■ 22 風の砂漠〜ダンジョンX〜 ■

「……ここは?」
 俺たちを包んでいた光が少しずつ地面に吸い込まれるように消えて行く。やがて光の魔法陣は姿を消し、床に刻まれた魔法陣だけが残った。……え?床に?
 俺たちがいるのは、さっきの小部屋ではなかった。目の前にぽっかり開いた5つの口。5本の通路。
「最初の……場所?」
 ニーナが恐る恐る言う。……最初の、円形ホールだ!?
「やった。さっさとこんなとこ、出よう」
 キグナスが嬉しそうに言う。が、立ち上がって背後を振り返ったシサーが顔をしかめた。
「……いや、喜ぶのはちと早い」
「何……」
 つられて振り返ると、そこにあるはずの通路を塞いでた瓦礫の山がなかった。どころか通路さえない。壁だ。
「なッ……!?」
 何で!?
「良く似てる別の場所だな、こりゃ」
 別の場所!?
「良く見ろよ」
 言われて部屋を見回すと、最初のホールにはなかった壁のカンテラに気が付いた。等間隔で壁に掛けられていて、ウィル・オー・ウィスプも『導きの光』も必要ない。
「だぁぁぁッ……。なああんだよ、もおー……」
 キグナスが床に突っ伏した。そんなこと言ったってしょーがない。脱力したいのは俺も同じだ。
「ともかく、行ってみるしかねーな」
「あれ?」
 思わずげんなりしていると、背後の右奥の壁に切り込みが入っているのが見えた。切り込みって言うか、角。微妙に死角って感じの角度でちょっと見にくいんだけど。
「シサー、あっちにも道がある」
 どの道から攻めてやろうかと通路を睨み付けたシサーの腕を引っ張る。
「え?……本当だ。じゃあれから行ってみっか」
 近づいてみると、その角に繋がっているのは上り階段だった。
「ちょっと嬉しいかもしんない、これは」
 上って良いじゃん何か。地上に続く気がして。
 階段の幅は、1メートルくらい。
 砂漠から続いていたのと同じ造りだった。狭くて急。壁の上の方にはやっぱりカンテラが掛けられていて、シサーが足を踏み入れると自動で点灯する。こんな便利なものがあるなら、さっきまでの通路にも是非完備しておいて欲しかった。
「んだよッ」
 階段を上り切った先頭のシサーの毒づく声が聞こえる。ちなみに俺はどんじりなので、まだ階段の途中だ。
 階段は大した長さじゃなくて、校舎を2階まで上った程度だ。シサーが毒づいたわけは俺のいる場所からでもわかった。左に折れて、行き止まりなんだ。
「行き止まらせるくれぇなら、階段なんか作るなッ」
 キグナスも毒づく。シサーは行き止まりの壁の辺りを立ったりしゃがんだりしながら探っていたが、やがて立ち上がってこっちを見下ろした。
「こいつ、一方通行だな、多分」
「いっぽーつーこー!?」
「ああ。床に、この壁が動いた形跡が残ってる。この向こうは多分、最初のホールに続いてるな」
 誰かこの壁を爆破して下さい。
「直にあそこに続いているかはわからんが……いずれにしてもあそこから続いてくる道だろう」
「じゃあ……」
「ああ。正規ルートに出たってことだろうな」
 ルートなんか何でも良いから、外に出たい。
「つまり、ワープトラップなんかに引っ掛かって他のフロアに飛ばされたりしなければ、最初のホールから真っ直ぐここに通じてるってわけだ。……カズキ、とりあえず戻ろう。あっちの通路に行くしかなさそうだ」
 言われて一旦階段を下り、魔法陣の辺りまで戻る。
「さーてッ。やってやろうじゃねえか、このやろう」
 シサーがやたらと燃えている。いや、やけくそって言うんだろうか、世間では。
「何だかんだ言って、楽しんでるんじゃないの?」
「ちくしょう。こーなったら攻略してやろーじゃねーかッッッ」
 だからもう攻略されちゃってるんだってば。

          ◆ ◇ ◆

 シサーが俄然燃えてしまったので、俺たちは怒涛のごとく進撃を開始した。見る限りここのフロアの通路にはワープトラップはない。走り抜ける勢いで出現する魔物を片っ端から撃砕する。ニーナもキグナスもユリアも、遠慮なしにがんがん魔法をぶっ放した。
 そんな中、相変わらず俺はマッパーを押し付けられている。人の書いた地図を散々汚いとか言った割りに、どうかと思う。
 幸いと、このフロアはさっきのフロアほど複雑にはなっていない。変な罠なんかも仕掛けられていない。
 ただ気になるのは、さっきよりずっと空気が冷たくなったことだった。砂漠の下、と言うことで、このダンジョンそのものの空気は最初から結構冷たかったんだけど、ここのフロアに移ってから明らかに空気が冷えた。気温を基準に考えれば、最初のフロアが地下2階、今さっきまでいたのが地下1階、そして今は地下3階って感じ。そのくらいはっきりと気温が違う。つまり地上との深度がかなり明確に違う。
 左端から3本目……中央の通路まで踏破した結果3本とも行き止まりで、その奥にあったのは宝箱だけだった。もちろん、空だ。
 この通路も壁にカンテラは掛けられてはいたんだけど、階段と違って進んで行っても点かなかった。……けち。それとも何か意味があるのかなあ。
「残り2本か」
「割と複雑なダンジョンじゃなくて、まだ良かったんじゃない」
 疲れた顔をしながらニーナが髪をかき上げた。切れ長の綺麗な瞳に、微かに憂いを浮かべている。
「そうだな」
 まあ迷路になっているとは言っても、あっちとこっちで繋がってて、尚且つぐるぐる回ってオチが行き止まりとかそう言うのは確かに今のところ、ない。行きつ戻りつはするんだけど、そう遅くない時点で行き止まりの道は行き止まるようになってはいる。
「にしても、古いダンジョンよね」
 順番通り4本目の通路に入る。すると、この通路は階段と同じように壁に掛けられたカンテラが、進むごとにぽわー……ぽわー……と薄暗い光を投げ掛けてきた。階段の時は便利だと思ったけど、こうしてやられてみると便利と言うよりは薄気味悪い。さっきまでの通路が、カンテラはあるものの点灯しなかったせいもあるかもしれない。何だか誘い込まれているみたいだ。
「古いって、何で」
 ニーナの呟きが後ろから聞こえてきたので、俺はマップを塗り潰す視線はそのままに後方に問い掛けた。今やほとんど、条件反射的に歩数を数え、升目を塗り潰している。ニーナの代わりに前方から返答が戻って来た。
「ワープトラップのことだろ」
「何で?ワープトラップがあると古いの?」
 造り方の問題なんだろうか。ロココ様式とかバロック様式だとか、そういうので建てられた時代がわかるとかみたいな。
 なんて思ったけど、そういうジャンルの話ではないらしい。
「いや。今は空間移動の魔法を操れる奴はいないからな」
「昔はいたの?」
「ああ。昔は空間移動の魔法が完成されてた。一度弾圧を受けてなくなったんだ。だから、魔力付与して思い通りにワープトラップを仕掛けるなんて、その頃のソーサラー……いや、エンチャンターにしか出来ない」
 ふうん。魔女狩りみたいなもん?……何か違うか。
 相変わらず魔物は出没してたけど、俺が絶対会いたくない骸骨騎士は幸いにして姿を現さず、それ以上に強い魔物と言うのも今のところ、いない。
「こういうとこに巣食ってる魔物って、どっから湧いて出んのかなあ」
「さあなあ。俺、魔物になったことねえからわかんねえなあ」
「やっぱり、砂漠とかから入り込んでくるんじゃないの?」
 俺の後ろからユリアが口を開いた。
「ふらっと入って見て『こいつは住み心地が良い』って?」
「そうそう」
「でも入り口閉まってたんだろ?どうやって入るのさ」
「その辺から湧いて出るんじゃねえか」
「そういうこと言うと湧いて出るよ」
「あ、ゴブリン」
 みんなただ歩くことに飽きて、だらだらとそんな話をしているとユリアが前方を見て目を見張った。角を曲がったところで単独のゴブリンがぎょっとしたように足を止めたところだった。俺たちを見て走って姿を消す。……何だか俺たちが魔物みたいじゃないか。
 左右に分かれる道に出て、足を止めた。シサーが俺を振り返る。
「どうする?」
 俺に聞かないで。2人して地図を覗き込んで指で辿る。
「もしかすると、なんだけど、右に行ったら多分ホールからの最後の1本に出るんじゃないかな」
「……だな。あるいは行き止まりか。本当なら一応行くべきなんだろうがどうせ宝箱があったとしたって空だしなー。マップ完成させる義理はねえし。んじゃ左行くか」
 角を左手に折れる。ぽわー……ぽわー……と進行速度に合わせてカンテラが灯った。
「これ、ありがたいんだけど、ちょっと嫌だよね」
「ああ……っと……ここもか」
 また、分岐道。右に折れる道と直進する道。この道は何か奥行きを見る限りは両方とも長そうだった。と言うことは、間違えると戻るまで苦労する。そんなに凄い奥まで見えるわけじゃないから確かじゃないけど。
「ちょっと、様子見てみる?」
 右手の通路に身を乗り出してニーナが言う。そちらの方にぽわー……とカンテラが灯った。
「あ、やだな。またすぐに分岐……」
「ちょっと俺、見てくる」
「またあ!?」
 何でこんな事態になっているのかわかってるんだろうか、この人。
 シサーの一言に俺とニーナがじろっと睨む。
「こんなワープトラップダンジョンで、また行方不明になったらどうすんのよッ」
「しねえって。このフロア、ワープトラップは仕掛けられてないみたいだし……」
「わかんないじゃないのそんなのッ」
「ぼーっとしてたってしょーがねえだろぉ!?」
 こんな魔物が徘徊している暗い地下で痴話喧嘩はやめて。
「そうそう何度も引っ掛かるほど間抜けじゃねえよ」
「じゃあ俺も行く」
 ニーナが何か言い返そうとするのを引っ手繰るように俺は口を挟んだ。このまま言い合いを続けられたらそれこそ時間の無駄だ。……何の解決にもなっていない発言だと言う自覚はあるが。
「じゃあ、そういうことで。行こうぜ」
「これで二手に分かれちゃったらどうすんのよ馬鹿ッ」
 諦めたようにニーナは吐息をついた。ひらっと手を振ってシサーが右手に折れる通路を歩き出す。それに伴って通路が仄かに明るくなり、道の先が見えた。その後を小走りに追うと、背後でユリアがくすっと笑うのが聞こえた。
「ニーナも苦労するわね」
「ホントよ。恋人選ぶんなら、じっくり考えてからにするのね」
「えッ……」
「ま、レガードなら大丈夫よ」
「……」
 振り向くと、ニーナの言葉にユリアが微かに寂しげな笑顔を返すところだった。何となく、見ていられなくてシサーの背中に視線を戻す。
「あれ?」
「お?」
 まだ幾らも歩かないうちに、左右に分かれる道に突き当たる。きょろっと道行に視線を這わせ、短そうな右手に折れた。すぐ向こうに突き当たりの壁が見え、また右に折れるのが見えたからだ。
 ただ、こっちの道に足を踏み入れても、壁に掛けられているカンテラは点灯しない。
「明かりがつかないな」
「カンテラつけよう」
 シサーが少し戻って、通路のカンテラの下で荷物を漁る。火を灯してそれを手に、再び右手の通路に戻った。すぐの角を右に折れた瞬間、何だか異臭が漂ってくるような気がした。
「……何の匂い?」
 更に左手に折れると、そこには鉄の扉が嵌められていた。
「見とくか?」
「……そうだね」
 扉の前に立った瞬間から、異臭はより強くなっている。何だか嫌な予感……それも、とてつもなく嫌な予感がした。見てはいけないものを見てしまうような気がする。
 シサーがドアを探って危険がないか確かめる。
「鍵は?」
「かかってないみたいだ……いや、違うな。誰かが開けたんだ」
「そうなんだ。攻略した人たちなのかな」
「だろうな。……しかしこれは……結構厄介な鍵だな。シーフでも一流の腕がないと開けられないぜ、きっと。相当なお宝でも眠ってたんじゃねえか?」
 言いながらシサーがドアを引いた。ギィ、と軋んだ音がする。
「……ッ!?」
 その瞬間異臭は頂点にまで達した。閉じ込められていた悪臭が、外へ解き放たれる。
 中に目を向けて、俺は戦慄の余り思わず声を上げそうになった。咄嗟に自分の口を両手で覆いながら咄嗟に引いた体が通路の壁にぶつかる。シサーもカンテラでその小さな部屋の奥……突き当りの壁の辺りを照らしながら、深刻な顔をしていた。
「これは……」
 折り重なるようにしてそこに投げ出されている塊。まるで食い散らかされたように、部品はバラバラに飛び散っている。壁や床には黒っぽい染みが浮かび、ごっそりとそのまま残されているのは多分髪の毛。剥き出しの頭部には骨が覗いている。……複数の人間の、死体だ。あまりにバラバラなので、何人分なのかはちょっと見当もつかないしつけたくない。ここの、冷蔵庫みたいな気温にも関わらず、鼻の裏に沁みこむような強い腐臭を放っていた。
 その一番奥の壁際に2つ置かれている、開けられた宝箱が悲しい。その片方の蓋の、留め金の部分に見覚えのあるトラップガイドと同じ石が光っているのが見えた。
「戻ろう」
「う、うん……」
 通路へ戻り、元通りにドアを閉めた。青い顔をして口元を押さえたまま吐き気を堪えている俺を宥めるように、シサーの大きな右手が俺の肩を軽く叩く。
「……多分、ギルドのシーフだ」
「え!?」
 ギルドのシーフって、まさか……。
「シン!?」
「いや、さすがにそれはないだろう。どう見たって数ヶ月は経ってる。シンって奴と別れたのは、まだ1週間やそこらだろ」
「あ、ああ……そっか」
 焦った。ほっとした。
「でも何でギルドのシーフって……」
 通路を戻りながら訪ねかけた時、遠くの方からニーナの声が聞こえた。
「シサー!?」
「おお〜?」
 何気なく返事をしながら、シサーは低く俺に言った。
「今の、言うなよ」
「……うん」
「通路、明かりは?」
 ニーナの声が尚も続く。
「っかんね。途中から点かなくなった。こっちじゃねえってことなのかな……。まあカンテラあるから平気だ」
「もう良いわよ。戻って来てよ」
「ああ。今戻ってるとこだ」
 何事もなかったように明るく答えるシサーの声が途切れてから、俺も低い声で問い返した。
「ギルドって、何で」
「ギャヴァンのギルドって話だが。あそこの連中は所属意識が強い。好んでどこかにギルドの紋章を入れている。ドアの近くに落ちていたバックルに、紋章が入ってた」
 ギルドの紋章!?ってもしかして……。
「これ!?」
 荷物を漁ってシンのダガーを取り出す。渡すと、シサーはカンテラの明かりに翳して頷いた。
「ああ。これか。シンってやつのダガーと同じだってのは」
「そう。……あれ?じゃあ、シンのとは限らないってこと?」
「わからんが、全く同じなら可能性は高いと思うぜ。同じ品物のダガーの同じ位置に同じ大きさの紋章を入れるとは考えにくいからな」
 そ、そこまで言われると、本当に同じ物かは自信がないんだけど。
「でも、盗賊団なのに、足跡残すようなことするの?」
 自動的にカンテラが点灯する通路まで戻ったので、必要のなくなった手元のカンテラの明かりを吹き消して、シサーは荷物の中に仕舞いこみながら苦笑した。俺もシサーに返してもらったシンのダガーを仕舞いこむ。
「盗賊団つったって、国に睨まれるような悪さをするわけじゃねえし。職業盗賊だからな、ギルドの盗賊は」
 ふうん。
「特に頭が今の代に代わってからは、殺しや盗みを厳しく制限していると聞く」
 そういうものなのか。
「けどさ……」
 さっきの死体の有様を思い出す。まだ鼻が利かない。鳥肌が立った。
「腕の立つシーフが、適わないような魔物がいるってこと……?」
「まあ……」
 シサーは片手を顎に当ててつるっと撫でながら微かに首を傾げた。
「シーフは総じて攻撃力がさほどあるわけじゃねえからなあ……何とも言えないが。ヘルハウンド辺りでも、束になって来られたら結構苦戦するんじゃないか?」
 シンなんか俺より全然強いですけど。
「シンはチャクラムで人の首とか魔物とか、ばんばんふっ飛ばしてたよ」
「そりゃあ魔力付与道具だな」
「え、そうなの?」
「ああ。普通のチャクラムにそこまでの攻撃力はねえよ。……シーフは基本的にはそういう特殊な武器でも持ってない限り、魔法攻撃が出来ない。魔法を必要とするような相手だった場合は、ちとしんどいだろうな」
「どうだった?」
 3人の待っているところまで戻ると、ニーナが小走りに駆け寄りながら尋ねた。
「おお。別に何もねえな。左の方は結構続いてるみたいだった」
「右に折れたら、通路は真っ暗だったの?」
「ああ。まあ……行くなってことだろ。突き当たりだったぜ」
「……じゃあ、こっち、行ってみようか」
 俺は視線を逸らして直進する通路の方へ体を向けた。歩き始めるとカンテラが点いて、道標のように俺たちを導く。
「……カズキ?顔色が悪いみたい……」
 ユリアが俺のそばに寄って顔を覗き込む。苦労して笑顔を作り、何気ない振りを心がけながら口を開いた。
「何でもないよ」
「暗くなったから怪談してやったら、カズキの奴びびっちゃったんだよ」
「やだ、ホント?」
 シサーが脇から助け舟を出した。それを聞いて、ユリアが吹き出す。……そういう、助け舟を出しながら突き落とすような行為は良くないと思う。
「あのねえ……」
「本当だろー」
 言いながら前を歩くシサーの背中を軽く拳で殴った。すーごく情けない奴みたいじゃないか、俺。
 ……びびってたのは、ある意味本当だけど。
「それじゃあもうひとつ、とーっておきのオソロシイ話をしてやろう」
「……すれば」
 言っておくが、怪談なんかこれっぽっちも怖くない。……あのさあ、これだけ魔物に遭遇してて、アンデッドモンスターにだって遭遇して、現実の方がよっぽど怖くないの?今更とか言わないか?
「何ぃ〜?可愛くないなあ、お前……。んじゃ話しちゃうぞ。やだったって遅いからな。……昔な、ある山奥にな……」
 いつの間にかシサーの漫談なんか聞く羽目になりながら、ぽわーっとカンテラに照らされる通路を進む。けどおかげで、衝撃的なものを見たショックは少しだけ和らいでいた。それを狙ったんだろうか。
 ……さっきのは、何だったんだろう。
 仮に見つけたダガーが確かにシンのものだとしたら、何度も考えたようにシンはここに来たことになるわけだけど……あの奥の部屋の死体がギルドのシーフなら、シンの仲間なんだろうか。
 ……あれ。でも俺と別れた時にはシンはひとりだったし、あの死体は数ヵ月前……。
 完全にシサーの話を聞き流しつつ、手だけは無意識にマップを埋めながらも、俺は自分の考えに沈みこんでいった。
――何度も来ている。
 キサド山脈で言ったシンの言葉が蘇る。……シンはキサド山脈を何度も越えているんだ。恐らくは風の砂漠、ここのダンジョンを訪れる為に。
 そうか……ギルドは風の砂漠のダンジョンや遺跡を調査したりしているってシサーが言っていた。シンはあのダンジョンを攻略する為にギルドに派遣されてたんだ。そして以前のクエストで、仲間を失った。それが多分、あの死体。
 以前失敗したこのダンジョンの攻略をする為にシンはここを再び訪れた。それが、俺たちと別れたあの後。
(……)
 何か、大事なことを見落としているような気がする。
「……んでな、そこでじーさんはばーさんにこう言うわけだ。『ばあさん、あのゴブリンはキメラにやられて仲間が全滅して……』。……っておい。カズキ」
 大事なこと……何だろう。仲間が、全滅……?
「こら。……こいつ、全然聞いてねえな」
 仲間が全滅するような魔物……。
 ……何で、シンだけ無事に逃れることが出来たんだ?
「そういうことか……」
 ある考えに行き当たり、心臓が高鳴った。足を止める。
 ひとりでどこかへ向かったシン。落ちていたシンのダガー。何度も訪れている風の砂漠。レガードへの借り。全滅したシンの仲間。なぜかシンだけが助かった。……ワープトラップの、ダンジョン。
「あ?」
 突如呟きながら足を止めた俺に、シサーも振り返りながらつられたように足を止めた。って言うか、全員止まった。が、そんなことにも気が付かないほど、俺は自分の考えに沈みこんでいた。
「……ありがとう、シサー」
「おお?」
「シサーの話、為になった」
「だろ?……って何だよ。気持ち悪ぃな」
 嫌味かそれは……とぼやきながら再び足を動かすシサーについて、俺も手と足を動かしながら再び考え込んだ。
 ……間違いないんじゃないかと思う。
 シンは、レガードにその生命を助けられたんだ。
 だから全滅の憂き目を見る危険の中、多分たったひとり助かった。そして助かったのがひとり……シンだけだったからこそ、シンはダンジョンへの再挑戦へひとりで向かった。
 問題は、どうしてダンジョンのこんな奥深くにいるシンをレガードが助けることが出来たのかってことだ。
 『王家の塔』へ向かわなきゃならないレガードは、こんなダンジョンに立ち寄る用事なんかない。
(そうか……)
 今は完成されてない空間魔法――過去のエンチャンターには自在に扱うことが可能で、ここはその技術が活かされているダンジョンだ。今まで俺たちが遭遇したワープトラップは、あくまでダンジョン内部を飛ばされるものだった。でも、外へ飛ばすトラップがあるとしたら?
 このフロアには確かにトラップガイドは見掛けない。でも、ここに入ってからたった1度だけ……あの死体の部屋の、宝箱に。
 あれがもし、宝に手を掛ける不届き者を外へと飛ばす、侵入者を追い出そうとする種類のものだとしたら。
「カズキ?……おーい、カズキー」
「駄目ね、何か考え込んじゃってるみたいよ」
 シサーは、あそこの扉の鍵はかなり厄介だと言っていた。何か特殊な宝があったとしてもおかしくない。けれど、あそこを訪れたのはその鍵さえも開錠する腕前を持ったシーフたちだった。当然、宝箱のトラップにも気が付いて、作動させずに宝物を入手した。
 ……そして思いがけない魔物に襲われ、仲間は全滅、戦闘の最中に偶然トラップに引っ掛かったか、敢えて作動させたかはわからないけど、シンは外へ飛ばされた。
 恐らくその時シンは満身創痍の状態だろう。加えてこのダンジョンの周辺はバシリスクやサンドワームの多発地帯だ。いくらシンが腕が立つと言っても、ひとりでぼろぼろの状態で逃れられるかは正直疑問だ。
 そこを、レガードに助けられた……?
「……そういう、ことだったのか」
「何だ?」
 半ば呆然と呟いた俺に、シサーがまた足を止めて振り返る。
「……実はさ……思いつき、なんだけど」
 そう前置きをして、再び歩き出しながら俺は今浮かんだ自分の考えを話した。もっとも、さっきの行き止まりに死体があったことは、伏せたままで。
「なるほどな……」
 俺の意見を聞いて、状況を正確に把握しているシサーが考え込む。ユリアたちはさっきの死体を見ていないから、何で俺がそこまで考えたのかまではわからないみたいだったけど。
「ただ、わからないのはレガードの行方だな」
「やっぱりシンが鍵だったんだ。……根拠はないけど、多分、シンが知ってると思う」




2006/06/02
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