| ■ 23 風の砂漠〜ダンジョンY〜 ■ 俺があんまり真剣に考え込んでいたので、地図を持つ俺に声を掛けるのを憚られてたらしく、いつの間にかシサーの勢いに任せてうねうねとダンジョン内を歩き回っていた俺たちは、回り回って元の場所に戻って来てしまっていた。元の場所……さっきの、異臭の部屋へ続く道。 「何?何か変な匂いがする」 「ああ、さっき腐敗しかけてる魔物がな……」 「やだッ」 「嘘ッ」 「ほら行くぞ。どっちにしてもそっちは行き止まりだ」 さっきシサーと俺が折れたのと反対の道……左手の、ちょっと先が長そうな通路に向かって足を向ける。俺はまだぼんやりとレガードの行方を考えていた。 シンがかなり有力な情報を持ってるんじゃないかとは以前も思った。多分その直感は間違ってないんだと思う。 じゃあ、シンに再び会うにはどうしたら良いんだろ? ギャヴァンのギルドの人間だってのはわかってるんだから、ダンジョン出たらギャヴァンに向かえば良いんだろうけど、ギルドの場所ってのは一般の人間にはそうそうわからないらしい。 ギャヴァンで名前呼びながら練り歩くわけにはいかないし。 「わあ。凄い」 俺の後ろでユリアが不意に華やかな声を上げた。思わず顔を上げる。 これまでの通路と違う、ちょっと広いスペースが目の前にあった。部屋って言うには扉とかどこにもなくて、通路からそのまま流れ込んでて、反対側にもそのまま通路に続く出口があるのが見える。天井もここだけ少し高くなっていた。5メートルとかそんくらいありそう。 ユリアが声を上げたのは、その、部屋と言うよりはホールだとかロビーだとかって言った方が正しいような空間の壁に描かれた壁画だった。俺も思わず目を奪われる。壁一面に大きく描かれた1枚の絵。 ずんぐりむっくりな人物がこちらに背中を向ける形で船の舳先に腰かけている。船には財宝が積まれているみたいだ。波は結構荒い感じで描かれていた。遠くに微かに陸地が見える。 その表現力の凄さは、絵心なんか微塵もない俺の心さえ打つほどだった。波のひとつひとつの猛々しさと心細そうな人物の後ろ姿の、その対照。そのくせ、繊細な色使い。 「ドワーフね」 俺の後ろに立って腕組みをしながら、やはり壁画を見ていたニーナが言う。 「ドワーフ?」 ってのも、シャインカルクにいた時に耳にしたな。土系の、妖精族だったはず。 「これがドワーフなの?」 視線を壁画に戻しながら問うと、ニーナはしかめ面で答えてくれた。 「そうよ。鈍重な大地の妖精」 鈍重なって……。 「なあーんか意味ありげだよなあ」 キグナスの言葉を受けて、俺はユリアを振り返った。からかうように言う。 「これはメモしないの?」 「無理言わないで」 ユリアは小さな唇を尖らせて、俺を睨むように言った。 これを写せたら画家になれる。 「こっちに何か書いてあるぜえ」 既にホールの奥の方まで行ってしまったシサーの声が聞こえた。通路のすぐ手前で何やら壁画の下の方にしゃがみこんでいる。行ってみると、シサーの前には小さな金色のプレートがあった。壁画に係るように壁に設置されている。板チョコくらいの大きさ。 「何て書いてあんの」 「『うみにみえるところ うみのめがみがあらわれるとき うみへつづくみちをさがせ』」 とにかく海に行って欲しいらしい。 「これ、俺、わかるかもしんねえなあ……」 プレートを読み終えたその勢いのままでシサーが呟いた。 「何だ?」 キグナスがシサーの横から覗き込んで首を傾げた。 「このダンジョンって『3つ目の鍵』が眠ってたわけだろ。今はないにしても。で、その前に『7つ目の鍵』と『2つ目の鍵』があったわけだ。それを揃えて最終的に向かう場所のヒントを示唆してるんだろうと思うんだが」 「うん」 「ラグフォレスト大陸なんじゃねえかな」 浅黒い頬を人差し指でかきながらシサーが立ち上がる。 「俺、ラグフォレストのシュートって街で育ったって言っただろ。港のある商人の街だって」 「うん」 「港とは方向が違うんだが、近隣にあるんだよ。潮が引くと海の中に道が出来る場所が」 「海の女神ってのは?」 「これがちと微妙なんだけどな。潮が引くと、『人魚岩』と呼ばれる岩が姿を現す。人魚に見えるくらいだから女神にも見えるのかもしんねえなあ」 「その道を行くとどこに続いているの?」 ユリアが尋ねた。 「洞窟だな。ただし、行き止まりになってる」 「奥に入れないんだ」 「ああ。……まあ、わかんねえけど」 どっちにしても、1つも鍵を手に入れてないんだし、大体最終的に何があるのか知らない俺たちが行く必要があるわけでもないから、確かに良いんだけど。 何か謎めいてて気にならないって言えば嘘になるよな、やっぱ。 「ドワーフが造ったのかしらね……」 ニーナが再び壁画を見上げて呟くのと、突然シサーの足が地を蹴るのと、その腰から下げられたグラムドリングが発光するのはほぼ同時だった。後方へ退く。一瞬後、シサーがいた場所に紅蓮の炎が三筋、噴きつけられた。避けられたのは、シサーだったからこそだ。 「何だッ!?」 剣を鞘から引き抜きながらシサーが怒鳴る。通路の陰からのっそりと姿を現したのは、いかにも獰猛そうな猛獣だった。犬のような姿をしているが、ヘルハウンドとは違う。首が、3つ。後方で揺れている尻尾は、ふさふさの毛は生えておらず……そう、どこか大蛇の尻尾を連想させる。ヘルハウンドより更に大きく、あろうことか3つの首の周りからは無数の蛇が生えていた。思い思いに蠢いている。お前はゴーゴンか。 時折、蛇から噴霧のような赤紫の霧が舞った。もしかすると毒……。 3つの頭部が真っ黒い牙を剥き出しにして、金属音のような唸り声を上げた。 「ケルベロスだ!!」 キグナスが後方へさがり、ロッドを構えながら叫ぶ。俺も腰の剣を抜き放った。 「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」 ニーナが『光の矢』で先制攻撃を放つ。だが、ケルベロスはその巨大な図体に似合わない敏捷さでそれを避けた。前進する。阻むようにシサーが前方へ飛び出し、剣を振るった。対峙するように首を振ったケルベロスの頭が1つ斬り飛ばされる。伴って血糊と、蛇の首がいくつも壁面へ飛散した。 「やった……」 つったってまだ2つも頭があるんだけど……と思ったら。 「げえ……嫌な奴」 斬り飛ばされたはずの頭がみるみるうちに再生する。 「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる女神ファーラよ。汚されし者の邪悪な手を清めたまえ!!」 ユリアが防御魔法を放った。薄い乳白色の光が一瞬だけシサーを包み込む。続けてキグナスが『水膜』を張った。最初にケルベロスが炎を噴き出して来たからだろう。 舌打ちしながらシサーはその身を跳躍させた。合わせてケルベロスも地面を蹴り付ける。真一文字に描かれた剣の軌跡とケルベロスが交差した。着地した瞬間を狙って、俺の剣がその足を狙って払われる。 シサーの剣が負わせたらしい太い胴の傷から血が扇状に飛び散った。ばたばたっと大粒の雨が地を叩くような音を上げて床に鮮血を描く。立て続けに襲った俺の剣で僅かにたたらを踏むと、鱗で覆われた尾を俺目掛けて一閃させた。 「ぐぅッ……」 腹にくらって後方へ叩き付けられる。その間にシサーが背後から踊りかかっていた。再び斬り飛ばされる首。ニーナの『石弾』とキグナスの『風の刃』がほぼ同時にその胴体に叩き込まれる。 が。 「埒があかねえッ!!!」 飛ばされた首に新たな頭部が再生された。僅かに尾を振り上げるような仕草をして地面に四肢を踏ん張る。頭部を低く構え顎を引いた。ヘルハウンドに酷似したその仕草……ファイアブレスの初動動作だ!! 「来るぞッ!!!」 言いながらシサーは左後方に跳んだ。キグナス、ニーナも散開する。最初からかなり後方にいるユリアはその間に『祝福』の魔法を発動させた。やや遅れて俺も地面を蹴って右に跳ぶ。 「うわッ」 三筋の炎が噴き上がった。冷気を孕むはずのここの空気が一挙に熱いものへと変わる。ケルベロスは炎を口から迸らせたまま、その首をもたげた。辺りを睥睨するように顔を振る。掃射された炎を受けて、キグナスの体が後ろへ吹っ飛んで行った。 右手に回り込もうと剣を構えたまま、駆ける。反対側からシサーが剣を振るった。ファイアブレスを飲み込み、ケルベロスが足を薙ぐ。それを軽く避けるが、続けざまに尾がシサー目掛けて叩き付けられた。 「くッ……」 避けきれずに呻きを上げてよろめく。そこへ鋭い牙が襲い掛かった。 「シサーッ!!」 叫びながら俺は振り上げた剣を打ち下ろした。斬り飛ばす、と言うわけにはいかないけれど、シサーに気を取られているケルベロスの首の1つに刃が食い込む。ぱっと血飛沫が上がった。 「ギィィアアアアッ」 怒り狂った金属的な声を上げてケルベロスが頭を振る。シャァァァァッっと言う音と共に、赤紫の煙が巻き起こった。酸味を含んだ刺激臭が鼻腔を突く。沁みるような痛みを受け、咄嗟に目を閉じた。 「げほげほげほッ」 「カズキッ!!」 ヤバイ、この感じは何か覚えがある。頭が痺れるような感じと全身が鈍磨したような重さ。毒だ。そう思った瞬間、全身に衝撃を受けて体が浮き上がった。滑るように地面に背中から叩き付けられる。何か攻撃を受けたらしいが、感覚が鈍っているので良くわからない。 「再生を止めなきゃ堂々巡りだッ。キグナス、氷系の魔法は何があるッ」 遠くでシサーの怒声がした。何とか体を起こそうと試みる。が、思うように腕が上がらない。 「『氷縛』か『氷の矢』、『氷弾』なら使える!!」 「じゃあ俺が首を斬り飛ばしたら、再生する前に『氷縛』を首に叩き込んでくれ!!」 「了解ッ!!」 「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる女神ファーラよ。邪悪なものに侵されし体に浄化を」 不意に、体が軽くなった。毒の呪縛を逃れて、体を起こす。ユリアが解毒の魔法をかけてくれたらしい。だが次の瞬間に、再び赤紫の霧が舞い上がった。そばにいたシサーとニーナが直撃を食らう。シサーは何とか持ち堪えながら剣を薙いだが、ニーナがその場に崩れ落ちた。ケルベロスの前足がニーナの体を払う。 「……うッ」 咄嗟に地面を横っ飛びに蹴って壁の前に滑り込み、吹っ飛んできたニーナを受け止めた。勢いそのままに、ニーナを抱きとめたまま壁に背中から激突する。そこへユリアの解毒魔法が飛んできた。俺たちとは反対方向にケルベロスの首がひとつ飛んで行き、すかさずキグナスの『氷縛』が叩き込まれる。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、フォルトゥーナ・アウフェッレ・ポテスト・アニムム。『氷縛』!!」 「アアアアアッ」 雄叫びを上げて、見事に凍りついた首を振る。だが火系モンスターのケルベロスに、氷系の魔法は強い効力を発しているみたいだった。 「ありがと。……光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」 立ち上がりながらニーナは『光の矢』を放った。毒を受けたままのシサーは限界に達しようとしているらしく、足元が覚束ない。それでも振り上げられる腕や尾を避けているのはさすがと言える。 「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる女神ファーラよ。邪悪なものに侵されし体に浄化を!!」 遅ればせながらユリアが解毒魔法をシサーにかけた。続けて回復魔法。 「くっそ……しぶといッ」 駆けつけて斬りかかる。飛び掛って真ん中の首に上から剣を突き立てた。体重を掛けて貫くと、地面に降り立ちながら引き抜く。噴き上がる鮮血が俺の頬にまで飛び散った。 「『氷の矢』!!」 ユリアから、俺が傷つけた首目掛けて魔法石が投じられた。その脇で、シサーが残ったもうひとつの頭部を斬り飛ばす。血飛沫。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、フォルトゥーナ・アウフェッレ・ポテスト・アニムム。『氷縛』!!」 キグナスから止めの『氷縛』が叩き込まれた。 ◆ ◇ ◆ キグナスの『氷縛』が致命的となり再生の道を閉ざされたケルベロスは、生き残った最後の頭を失ってその場に崩れ落ちた。あっと言う間に砂化して、さらさらと本当の意味で崩れ落ちた後、シサーは剣先でその砂山をツンツンと突きながら俺に言った。 「シーフたちが遭遇したのはこいつだったかもな。魔法が使えなきゃ、再生し毒も使うこいつの相手はきつかろう」 そのホールで僅かな仮眠をとった後、俺たちは先へ進むことにした。これ以上ホールにはめぼしいものはなさそうだったし、美術館じゃあるまいし、いつまでも壁画を眺めてても仕方ない。 下り階段に辿り着いたのは、それから本当に間もなくだった。シサーが覗き込むと、ゆっくりとカンテラが明かりを灯す。 「なーんで下るかね」 「地上に出たいっつってんのに、どんどん奥へと拉致されてってる気がする」 ああ、お日様が恋しい。 「ま、最終地点に辿り着きゃ、嫌でも外へ通じる道があんだろ」 「最後のアイテムを手に入れなきゃ行けない通路だったりして」 だから……キグナス……ッ。 「しょーがねーから下りてみっかあー」 階段は、短いものだった。10数段くらいで階下に辿り着く。取り巻く空気はますます冷たい。さっきまでの戦闘での熱さはどこへやら、既に体が冷え切っているのが服の上からでも感じられた。 階段を下りてからは短い直進通路があって、4畳くらいの四角いスペースに行き当たる。両開きの、大きな扉がその行く手を阻んでいた。ちょっと豪華な掘り込みや装飾があって、何かラスボスでも出てきそうな感じの入り口。取っ手のすぐ下には大きな鍵穴がある。 「『3つ目の鍵』があった部屋かな」 「入れんのか、これ」 行けなかったら、どうしたら良いんだろう。 シサーが扉に手を掛ける。鍵がかかっていることを危惧したけれど、幸いに杞憂に終わった。このダンジョンを攻略した人……多分シンが、鍵を開け放したまま帰ったんだろう。攻略したダンジョンをわざわざ鍵かけたりして元通りに戻す理由なんかないし。 ダンジョンそのものの入り口だとか、ここの部屋だとか、そういうところの鍵が『1つ目の鍵』『2つ目の鍵』なのかな。つまり、順番通りにダンジョンを攻略して鍵を入手していかないと、手に入らないような。 だからこそ、攻略することが出来なかったダンジョンなんだろうし。 ギィィィィアアァァァァァ……。 老婆の叫びみたいな音を立てて、扉はゆっくりと開いた。何か飛び出してくるかもしれないから思わず全員構えてその様子を見守っている。開いた扉からシサーが中を覗き込んだ。 「……特に、危険はなさそうだな」 ラスボスがいるわけじゃないらしい。 言って扉を大きく開け放し、シサーは中へと足を踏み入れた。俺も続けて中に入り込む。 広い部屋だった。体育館……とまでは行かないけど、広さとしてはその半分くらいはありそう。天井もかなりの高さだ。壁や天井は石造りになっていて、何本か太い柱が部屋の中に突っ立っている。床の上に、何か銅像でも叩き壊したような残骸が2つほどあった。 何となく、京都の建仁寺の法堂を思い出していた。天井に有名な龍の絵が描かれているとこ。柱の他には特に何もないので、がらんとした感がちょっと似てる。 入り口の正面よりやや左手……一番奥の壁の中央には、顔くらいの高さの位置に四角い穴が穿たれていて、ちょうど小さな棚みたいになっていた。ここから見る限り、そこには何も乗っている気配はない。その両サイドに門のように2本の柱が立っていて、天井までの高さはない。まるで何かの台座みたいにも見えるんだけど、それも何が乗っているわけでもない。 「ここに、鍵があったのかしらね」 ユリアが俺に追いついてきて肩を並べながら問う。キグナスが反対側の俺の隣に並んだ。ニーナはシサーと一緒に部屋の中央へ既に足を向けている。 「3つの鍵を集めると、何があるんだろうな」 「盗賊ギルドが集めるくらいだから、宝なんじゃないの?やっぱ」 「すっげぇのあったら、どうする?」 どうするも何も、俺たちは1本の鍵さえ手に入れてない。 「どうしようもない」 「何だよ、夢を持て夢を〜」 「そういうの、夢じゃなくて妄想って言わないか?」 俺とキグナスのやり取りをくすくす笑いながら聞いていたユリアが不意に入り口の方を振り返って首を傾げた。 「あら?」 「ん?何かあった?」 「あれ……」 俺とキグナスも入り口の方を振り返る。 「あ、あんなとこにも魔法陣」 キグナスが呟いた。入り口の扉を開けたすぐ横の壁に、魔法陣が描かれていた。描かれていたって言うか、壁が掘りこまれていたって言うか。 「行ってみようか?」 シサーたちは、正面の壁穴の前で何か探っている。……ま、いっか。見に行くだけなら別に。 奥の壁穴はシサーたちに任せて、俺たちは魔法陣の方……入り口の方へと戻っていった。 そんなに大きな奴じゃない。直径50センチくらい。 「……」 ……あれ? 「同じ奴か」 ちょっと背伸びをして魔法陣を覗き込みながらキグナスが言う。同じ……そう、見える。見えるんだけどでも何だろ……違和感。 「何だあ?また謎解きか?」 訝しげな顔をした俺には気付かずに、キグナスがコンコンと魔法陣を叩いた。 ……何だろ。どこがどうとは言えないんだけど、今までのと何か違うような……でも何が違うのか良くわからない。じろじろ見てたわけじゃないし……ただぱっと見た感じの印象が……。 「文字盤の配列が、違うわ」 「おわッ」 ユリアが呟くのにかぶせるように、キグナスがぎょっとしたような声を上げた。続けてがこッと言う音。見れば、その手には文字盤にはまっていたはずの文字が刻まれた石があった。 「……壊した……」 「ば、馬鹿。勝手に外れたんだよッ」 「こっちも外れるわよ」 腕を伸ばして隣の文字を引っ込抜きながらユリアが俺を見上げた。持ってて、とそれを俺に手渡して荷物から紙を引っ張り出すと、魔法陣を見比べながら首を傾げる。 「これの通りに入れ替えたら……どうかしらね」 「うん。とりあえずシサーたちに言ってみてからにしよう」 とりあえず石を元通りにはめて、シサーたちの元へ向かうべく歩き出した。シサーたちもこっちに向けて歩き出している。 「何かあった?」 「『3つ目の鍵』」 「えええ!?」 「……が、ここにあったらしいってことくれえか。……最後まで聞けよ」 じゃあ間置かないで早く言ってよ。 「ふうん。どうなってたの?」 「どっかの宝箱に鍵になるものが隠されてたんだな、多分。それを使うとあの棚みたいになってる部分の底面がスライドして開き、『3つ目の鍵』を収めた宝箱が現れるって寸法だったんだと思うぜ。……ま、詮無い話だな」 まったくだ。……と。 「うわ」 こっちに向かって来るシサーの顔を見つめながら話を聞いていたので足元が疎かになった。床に散らばってた銅像の残骸に蹴躓いて転びそうになる。 「……っぶな……」 「しかし、そのシンって奴が、仲間が倒れてから再度ひとりでここに挑んだんだとしたら、大したもんだよ」 何とかコケずに体勢を整えた俺に、半ば呆れてんだか感心してんだかわかんないような声音で言いながら、シサーは爪先でその銅像の残骸を突付きまわした。 「何で」 「謎解きやトラップなんかはお得意だろうから良いんだが。それに1度、2度、このダンジョンに入ってるんなら、あんなワープトラップに引っ掛かったりせずにこの上のフロアに直辿り着くだろうしな」 「うん」 「だが、こいつ……」 足先で尚も残骸をガシガシ蹴る。 「ガーゴイルだぜ」 「がーごいるッ!?」 ユリアとキグナスと俺は、思わずずざーッとその残骸から体を引いた。いや、何か気味が悪いじゃん……。 「ああ。恐らくここの宝の門番だったんだろ。しかもあっちと……」 手で、少し離れた位置に転がっている残骸を示して続ける。 「こっちとで2匹だ。そんなに恐ろしく強いわけじゃないが、こいつは魔法か魔法付与された武器でしか攻撃出来ないからな。ひとりで相手取るのはキツかったと思うぜ」 「……彫像じゃないの?これ」 「ゴーレムの一種だ」 ふうん……じゃあ、シンのチャクラムってのは結構なワザモノだったりするんだな。 「あと気になるのは、あの……」 言いながらシサーは背後を振り返った。『3つ目の鍵』が収められていたはずの壁穴に視線を向ける。その、壁穴の奥の壁がきらっと光ったような気がした。 「奥の壁だな」 「何か光ってるわね」 ユリアが首を傾げる。 「ああ。鏡みたいになってる。何だかな」 「最後だからって女性冒険者があそこで化粧直しをする……」 わけがない。キグナスを軽くどつく。 「そりゃあ無理だなあ……あの鏡板は角度がついてて天井の方を向いてる」 シサーも答えてやる必要ないと思う……。 「ま、いいや。そっちは?壁の魔法陣、調べてみたんだろ?何かわかったか?」 「ああ、あれね……」 どうも石が抜けるらしいことと、ユリアがメモに写した他の魔法陣との違いを述べながら魔法陣の方へ向かう。石を入れ替えて、ユリアのメモと同じ文字の配列にしてみようということを伝えたところで、魔法陣の正面に辿り着いた。 「今度はパズルかよ」 シサーが面倒臭そうに言う。謎解きより矢を避けている方がお好きらしい。 「んじゃあいっそ、文字、最初に全部外しちゃおうぜえー」 キグナスの言葉で文字を一斉に取り外す。文字は全部で8個。メモを見ながらユリアが指示を出すことにして、他の4人で2つずつ石を両手に持つ。 「じゃあニーナの石からいきましょうか」 ユリアがニーナの手の中の石とメモを見比べながら言った。 「ええとこれは……右下の……ここ」 「ここ?」 「うん」 ガコンッ。 ニーナが穴だらけの魔法陣に石を1つ押し込んだ。 「次は?」 「これは……」 もう片方の石を覗き込んで、ユリアがまた穴を1つ指差す。 「こっち」 こんな調子でユリアの示す通りに、ひとつ、またひとつと石を穴に埋め込んでいった。 ニーナ、シサー、俺と穴に石を入れ終わり、キグナスの手に最後のひとつが残される。 「よっしゃ。じゃあラスト、入れるぜッ」 キグナスが最後のひとつを穴に押し込んだ。 瞬間。 「うおッ」 濃紫の光が魔法陣から放たれた。咄嗟のことで思わず目を瞑り、魔法陣の前から避ける。全員が魔法陣の前から身を引き、妨げるもののなくなった光は魔法陣の形のまま真っ直ぐに突き進むと正面に位置する『3つ目の鍵』の壁穴の壁に突き当たり、その反射で天井へ向けて走った。そして天井に反射して、床へ――……。 ―――――-カッッ!!! 魔法陣の形を崩すことなく床へ降りて来た濃紫の光は、俺たちの周囲に魔法陣を浮かび上がらせた。ワープフロアの時と同じように、床に描かれた光の魔法陣から紫の光が突き上げる。 (……?) やがて、目を眩ませる光の洪水が引いていくと、俺はゆっくりと目を開けた。辺りを見回す。 「……戻って来た……」 目の前の5本の通路。そして重要な、背後の塞がれた通路。 間違いなく、最初の、円形ホールだった。 2006/06/02 |
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