。俺は枝を折って焚き火にくべた。 「俺はレガードに借りがある。借りは、返さなきゃならない。……それだけだ」 「借り?」 俺とユリアが同時に放った問い返しには、シンは何も答えなかった。 ◆ ◇ ◆ そこで一晩を明かし、日が昇ると共に俺たちは行動を開始した。 選択肢は2つ。この辺りを散策して、シサーたちを探すか、とにかく風の砂漠を目指すか。 個人的な感情で言えば、何が何でもシサーたちと早く合流をしたい。この辺りを捜索したいと言う気もしてしまう。 けれど、シサーたちだっていつまでも一所に留まってはいないだろうし、捜索するにはキサド山脈は余りに広大だ。それがある程度場所が限られているとしたって、だ。 それを思えば、風の砂漠へ向かう方が賢明だろう。そう判断して、俺は決断した。その方が結果としてシサーたちと早く合流出来るはずだ。 シサーたちも風の砂漠へ向かっていてくれれば……。 それはもう、祈るしかない。 シンはどうするのかと思ったら、驚くべきことに、俺たちが風の砂漠につくまで同行してくれると言うことだった。 「あの傭兵と合流するんだろう。まだ信じたわけじゃないが、本当にレガードの婚約者なのなら、放り出していくわけにはいかない。同行してやろう」 と言うのがシンの弁だった。 シサーのことを知っているのかと俺が驚くと、シンは淡々と答えた。 「知っているわけじゃない。ギャヴァンでお前を見かけて、あまりにレガードに似過ぎていたので不審に思って後をつけていた」 その言葉で、タイミング良く救ってくれたわけがわかった。……つけてたって……。全然気が付かなかった……。 俺が呆然とそう言うと、シンは多分初めて笑顔らしき表情を浮かべた。 「当然だ」 でも、一体何がどうしてどういう根拠で『当然』なのかは教えてくれないんだよな。けち。 俺たちを先導するように山道を分け入って歩いて行くシンの足取りは迷いがない。前にも、来たことがあるんだろーか。 「シン、前も来たことが?」 昨日の雨のぬかるみは既にどこにもなかった。川沿いの林を抜けると、昨日同様乾いた土がむき出しになった山道が続いている。 「あるな」 「そうなんだ」 「何度も来ている」 何度も? 相変わらずシンは詳しいことは語らない。この秘密主義は何とかなんないもんか。それとも何か理由があるのかな。 ユリアの荷物は、シンが俺たちを助けてくれた時には既になかったと言うことだった。流されている時に落としたんだろうか。『遠見の鏡』も当然その荷物の中にあり、シェインと連絡を取ることが出来ないことをユリアはひどく気にしていたが……ないもんはない。考えても仕方ない。 今俺たちが歩いているのは、昨日歩いていたような狭く急な勾配の道ではない。どちらかと言えば、割りと単調な道だった。山道だから凄い広いとかそういうのじゃないけど、それでもそれなりの幅があって、別に3人で横一列になっても大丈夫だ。ただ、右手には高い壁面が聳え立ち、左手には切り立った崖があると言う辺りは同じなんだけど。 のろのろとは言え、歩いていれば進んで行くわけで、少しずつ標高は上がっているらしく空気が次第に冷たさを孕んだものになっていった。そう言えばシサーの話で、湿気を含んだ風が山頂辺りで雪を降らせるとか……言ってた気がする。 まだまだ山頂には遠くて雪が降るって感じではないけど、気温は確実に下がっていってる感じがした。ぶるっと体を震わせる。 と、不意に先を行くシンが足を止めた。俺を振り返る。鋭い声が飛んだ。 「カズキ、気をつけろッ」 魔物!? 「ジャイアントスコルピオンだッ」 言うが早いか、シンは横っ飛びにステップを踏んだ。俺も剣を抜き放ちながらユリアを後方に押しやる。 「ユリア、下がってッ」 「はいッ」 ユリアが後方に退いたのを確認し、前に向き直る。シンが横にずれたおかげで前方にいる魔物の姿が視認出来た。黒と見まごう深紅の巨大なサソリ。その体長は1メートルはある。それが全部で3匹、前方に控えていた。 ……シサーがいない。ニーナも、レイアもいない。ユリアを守れるのは、俺しかいないんだ……!! 怯むな。決めたはずだ。手を血に染めても、ユリアを守る。 俺は剣を斜めに構えた。1匹が威嚇するかのように、鋭いトゲの生えた尻尾を振り上げる。 「気をつけろ、毒があるぞッ」 サソリに向かって駆ける俺に、シンの声が背後から飛んだ。やっぱりサソリのトゲトゲには毒があるもんらしい。 1匹に狙いを定めて、俺は地面を蹴った。別の1匹がカサカサと音を立ててシンのいる方向へ移動していく。俺の狙った1匹は、自分がターゲットと知って立ち向かう気なのか尻尾を振り上げたまま前脚を使って上体を僅かに反らした。真上から剣を突き立てるように落下する。 サソリがその尻尾を横薙ぎに払った。俺の足に当たるがバランスは崩れない。 が。 (!?) アギナルドに鍛えられた剣の切れ味は抜群で、その硬そうな体をあえなく貫いた。間もなく絶命し、地面に着地をする。 痛ッ……。 途端、足に激痛が走った。続いて痺れるように感覚が消失して行く。さっきサソリの尻尾が足に当たった時に、まんまと毒を受けたらしい。だが、もう1匹のジャイアントスコルピオンが今更敵の存在に気が付いたのか何なのか、これまでぼーっとしてたくせに突如俺に向けて襲い掛かって来た。毒を受けてバランスを崩している着地直後の俺の前でドリフトよろしく前脚で体を回転させ、そのゴツい尻尾を勢い良く振るった。 「くッ」 もろにその衝撃を受けて、山際の壁面に吹っ飛ぶ。これが反対側だったら切り立った崖に真ッ逆さまだったわけで、それを思えば不幸中の幸いなのだろうけど……全身を壁に叩きつけられて「幸い」と思えるほど人間が出来ていない。 「カズキ!!」 毒は着々と全身を巡り始めているらしく、足の痺れは次第に上へ上って来て眩暈を起こした。霞み始めた視界で、サソリが恐ろしいスピードでこちらへ向かってくるのが見える。……立たなきゃ。 気力を振り絞って立ち上がったけれど、間に合わない。再びその尻尾が振り上げられた時、突然その尻尾が半ばほどで切り飛ばされた。尻尾を切り飛ばした物は、そのままブーメランのようにカーブし、俺を通り過ぎて後ろへ返る。 「シン!!……さんきゅ」 シンがチャクラムを投げて背後からフォローしてくれたのだった。既に、シンの方へ向かったサソリは始末済らしい。尻尾を切り飛ばされた勢いで一緒に横へ吹っ飛ばされたサソリは、痛覚があるのか単にバランスが取れないのか、ジタバタもがいていたが、やがて猛然と俺の方に再びやって来た。くそッ……。 ふらふらする頭をこらえ、霞む視界でサソリを見据える。……やらなきゃ。 剣を握る指先に感覚がない。……しっかり、しろよ!!こんなとこで負けてるわけには……。 俺は力の籠もらない足で地面を蹴り上げ、剣を振り翳した。 ざしゅッ!! 鈍い、手応え。剣が硬いものを突き通す、その衝撃を両の手の平で受けながら、俺自身もその場に崩れ落ちた。 もう、限界……。 そのまま、俺の意識は暗転した。 2006/04/26 |
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