| ■ 21 風の砂漠〜ダンジョンW〜 ■ ここから中心部までの距離は、1番外周の1辺が30分程度だったことから計算すると、順当に行って2時間半くらいだと思う。 後はここからの抜け方を探すだけになった俺たちは、ともかくその中心部分の空白を埋めることに行動方針を定めて歩き始めた。 シサーが戻って来たので、これまで通り先頭をウィル・オー・ウィスプを翳したシサー、次いで地図を持つ俺、ユリアを挟んでニーナ、キグナスと言う隊列になっている。剣を持っている人間2人が先頭に並ぶと言うのはいささかバランスが良くないが、仕方ない。俺なんかよりキグナスの方が最後尾を務めるのにお役立ちかもしれないけどさ。『導きの光』で照らしてもいるし。 目覚めたユリアとキグナスが回復魔法を再びかけてくれて、ようやく俺は全快と言えるまでに回復した。 途中幾度か魔物に遭遇したりもしたけれど、やっぱりシサーがいると全然撃破する時間が違う。グリムロックなんかはほとんど、一刀両断の勢いだった。敵が近付くとグラムドリングが光るから、耳を研ぎ澄ます必要もない。先が暗黒に閉ざされているのは相変らずなのに、それほど恐ろしいものにはもう見えなくなっている。現金なもんだ。 十字路まで戻り、一旦西へ向かう。南下する道が行き止まりなことは、シサーの地図からわかっていた。西の通路はすぐ壁にぶつかり、そこを南下する。もうじき、俺たちが地図を書き始めたスタート地点の1本内側の道に当たるはずだった。 俺たちが骸骨騎士と戦闘していた頃、この通路の北部辺りにいたと言うシサーもこの辺はまだ地図を埋められていない。と言うか、この辺りの区域だけが埋まっていない。 「おっとぉ♪」 南下し続けて角に行き当たると、シサーは東へ続く通路を見て楽しそうな声を出した。足を止める。 「なぁんか臭そうじゃねえか?この通路」 「何が?」 ニーナが問う。体だけ進行方向に向けたまま足は進めず、シサーはコンコンと左手の壁を剣先でつついた。 「見てみろよ」 言われて壁に視線を向けると、煉瓦の組み方が違ってた。他の通路は縦と横が1対2くらいの長方形の煉瓦を互い違いに組んでるのだが、そこの壁だけはぽつりぽつりと長方形の煉瓦の合間に半分に割ったような正方形の煉瓦が咥え込まれている。 「本当だ。……隠し扉?」 「いや、隠し扉があったところとは組み方がまた違うな。トラップだろ」 嫌だなあ、また壁が追っ掛けて来たり天井が墜落して来たりしたら。思わず顰め面をする。 「とりあえず行ってみるから、そこで待ってろ」 「とか言ってそのまま消えないでよ」 ニーナの言葉にシサーは苦笑した。 「保証は出来ねえけど……だからってここで立ってるわけにはいかんだろう」 それはまったく正しいんだけどね……。 言ってシサーが歩き出すのを、全員不安な視線を注いで見守った。ウィル・オー・ウィスプを連れたシサーが遠くなっていく。……と。 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!!! 「おぉ〜ッ♪」 シサーが嬉しそうな声を上げて体を地面に素早く伏せるのと、風を切る鋭い幾つもの音が響くのとはほぼ同時だった。左手の壁から矢が立て続けに打ち出されたんだ。カッカッカッ!!!と反対側の壁に突き刺さると、透過するようにぼんやりと消えていく。 う……シサーと再会出来てて良かった。俺だったら気持ち良く串刺しだ。もう串刺しは嫌だ。 「来た来た来た」 跳んだり伏せたりして器用に矢をかわしながら奥へと消えていくシサーの後姿から声が上がる。……楽しそうで何よりです。 「何であんな嬉しそうなの?」 ニーナが呆れたように呟いた。まったく同感だ。 シサーの通過に伴ってがんがん遠慮なく吐き出される矢と、遊園地のアトラクションにでも臨んでいるかのような楽しげな後姿が空気を切る音と共に消えていった。……変な人。 「シサー!?」 ここからはシサーの姿は見えず、ウィル・オー・ウィスプの明かりだけがゆらゆら揺れているのがわかる。そのおかげでシサーが止まったらしいことがわかって俺は声をかけた。距離にするとあそこまでどのくらいだろう。50メートルよりはありそうだ。真っ暗で良くわからないけど。 「おお。終わったみてぇだぜ」 「どうなってるの」 「すぐ行き止まりだな。左に折れる通路がある。一旦そっち戻るから待ってろ」 言ってシサーはこちらへ歩き出したらしい。少しずつウィル・オー・ウィスプがこちらに近付いてきて大きくなっていく。ぼんやりとシサーが見え始めると、今まで聞こえなかった風を切る音が再び聞こえ始めた。 「お、始まったな」 また喜色を含んだ声を出すと、シサーの体が身軽に矢をかわして躍動した。少しずつこちらに近付いて来る。ヒュンヒュンッ、カッカッカッと言う音を引き連れて最後の矢を跳躍してかわすと、シサーは俺たちの前にしゅたっと着地した。 「……と、まあ、こんな要領だ」 出来るか!!! 俺がむくれた視線を投げ掛けると、シサーは肩を竦めた。 「1度発射されたら次が発射されるまで、ちょっと間がある。俺が先を行くから、少しだけ距離を置いてついてくるんだな」 「そうなの?」 「ああ。戻って来る時、最初は矢が出なかったからな。……行くぜ」 ◆ ◇ ◆ マジック・アロウ・ゾーンを越えて、北上したり南下したりを繰り返して魔物を蹴散らしながらまたしばらく歩くと、東へ続く直進通路と南へ下る通路の分岐点に出た。東へ向かう通路の先はシサーの地図に描かれている落とし穴がある。とは言っても、落とし穴からこっちの通路は埋められていないので、その手前に突き当たりがあるのか、あるいは宝箱だとか階段だとか、そういう何かがあるのかはわからない。 「どうしようか」 地図を見ながら言う。 「とりあえず真っ直ぐ行ってみっか。その方が地図も埋まるし、先が短いのはこっちだしな」 その言葉に従って歩いていく。が、通路には特に記載するようなこともなく、地図上に既に載っている落とし穴にぶち当たった。どのくらいの落とし穴なんだろう。かなり巨大なものだ。幅は道一杯広がって、奥行きは暗がりで良く見えなかった。落とし穴って言うよりは断崖絶壁。もちろん落ちた先に何があるのかなんて、見えない。 「ニーナ、見えるか?」 俺たち人間より夜目が効くニーナにシサーが尋ねる。微かに首を傾げてニーナが前方を見据えた。 「どのくらいかしらね……4エレくらい?」 走り幅跳びの要領でやれば越えられるのかもしれないけど、踏み切りに失敗したら奈落の底なんて嫌だし、大体別の通路から落とし穴の反対側に繋がってるんだから敢えてそんな危険を冒す理由もない。 地図を埋めて元来た道を戻ると、さっきの分岐点で南下した。一度西に向かってからまた南下すると、今度は東へ向かう直進通路だ。途中から地図は埋まっている。行き止まりなんてことになってなければ、この通路を直進して、行き当たったところで北上するとあの小部屋があるはずだった。行き当たる前に北上する脇道を逸れると、ぐねぐね曲がりながらもさっきの落とし穴の反対側に出る。この辺りはシサーは踏破済みで、ブランクゾーンはいよいよ、幾つかの行き止まりと思われる通路と中心部を残すのみとなった。 「どうする?とりあえず中心部の方向かってみる?小部屋行ってみる?」 歩きながら問う。 「気になるから真ん中行ってみよう。結構早い時点で俺はそっちの方へ行ったから気づかなかったんだが、多分ここにも隠し扉があるんだと思うんだよな」 隠し扉の向こうが階段とかに続いてたら良いんだけどな。 地図がほぼ完成したので、臨時マッパーを押し付けられていた俺はその役目を免除された。地図をシサーに渡して隊列を組み変える。シサー、ニーナ、ユリア、キグナス、俺と言う最初の隊列に戻った。角を曲がりながら北東の方角へと進んでいく。 「ダンジョン作る奴って、どういう精神構造してんだかなー」 俺のすぐ前を歩くキグナスが言った。どういう精神構造って言われてもなあー。 「んでもさ、宝箱とかあるんだから良いじゃん」 「空じゃん」 「空だけどさ……」 「他人の攻略した後のダンジョンを探索するなんて馬鹿らしくてしょうがねえなあー。危ないばっかでメリットがねえ!!」 宝箱って何が入ってたんだろ。財宝とか?そう言えばアギナルド老が「装備出来ない武器を見つけることもあるかも」みたいなこと、言ってたな。武器だの防具だのってのもあったりするんだろうか。 「どっかで防具、手に入らないかなー」 度重なる戦闘で、レガードの借り物はすっかりボロボロだ。シェインが防御魔法をかけてくれたから、ダメージは剥き出しのままより遥かに軽減されているとは思うんだけど、それでもあれだけ戦ってりゃ負担は大きい。汚れて来てるのはともかくとしても、壁に激突したり爪で切り裂かれたり腹刺されたりで、綻びまくりの穴あきまくり。マントも最早ぼろぼろで、このまま行くと俺は浮浪者だ。 「ねえだろ」 対するキグナスは、あちこち切れたりはしてるものの、前衛に立つ俺ほどじゃない。 「他人事だと思って」 「防具って身につけると結構動きが制限されるぜ。今ほど身軽に動けなくなるぞ」 あ、そう言う問題もあった。 「お前、ただでさえ力があるわけじゃねえんだから、敏捷度が命だぞ」 「うーん……でも、これ、あんまりじゃない?」 「おう。乞食みてえだな」 何も言わずに俺はキグナスを後ろから蹴りつけた。 北上すると行き止まり、通路途中の道を西に折れると中心部へ向かう、直進通路に出る。ちなみに北上した行き止まりの壁の裏側は、例の『天井落ち』ゾーンだ。当然西へと折れる。 角を曲がってすぐ、左右と正面に道が続いていて、左に進むと落とし穴に続き、右は行き止まりだ。直進して突き当たった角で、シサーが足を止めた。 「さて、と」 「何?」 「ここの通路を直進して、脇道を右に折れると中心に続く道なんだが、脇道に入らないで真っ直ぐ行くとどうなってんのかは、俺は見てないんだよな。行っとくか?」 言いながら歩き出す。 「行っときましょ」 10分弱くらい歩いたところで、シサーの言う脇道に当たった。とりあえずそれを無視して直進する。地図を見る限りではどう考えても行き止まりなんだけど、何かあるかもしれないし。 先が暗いので視認は出来ないけれど、地図で言えばもうじき角に当たって右に折れるだろうと言う地点まで来て、暗闇のその奥から何か重たい音がした。 「……何だ?」 ゴトン。 凄く、重たい音。衝撃で足元の地面が揺れた。 ゴロゴロゴロゴロ……。 全員不審な顔で足を止める。 「……カズキ!!撤退だ!!」 シサーが踵を返して最後尾の俺に怒鳴った。状況がイマイチ飲み込めていないまま踵を返す。 「……う、わあああッ」 「勘弁してよッ」 ゴロゴロゴロゴロ……。 ウィル・オー・ウィスプの仄かな明かりが届くか届かないかと言うところ、暗闇が迫ってきていた。……違う、暗闇じゃない!!巨大な石が、ゴロゴロと重たい唸りを上げて俺たちの方へ肉迫しているんだった。 「だあああッもおおおおッ」 天井と床、壁と壁の間の隙間を埋める勢いで石は一直線に俺たちを目指している。 「さっきの脇道に入れ!!!」 全力疾走しながらシサーが叫ぶ。 「わかった!!」 俺も必死の形相で駆けながら怒鳴り返した。……どっから出て来るんだよこんなもんッ。 「ほんっとに精神構造わかんねえッ!!!」 キグナスのわめき声を聞きながら脇道に飛び込む。次々と脇道に転がり込んで、そのまま床にへたり込んだ。 途端、左の角の方から複数の足音が聞こえる。それを掻き消すように、ゴロゴロと重たい轟音を立てて転石がさっきの通路を驀進して行った。 シサーが剣の柄を握って立ち上がる。俺も呼吸を整えながら剣を抜いた。……あああ、もう。せめて息が落ち着くまで待って。 願い虚しく、角からゴブリンが現われる。正確にはゴブリン3匹のホブゴブリン1匹。ユリア、ニーナ、キグナスの魔法使いチームが後退し、ゴブリンたちは俺たちの姿を見つけると棍棒や剣を振り上げて駆けてきた。遠くでドシーン!!と言う轟音と共に足元が振動する。さっきの巨大石が壁に激突したんだろうか。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ナートゥーラー・ドゥーケ・ヌンクァム・アベッラービムス。『風の刃』!!」 キグナスが『風の刃』を叩きつければ、ニーナが『石弾』を浴びせる。その間にユリアが俺とシサーの防御を個人対象で固めてくれた。相手が4匹でも通路の幅を考えれば向こうも完全には散開出来ない。キグナスの『風の刃』を浴びた1匹が後方へ吹っ飛び、『石弾』を叩きつけられた1匹がたたらを踏む。その隙をついて剣を右腕に斬り付け、棍棒を叩き落した。シサーがゴブリンを既に1匹切り捨て、ホブゴブリンを相手取る。そこへ後方へ飛んでいたゴブリンが復帰して剣を翳した。 「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」 棍棒を落としたゴブリンが、小賢しく俺の剣を避けながら懐に手を突っ込む。ダガーを逆手に構え、俺の剣を受け止めた。 「ギャア!!」 『光の矢』を受けて、シサーに躍り掛かっていたゴブリンが再び後方へ吹っ飛ぶ。のた打ち回っている間にシサーはホブゴブリンを一刀両断した。俺はと言えば、ちょろちょろと素早い動きでダガーを斬り付けてくるゴブリンの動きを避けるのに精一杯。 「後ろ!!」 ユリアの、注意を喚起する声が聞こえた。が、振り返っている余裕なんかない。その俺の耳に、またも複数の足音が聞こえてきた。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス。『火炎弾』!!」 『火炎弾』が飛んできて、ちょこまかと素早く動くゴブリンが灼かれる痛みに動きを鈍らせる。剣を払ってゴブリンの脇腹に斬り付けると、「グギャッ」と呻いてゴブリンがよろめいた。そうしている間にも、いつの間にか俺の後方では戦闘が起こっている。ゴブリン4匹とホブゴブリン2匹が追加されていた。 「類稀なる知恵者ノームよ、縛めの手を伸ばせ!!オースィラ!!」 ニーナが発動させた『ノームの手』に、ゴブリン2匹とホブゴブリン1匹が絡めとられる。シサーが突進したホブゴブリンとゴブリン1匹にグラムドリングを振るった。その一撃で2匹とも絶命する。 「『火炎弾』!!」 俺も目の前のゴブリンをようやく切り捨ててそちらに向き直った。ユリアが身動き出来ないゴブリンに魔法石を投じる。ノームから逃れられずに灼かれたゴブリンは、悶絶した。 剣を振り上げてキグナスに斬りかかっているゴブリンに駆け寄る。キグナスは魔法を唱える余裕もなく、ロッドを両手で構えて辛うじてその暫撃を凌いでいた。 「大丈夫か!?」 その背中を逆袈裟に切り裂き、血を上げて仰け反るゴブリンには目もくれずキグナスに怒鳴る。幸い怪我はないようだ。 「おうッ。……と?」 「終了、だな」 シサーがグラムドリングを振った。血汚れた剣が光を失って沈黙していく。 「怪我人は?」 「いない、かな?」 きょろっと見渡して答えた。ユリアが俺を見上げる。 「カズキ、切り傷がいっぱいあるわ」 最初のゴブリンのダガーから受けた傷だ。確かに細かな裂傷はいっぱいあるけど、毒とか仕込まれていたわけでもないみたいだし、大した怪我じゃない。 「平気、こんなの。魔法がもったいない」 手の甲から出る血をぺろっと舐めて、剣を鞘に収めながら顔を上げた。 「ええと……どっちだ?」 「こっちだ」 最初にゴブリンたちが現われた方の角に向かって歩き出す。脇道に入り、そこからすぐの脇道をとりあえず黙殺して直進した。すぐにぶつかった角を道なりに垂直に折れる。 「この裏だな」 そこは間もなく行き止まりになり、シサーがコンコンと壁を曲げた指で軽く叩いた。地図を覗き込むと、確かにこの裏側にはデッドスペースがある。 「隠し扉の特徴がねえなあ、ここは。……一応探ってみるか」 言われて全員で床だの壁だのを押したり、何かおかしなものがないか顔を近づけてみたりしたけれど、取り立てて何があるでもない。 「反対側か」 仕方ないので、道をやや戻って渦巻状にデッドスペースの反対側へと出る。だがそこにも、煉瓦の組み方が違うなどの特徴は見出せなかった。 「うーん。やっぱりぱっと見はわかんねえなあ」 「ってことは逆に、中身が楽しみになって来ない?」 腕を組んで壁を見上げながら呟くシサーに、ニーナが嬉しそうな声を出した。 「他の隠し扉みたいに目印となるものがないってことは、他の隠し扉と中身が違うってことでしょ」 「ただの分厚い壁だったりして」 ……キグナス。 「とりあえず探ってみっか」 「これ、何かしら」 反対側と同様、壁や床を探ろうとしたその矢先、ユリアが声を上げた。全員の視線が集まる。ユリアの視線は行き止まりになっている通路の最奥の床に向いていた。床にも煉瓦が組み込まれているんだが、その角の1つが不自然に少し浮き上がっている。良く見なければわからない程度なんだけど。 「外れそうだな」 とは言っても、これまでにも外れそうに浮き上がっている煉瓦と言うのがなかったわけじゃない。でも、他にぱっと見、何があるわけでもないし。 「あれ?そこの壁、煉瓦が外れてる」 不意にそんなことに気がついた。浮いている煉瓦のすぐの壁に、ちょうど煉瓦1つ分のスペースが空いている。ここから抜け落ちたのかな。でもどっちにしても煉瓦が1つ足りない計算になるんだけど。 シサーが足音を立ててそちらに近付く。角にしゃがみこんで片膝をついた。全員ぞろぞろとそっちに集まる。 ガコッ。 シサーがその煉瓦に手を掛け、引き抜くとすんなりと抜けた。けど、何があるわけでもない。ただの、煉瓦1つ分のスペースが空いただけだ。 「例えばこの煉瓦をこっちの壁に入れてみたら?」 ニーナが言う。 「これが鍵穴でこの煉瓦が鍵ってわけか」 シサーは持ち上げた煉瓦を壁に押し込んだ。 ズ、ズ、ズ、ズ……。 カチンと煉瓦がぴったり穴に収まり、それと同時に地響きのような音がした。シサーが顔を上げてにやりと笑う。 「ビンゴだ」 よ〜〜〜〜く見ればその最奥の壁には縦に切れ間があったらしく、まるで切り取るように壁の一部が上へ向けてスライドしていった。空き始めた壁の向こう側には薄暗い、狭い空間が見て取れる。 ズン!! 一際大きな音がして、壁が動きを止めた。上がりきったらしい。入り口の高さは2メートル程度。このくらいの高さがお好きなダンジョンマスターだ。 「何があるんだぁ〜?」 キグナスがわくわくしたように覗き込む。その後をシサー、俺、ニーナ、ユリアと中に入り込んだ。 北に向かって細長く奥に伸びた部屋だ。部屋と言うより、通路って感じ。これまで歩いてきた通路と壁も床も造りは変わらないし、幅も同じだからだろう。意外に長いし。ただ、あの小部屋と同じように壁にはカンテラが掛けられていて、ぼんやりと辺りを照らしている。 「奥に何かあるな」 これと言って目ぼしい物は目に飛び込んでこない。その通路の奥に、何か石碑のようなものがあるのが見えるくらいだ。 通路の奥までは3分もかからず辿り付いた。宝箱も何もなく、辿り付いてみてもやっぱり石碑だけだ。仮に宝箱があったとしたってどうせ空だろうからいーんだけどね。奥の壁には、何だか良くわからない模様が彫られている。上を頂点にした三角を支点にして真横に伸びる垂直の棒。 石碑は50センチくらいの高さの台座の上に垂直に立てられていた。大した大きさはない。大き目のノートパソコンくらいの大きさ。厚さは5センチくらいだ。 「何て書いてあるの?」 何度も言うが、俺には文字が読めない。石碑の表面を穿つように刻まれた文字を無意味に指先でなぞりながら誰にともなく問う。大した文字量はなかった。 「『乾いた青の中天に、与えよ。さあらば与えん』」 「……それだけ?」 「それだけ」 何だよー……。 「誰に何を与えれば何をくれるの?乾いた中天って、誰」 「書いてない」 「とりあえずこれがキーワードってことかあ?」 シサーのぼやきに被さるように、ズ、ズ、ズ……と言う重い音が聞こえた。 「あ、やべえ!!」 慌てて振り返る。通路の入り口の方だ。上がった出入り口が再びスライドして落ちてこようとしている。 「閉じ込められちゃう」 慌てて駆け戻り、半ば閉まりかけていた扉の外に転がり出ると、さっきの煉瓦は壁から床に戻っていた。時間がたつと自動的に転がり落ちるようになっているらしい。……本当、性格悪いよな。 「何か慌てちゃって、周辺探ってる時間なかったけど、良かったのかな」 「良いんじゃねえか。他に何がありそうでもなかったしなあ」 「与えるって誰にだよ」 「求めてる人を見つけなきゃって話?」 「求めてる人って……」 全員が顔を見合わせた。 「あの人しかいないじゃんね……」 ◆ ◇ ◆ 来た道をぐるぐると戻り、またも遭遇したゴブリンやヘルハウンドを薙ぎ倒して小部屋へ向かう。 求めてる人……小部屋にあった像しかない。『乾いた青の中天』ってのが良くわかんないけど。でも何をあげれば良いんだ?あげられるもんなら良いんだけど。 小部屋に続く通路に辿り付いて東へ向かう。途中新たな隠し扉をシサーが発見して中に入り、踏むと落とし穴になってるトラップパネルを避けて奥へ進むと宝箱があったんだけど、やっぱりここも空っぽだった。 「あ」 代わりにと言うわけでもないが、ユリアが声を上げて宝箱の陰に転がっていたダガーを拾い上げる。 「カズキ。また、シンと同じダガーよ」 「本当だ」 やっぱり、間違いないと思う。 シンはこのダンジョンに来てるんだ。 前に見つけたのと一緒に、俺はそのダガーを荷袋に閉まった。また会う機会があるって話だから、その時まとめて返してあげよう。こうもあちこちで投げ捨ててたら、こういうのってお金かかってしょーがないんじゃないだろうか。だから投げ専用のは小振りで割と安そうなんだろうし、それとは別に大振りのダガーも持ってるのかもしれないけど。 小部屋に再び戻って来た時、何だか妙にほっとしたような気がした。何十時間もたっているわけじゃないと思うんだけど、前にここに来たのが何日も何日も前のような気がする。 「こいつだよなあ……どう考えても」 2つの像の周りに集まる。当たり前だけど前に見た時と姿は変わってなくて、相変らず苦しそうで右手を中空に掲げていた。 像の間は、人ひとりが立ってちょうどかな?ってくらいのスペースしかあいていない。その間に立って2つの像を見比べているシサーの背中に向かって問いかける。 「何欲しいと思う?」 「うーん。首押さえて苦しんでるから、空気?」 壮絶馬鹿なことを答えたのはキグナスだ。空気なんかそこらじゅうに溢れてる。好きなだけ持っていけ。 「砂漠だから、求めると言えばやっぱり水じゃないの」 呆れたようにニーナが言った。シサーが台座に両手をかけて体を持ち上げ、像の翳した右手を覗き込む。台座の上のざらざらした感じは、言われてみれば砂漠を表していると言えなくもない。 「それ、いけそうだぜ」 「いけそう?」 「手の平に細い穴が開いてる。水なら流し込めるな。それなら『乾いた中天』っての、何とか当てはまりそうじゃねえか?」 確かに濡れてはないし、天に掲げられている。でも『青』くない。 「やってみようか」 ニーナが荷袋を漁った。水の入った筒を取り出す。砂漠を旅してるのはこっちだって同じで、喉なんか渇いちゃいない銅像なんかに貴重な水を上げるのは非常に嫌だけど、ここから出られなかったらどっちにしても水も食料もいつか尽きる。背に腹は替えられない。 全員が見守る中、シサーが片方の像の、手のひらで作った器にとくとくと水を注いだ。確かに穴の中から滑り落ちていっているようで、大した大きさもない器から水は零れ出したりはしてこない。でも。 「……どんだけ乾いてんの?」 何も起こらない。このままじゃニーナの水が空になっちゃう。 「まじいなあ。凄ぇ量を必要としてたらどうする?」 「でもそんな膨大な量の水を持ってダンジョン旅する奴なんかいないよ。通常持ってそうな範囲で何とかなるもんじゃないの」 「だよなあ」 なんて言っている間にニーナの水筒は空になった。……ああああ。 「駄目だこりゃ」 「違うのかしら」 「いや、穴が開いてるってことはここを通る必然があるんだろうし、こんなとこ通過出来るのは液体くらいしかねえな。持ち歩いてる範囲って話で言えば水以外ねえだろうし」 「シサーならエール酒くらい持ち歩いてそう」 「じゃあ何か?酒を求めてるってのか?姿見ただけでこいつがもがき苦しむほどアル中だなんてわかんねぇよ」 それもそーだ。 「うーん……」 思わず腕組みをして唸る。全員頭を廻らせているので沈黙が訪れた。 「……あれ?ユリア、何してるの?」 ふと見ると、ユリアは何やら紙にペンでせこせこと書き込んでいる。覗き込むと、壁の魔法陣を写しているのだった。 「何か、意味ありそうでしょ。この先必要になると困るし……こう言う意味ありげなもの、メモするようにした方が良いかなって思って」 確かに。 言いながらユリアが手を動かすのを眺めつつ、頭を再び廻らせる。 水で合っているんだと仮定して。何も起こらないってのは、どういうわけだろう。『乾いた青の中天に』って……乾燥してる青色で天高く上るもの?手が上がってるから中天?でも青くないんだけど。 量が足りない?でも通常範囲で考えれば、あげられる量なんかたかが知れている。 何だろう。あげる場所?穴まで開けてて間違いってことはないだろう。大体あの像に、他に何かをあげられる部分なんかない。頭からかけるしかなくなってしまう。『中天』は体の中で1番高い部分って意味?んな馬鹿な。それにこれも『青』くない。 あ、もしかして『乾いた青の中天に』って対象じゃなくて『いついつに』って言う時を示しているのかな。だとすると例えば『乾い』ているのは晴れ、『青の』は青空、『中天』は、青空に上るものとくれば太陽しかない。つまり晴れた昼間。 あとは……あげ方……。 (あ、あれってもしかして……) 奥の壁の絵。あれももしかして関係あるんじゃないだろうか。あるんだとしたら、あれって……天秤? シサーが自分の荷袋を開けて懐中時計を引っ張り出した。覗き込んで水筒を取り出すと立ち上がる。同じことを考えたのかもしれない。俺も自分の荷袋を漁った。 「何?わかったの?」 「時間、平気?シサー、俺、こっちやる」 「おう。ただ『乾いて』っかどうかは、こっからじゃわかんねえけどな。ま、砂漠だから十中八九乾いてるだろ。乾いてなけりゃ、相当の運の悪さだ」 ニーナには答えず、俺は試していない方の像に歩み寄った。シサーが先ほどの像に水筒を掲げる。 像は一対。壁に掘り込まれていたのは垂直に保たれた天秤。だとすれば意味するとことは均衡。片方にあげるのと同時に、もう片方にもあげなきゃならないんじゃないか? 2つの像は、距離がそれほど離れていない。万が一ひとりしかいなくても、真ん中に立って両方に同時に注ぐことは出来そうだけど、一応俺とシサーはひとつずつ、水筒を持ってそれぞれ像の前に立った。 「行くぜ」 「うん」 シサーの言葉を合図に、掲げた水筒の水を流し込む。今度は変化が起こるまでにそれほどの時間はかからなかった。 「あッ」 「やった」 ググググ……と唸りを上げ、水を注ぐ右腕が下がっていく。 「いつまで入れたら良いと思う?」 止まるまで入れてたらなくなっちゃう。 ちょっと不安になって言うと、穴から抜けてちっとも溜まらなかった水が、器に溜まり始めた。正しくやれば底なしってわけじゃないらしい。 「いっぱいになるまで入れて止めるか」 シサーの方も同じらしい。下がっていく右腕が満たされるまで水を注ぎ、止める。ほとんど俺の水筒は空に近くなっていた。……外に出られても水不足で死んだらどうしよう。 軋みを上げて下がっていった腕が動きを止める。下がりきったらしい。何が起きるのか、ちょっとどきどきしながら像を見詰めていると、思いもかけない方向から激しい音がした。 部屋の奥、魔法陣が掘り込まれた壁の向こう側。 ダァァァァンッ!!! 何か重い板が倒れたような音。そして。 「凄ぇ」 「うおー。何だこれ」 ざーっと言う凄まじい音と共に、魔法陣が白く浮かび上がっていった。……いや、違う、浮かび上がってるんじゃない。掘り込みの裏に嵌ったガラスのような透明な壁の向こうに積み上がっていた砂が、斜めに一斉に滑り落ちていったんだ。外との間を遮るものを失って、眩しいばかりの太陽の光が魔法陣の形に差し込んでくる。床に描かれる、光の魔法陣。 「わ」 「眩し……」 「これ、どうすれば……」 「あ、まずいぞ。上からまた砂が降って来てる。時間がたつと消えちまう」 くそぅ……そんなんばっかだな。よっぽどここのダンジョンマスターは、人に考える時間を与えるのが嫌いらしい。 「とりあえず、入ってみよう」 荷物をまとめて魔法陣の中に飛び込む。 カッ!!! 地面に描かれた魔法陣から、視力を奪うほどの激しい光が噴き上がり、俺たちを包み込んだ。
2006/05/28 |
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