| ■ 20 風の砂漠〜ダンジョンV〜 ■ ワープトラップに引っ掛からないよう、慎重に歩を進めながら、俺はシサーが今どの辺りにいるのかをぼんやりと考えていた。 ウィル・オー・ウィスプが残されていたポイントにも、トラップガイドはあった。ワープトラップでシサーが飛ばされたのは多分間違いないだろう。……ウィル・オー・ウィスプを置き去りにしてしまったってことは、シサーはこの真っ暗闇のダンジョンで……大丈夫なのかな。 「ニーナ」 「何」 「シサーって、明かり、持ってるの?」 トラップガイドの石を壁に見つけて足を止める。薄ぼんやりと光っているのを見て、そこで消えるまで待機することにした。 「……自分の荷物は持ってたみたいだから。カンテラは持ってると思うわ」 微かに悲しげな声で、ニーナが答えた。さぞかし心配してるんだろうな。 「そう。治癒薬とかそういうのも?」 「うん」 「なら、良かった」 カンテラ持って魔物と戦うのはさぞかししんどいだろうとは思うけど。 「シサーは、強いから……ひとりでも、無事だと思う。ちゃんと、合流出来るよ」 振り返ってニーナに微笑みかけると、ニーナも笑顔を作って頷いた。 「そうね」 光が消えたのを見て、再び歩き出す。一応歩数で間隔を測って、俺はマップを作ることにしていた。本当は方眼紙とかあれば良いんだろうけどないから、自分で大体等間隔になるよう罫線引っ張って、10歩で1マスって感じで塗り潰してる。……こういうの、先頭を歩く人に任せるべきじゃないと思う、普通。 「あ」 俺のすぐ後ろでニーナが声を上げる。顔を上げると、ウィル・オー・ウィスプの明かりに照らされて角が浮かび上がっていた。 「曲がり角だわ」 心なしかニーナは嬉しそうだ。これまでと比べて、変化があったからだろう。 「えーと。左手に折れる、と……」 手にした紙に書き込んで、壁を見上げる。十字路とか分かれ道じゃなくて、単純に左に曲がる角だ。角も垂直で、取り立てて複雑な感じではない。 ワープガイドの存在に気が付いてから30分くらい歩いたけど、結局ずっと直進だったので最初正直言って不安になった。けどどうやらここは、本当に直進通路だったらしい。この通路には物凄い勢いでワープガイドがあって、これに片っ端から引っ掛かってたらひたすら直進するハメになるのも頷けるような気がする。って言うか、やり過ぎ。 にしても。 このまま気が付かずにいたら、凄いヤバいことになってたかもしれない。 そんなふうに思ったのは、ワープトラップに引っ掛かったおかげで最初の『硬質の足音』から逃げられたんだなあなんてことを考えたからなんだけど。 まかり間違って、逆に魔物の眼前に飛ばされる可能性だって、ないわけじゃあないんだろ……。何も知らずに跳ばされて、目の前に突然魔物が出現したらやっぱりぶったまげると思う。 幸い、グリムロックとヘルハウンド以来、魔物には遭遇していない。このままずっと遭遇しないで済めばありがたいんだけどな。 なんて思った時だった。 「カズキ」 ニーナの緊張した声が聞こえた。その声で我に返った俺の耳に、荒い息遣いと聞き覚えのあるひたひたと言う足音。爪の音も混ざっている。 「ヘルハウンドか……?」 前方の吸い込まれそうな暗闇を見つめた。 ひた、ひた、ひた……。 「複数いる……」 姿が見えず足音だけ、と言うのは、凄く嫌だ。目前に来るまでどんな魔物なのか、確信が持てない。 「ガルルルッ」 獰猛な唸り声と共に、暗闇から塊が飛び掛ってきた。目視する暇もない。咄嗟に抜き放った剣を顔の前に構えて庇うが、鋭い爪が俺の頬を抉った。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」 「きゃあッ」 キグナスの魔法とニーナの悲鳴が重なる。ヘルハウンドは合計3匹。俺に襲い掛かった1匹とキグナスの『氷の矢』を受けた奴以外の最後の1匹がニーナに踊りかかったんだ。 「ニーナ!!」 「『氷の矢』!!」 ユリアが魔法石を投げつける。炸裂した『氷の矢』に、ヘルハウンドが仰け反って地面に転がった。素早く跳ね起きる。 「グルル……」 俺の剣で弾き返されたヘルハウンドは、地面に四肢を踏ん張った。ヤバイ、炎の掃射だ。つられるように他の2匹も四肢を踏ん張った。 「逃げろッ」 急いで後方へ飛び退る。が、ユリアが転んだ。駆け寄ろうとした寸前、僅かなタイムラグを持って3匹のヘルハウンドの口から炎が噴き出される……!! 「きゃああッ……」 カッ……とユリアの足元から光が噴き上がった。彼女を取り囲むような、分厚い光のカーテン。まるで全く何者も寄せ付けないその勢いに妨げられて、炎が遮断された。シェインの魔法が発動したらしい。 「凄ぇ……」 俺のすぐ後ろでキグナスが呆然と呟くのが聞こえる。 「こんな凄まじい『光の壁』、見たことねぇ」 その恩恵でこっちまで炎が届かない。 「キグナス、ニーナ、今のうちに魔法……」 「おっと。言えてら」 「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」 ニーナが素早く魔法を完成させた。『光の壁』が発動中なので良く見えないけど、『光の矢』が放たれたらしく、四肢を踏ん張ったままだったヘルハウンドの1匹が「ギャイン」と鳴いて吹っ飛ぶ。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」 続けてキグナスが同じ1匹に魔法を放った。立て続けに矢を浴びせられたヘルハウンドは、地面をのた打ち回っている。 不意に『光の壁』が消えた。炎の掃射が止んだからだろう。ユリアはあの時のように気を失ってはいなかった。呆然とした様子で辺りを見回している。構わず俺は剣を構えて突っ込んだ。 「ユリア、援護を!!」 ニーナがレイピアを抜いて怒鳴る。その声に我に返ったように、ユリアがロッドを構えた。 「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえッ」 防御を強化してくれる。キグナスも続けて防御魔法をかけてくれた。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、オムニア・エウント・モーレ・モドークウェ・フルエンティス・アクウァエ。『水膜』!!」 俺とニーナでヘルハウンドを1匹ずつ相手取る。先ほど魔法を立て続けに受けたヘルハウンドに、ユリアが魔法石を投げつけた。 「『氷弾』!!」 「ギャンッ……」 一際大きく鳴いて、動かなくなる。止めとなったらしい。 「くッ……」 俺の剣を大きな跳躍でかわしたヘルハウンドが、三角跳びの要領で壁に足を着き、勢い良く蹴る。その反動を利用して俺目掛けて太い前足を振った。避けるけれど避けきれず、腕を爪で抉られる。着地する瞬間を狙って、俺は剣を払った。その反動で、傷ついた腕から血が振り飛んだ。 「ギャウンッ」 胴に大きく切り込む。その瞬間ニーナが俺の方目掛けて吹っ飛んできた。 「うわッ」 「きゃッ」 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ポスト・ヌービラ・ポエブス。『光の矢』!!」 2人仲良くもんどりうって地面に転がる。援護するようにキグナスの魔法が、ニーナと戦闘していたヘルハウンドに飛んだ。その隙に、俺が斬ったヘルハウンドが傷を振り払うように体を起こす。よろつく体を足を踏ん張って支え、口を開けかけた。 「させるかッ」 跳ね起きて地面を蹴る。ヘルハウンドはたじろがずに炎を吐く姿勢を整えた。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」 「『氷弾』!!」 キグナスの魔法がニーナの方のヘルハウンドに、ユリアの魔法石が俺と対峙するヘルハウンドに放たれた。『氷弾』を受けたヘルハウンドは姿勢を崩してよろける。おかげで炎を吐くタイミングが失われた。力を込めて薙いだ剣がその首に深々と刺さり、断末魔を上げる間もなく地面に崩れ落ちる。 「はあ……はあ……」 肩で息をしながら地面に片膝をつくと、ニーナの方でも最後のヘルハウンドの始末が済んだところだった。 「ってぇ……」 抉られたあちこちが痛い。キグナスが近寄ってきて回復魔法をかけてくれる。みるみる傷が塞がって、やっぱ何度やってもらっても便利だなあとか……しみじみ……。 「しっかし凄かったなあ……さっきの」 まだ言ってる。 「そうなの?」 「俺が『光の壁』を使ったとしても、あんなになりゃしねえよ。……まだ使えねえけど」 ユリアがニーナを回復してこちらへ歩み寄ってきた。 「さっきのは……シェインが、わたしに?」 知らなかったの? 「と思うよ。……そういうもん?」 ユリアに答えて、キグナスに話を戻した。 「ああ。同じ魔法でも、使う人間の魔力によって効果ってぜんぜん違うんだぜ」 「え。そうなんだ?」 呪文によって効果のほどって変わるのかと思ってた。だってゲームなんかそうじゃん。3段階くらい強弱の段階があってさ……。 「そりゃそうだろ。例えば俺だったら、火系最上級攻撃魔法『炎の霧』を使ったって、グリムロック1匹を1撃で倒せるかどうかわかんねえけど、シェインだったら火系初級攻撃魔法『火炎弾』で10匹くらいまとめて吹っ飛ばすぜ、多分」 げぇ。 「そ、そういうもんなんだ?」 「そういうもん」 シェインと喧嘩をするのはやめておこう。 ◆ ◇ ◆ 俺とニーナがそれぞれ怪我を治してもらい、再びダンジョンの探索を再開する。 以降も、ぽつりぽつりとヘルハウンド、グリムロック、コカトリス、ゴブリンなんかと遭遇したし、目新しい魔物としてはオーガーなんて言うおっそろしい魔物にも1度だけ遭遇したが、ずたずたに怪我をしつつも何とか生命は保っていた。……シサー、本当に大丈夫なんだろうか。 2時間くらいかけて何度か角を曲がりつつも直進コースを歩き続けた結果、俺の手元の地図は最初の地点へと戻ってしまった。つまりぐるーっと回廊状になっているらしい。俺の地図が正しければ、ほぼ正方形状の外枠を歩き、中がすっぽりとやはり正方形状に未踏地帯となっている。 「戻るか……」 最初の地点を正方形の下辺とすると、西側の、垂直に続いている通路の割と北寄りの辺りに、1箇所だけ内側へ続くらしい道があった。どうやらそっちへ行くしかなさそうだ。ぐるぐると回っていても仕方がない。 元来た通路を北上し、途中、先ほど倒した魔物の死体を避けつつ30分ほどかけて上辺周辺まで辿り着く。右手に、やはり先の見えないさっき通り過ぎた通路があった。 「……こういうダンジョンで、倒した魔物がごろごろしてたら腐臭とか充満しないのかな」 ぼそっと呟くと、ニーナが肩を竦めた。 「魔物にもよるけど。ある程度腐敗が進んでくると、砂に還る魔物も多いし、魔物の死肉を食べる魔物もいるしね」 げえ……。悪趣味。 もうぐるぐる跳ばされて方向感覚なんかめちゃくちゃだから、とりあえず便宜上最初にいた地点を南とすると、角を曲がって通路はすぐ南下していた。何の変哲もない一本道。もちろん相変わらず真っ暗だ。 「もうどのくらいさまよってるのかなあ」 歩数に合わせてマス目を塗り潰しながら呟く。あの円形ホールを出てからあれよあれよと言う間に、予定外にダンジョンの奥地をさまようハメになってしまっている。短く見積もっても6時間とか?そのくらいになるのかな。時間感覚さえぐちゃぐちゃで、もうわけがわからない。 「よく考えたら歩き続けだね。何も食ってないし」 「そうね。どこか休めそうな場所を見つけたら、食事しておこうか」 「もうさっきの小部屋にさえ戻れねーからなあ」 後ろの方からキグナスが会話に参加した。 確かに、あそこって何か魔物入って来なさそうな感じだったし、休憩するにはうってつけだったのかもしれない。 「ユリア、平気?」 黙々と歩いているユリアが気になって、声だけで尋ねる。疲れたような声で「うん……」と言う短い返事だけが返って来た。へばって来ているのかもしれない。……そりゃそうか。飲まず食わずで歩き続けて、しかも魔物と戦って。ユリアじゃなくたってへばるよな。 15分くらい通路を南下すると、僅かに左に逸れてまた南下した。でもそれはほんの5分くらいで、すぐ突き当たる。左に曲がって北上する通路が続いていた。 「……すーごーく、いや〜な感じ」 「迷路みたいね」 「左手で壁伝ってったら出られるのかな」 「『左手の法則』?」 ニーナの言う通り、ダンジョンの中はまさに迷路みたいだった。ぐにぐに曲がって左右に分かれている通路もあるし、上へ下へ右へ左へ、地図の上はぐちゃぐちゃだ。 「……汚いわね」 「……うるさいな」 俺の書いた地図を覗いてニーナがぼそりと洩らす。仕方ないだろ、歩きながら地図書くなんて初めてなんだし!!難しいんだぞ、結構。それでも頑張ってんじゃん、努力してんじゃん……。そりゃあ、変なトコ繋がりそうになっちゃったりとかしてるけどさ。 東方向へ真っ直ぐの通路を進んで行くと、20分くらいで壁にぶち当たった。道なりに南方向にジグザグになる感じですぐ西へ向かう通路があった。それに従って通路に足を踏み入れる。 ……と。 ゴゴゴゴゴ……。 どこからともなく、地響きのような低い音がした。 「……何?」 思わず一同足を止めてしまう。止めてしまっ……て……。 「に、逃げろッ」 叫んだ。 何となれば。 「え、何!?」 「うわあああッ」 「壁!!壁が!!後ろ!!!」 会話になってない。 西へ続く通路に入ってすぐ、その通路の奥から壁がこっちへ向かって迫って来たんである。しかも物凄い勢いで!! あんなもんに潰された日には、生き残る可能性どころか骨さえコッパだ。 「うわああああ!!!」 「やだあああああッ」 「ちょっと早く行ってよ!!」 「精一杯!!!」 パニック状態で怒鳴りあいながら賑々しく逃げていく。 幸いその通路はそんなに凄い長いものでもなくて、壁が押し迫ってきてからは5分くらい全力疾走したところで角にぶつかった。走る勢いもそのままに角を左に曲がると、そこですぐに直進と右に折れるのと道が分かれている。咄嗟に迷って足を止めてしまうと、後ろからニーナが激突してきた。 「うわッ」 「きゃッ」 「きゃあッ」 「わわわッ」 「むぎゅぅ……」 結果として、俺に激突したニーナにユリアがぶつかり、ユリアにキグナスが激突して4人まとめてすっ転ぶハメになり、先頭だった俺は3人分の体重を一身に受けてつんのめった。潰される。 「何してんのよッ馬鹿!!」 ニーナが叫ぶその後ろを、ゴゴゴゴ……と重い唸りを上げてスピードを上げた壁が通り過ぎて行く。 ドシーンッ。 激震がして、パラパラと天井から粉が零れた。壁に壁がめり込んだのだ。……良かった、曲がってくるなんて器用なことするやつじゃなくて。 「あっぶっね〜……」 キグナスがユリアの上に圧し掛かったまま後ろを振り返って呟いた。……って、重いから!!どいてッ!!! 「苦しいぃぃぃ……」 「あ、ごっめーん」 バンバン地面を叩いて抗議すると、順番にどいてくれた。……げほげほ。 「あ、ヤベ。今の距離よくわかんないな。適当に足すか」 地図を開いて、感覚で道を付け足す。ユリアがぴょこんとさっきの通路を覗き込んで振り返った。 「ここは、トラップガイド、なかったのかしらね」 「さあ……。でも、壁が着実に追いかけてきたってことは、移動してないってことじゃないの」 「そうよね」 「壁注意……と。んで?どっち行く?」 分かれ道なのでちょっと迷ったけど、とりあえず曲がってみたら右は5分くらいで行き止まりになっていた。戻って直進し、すぐ左手に折れる。また、角を曲がったり突き当たったり戻ったりしながら進んで行くと。 「あ」 思わず声を上げた。 「何?」 ウィル・オー・ウィスプが照らす、その少し先。行き止まりになっているんだけど、その突き当りの壁の手前。 「宝箱だッ」 「何ぃ♪」 俺の言葉にキグナスが即効反応する。女性2人は「あ、そう」って感じの冷たい反応だった。……ロマンってのがあるでしょ。 「これも開いてるんじゃねえか?」 ユリアとニーナを追い越してキグナスが俺の横に並んだ。勢い一緒に宝箱に近付く。魔法陣の小部屋にあったのと同じようなタイプの宝箱で、意外にも開けられていなかった。 「らっきー」 「でもさ、俺たち、開けられないんじゃないの」 この中の誰かが鍵開けのスキルを持っているとは思えない。 「それもそうだな」 「魔法で開けられないの」 「そう言う魔法もあるけどなー。俺、出来ねえ」 「駄目じゃん」 「シサーは鍵開け、出来るわよ。難解なものは無理だけど」 「そうなの?」 器用な人だ。でも今ここにいない人に頼るわけにはいかない。 「どうしようか」 「諦めたら」 ニーナが冷静に言い放つ。それも何か悔しくないの? 「実は鍵、開いてんじゃねえ?」 勝手なことを言ってキグナスが蓋に手を掛けた。 「そんなわけ……」 ぱかッ。 「うっそぉ」 「ありゃりゃ」 やったキグナスもぎょっとしたようにぱこっと開いた蓋を見つめた。ちなみに中身はと言えば。 「凄ぇ」 何だろう。良くわかんないけど、宝石とか金貨。金目の高そうな物。ご丁寧に、それを詰める為の袋まで一番上に用意されている。 「……いくら何でも胡散臭くないか?」 「……うーん。胡散臭いなあ」 「やめなさいよ。邪魔じゃないの」 どうでも良いらしいニーナが後ろで腕を組んで忠告した。 「大体他人が攻略した後だってのに、残ってる宝箱なんか怪しくてしょうがないじゃないのよ」 「言える」 「でもちょろっとくらいもらっとこーぜ、せっかくだし」 と、キグナスが袋を取り上げてざらっと金貨を放り込んだ瞬間。 「ななな何の音!?」 ガラガラガラと言う錆の入った金属音。結構重たい音だ。 「大変!!」 ユリアが叫んだ。……うわあああ。 「キグナス、駄目だ!!、それ、戻せッ」 戻る道の途中、ちょうど角の辺りで古びた鉄製の巨大な柵が降りてくるところだった。あれが閉まっちゃったら閉じ込められちゃうじゃんッ。 「わ、わかったッ」 キグナスが慌てて袋ごと金貨を放り出す。バン!!と宝箱を閉めると、ギィィィィ!!!と甲高い音を立てて柵が止まった。 「ほら、言わないことじゃない」 「行きましょ」 ニーナとユリアが戻って行く。叱られた俺たちは思わず顔を見合わせて後を追った。一度止まったはずの柵が、キィィィっと言うでかい音を立てて再び巻き上がっていく。 「なあああんの為にあんなとこに宝箱置いてんだよッじゃあッ。トラップボックスなんか用意する奴の気が知れねえッ」 ぶちぶちとキグナスが文句をたれる。 「トラップボックスあり、と……」 「ミミックじゃなかっただけ、良かったと思うのね」 「みみっく?」 「宝箱に扮した魔物。蓋の部分が口になってて、物凄い鋭い牙がいっぱいついてんの。噛み付かれたらかなりの大怪我になるわよ」 ニーナが教えてくれるのを聞きながら、元の道へ戻って隊列を整えて、先を急ぐことにした。 ◆ ◇ ◆ トラップボックスの場所からまた30分ほど歩いて、どこにも休憩出来そうな場所ってのがなさそうだったので、仕方なく行き止まりの通路のトコで座り込んで休憩に代えることにした。片方が塞がってるってことは、警戒すべきは続いている方の通路だけってことだから、まあ、挟み撃ちになる心配だけはない。でも言い換えれば、逃げられない。 「つっかれたなあー」 キグナスがぼやく。ユリアは途中から言葉少なだ。心配になる。 「ユリア。あげる」 ロートスの実を放ってあげた。一応、疲労回復の効果はあるはずだ。 「ありがとう」 ユリアもキグナスも疲労回復の魔法を使うことは確かに出来るんだけど、先の見えないダンジョンでこれからどれほどの敵に遭遇するかもわからない。下手に魔法を消費したくないと言うのがあるのか、戦闘時以外では疲労回復の魔法を自分にかけたりはしなかった。 どうでも良いけど、疲れるな。 肉体的にもそうだけど、精神的に。もっのっすっごっく!! 何が飛び出すかわからない、先の見えない真っ暗闇を、細々とした明りでひたすら歩くと言うのは……げんなりする。正直、飽きる。 本当は緊張してないと危ないとは思うんだけどね。でも……だれてもくるでしょ。そんな何時間も歩かされたらやっぱし。 (あ〜あ……何してるんだかな〜) 今頃本当だったら……夏休みだろうか。雄高と遊んだり、文句言いながら宿題やったり。そんな当たり前のこと、してたはずだ。なのに俺はなぜか、得体の知れないダンジョンで魔物と戦っている。数ヶ月前、果たしてこんな夏休みを誰が想像しただろう。……するわけねーじゃんよ。 「シサーも、ここのどこかにいるのかしらね」 俺のあげたロートスの実をしゃりしゃりと齧りながらユリアが言った。 「だとすれば、どこかで会えるのかも知れないけど」 ニーナがぼんやり座ったまま答える。 この迷路が、俺が最初に思った通り正方形で構成されているものなのだとしたら、今は一応上半分の、更に半分くらいの面積は塗り潰されてきている。大雑把に言って、残り4分の3。 ただ、もちろんシサーも移動しているだろうからすれ違いが生じている可能性も否定出来ないんだけど、かと言ってじっと待ってるわけにもいかないし。 「出来る限り地図を埋めて、それからまた、方針を考えよう」 「うん」 そこでしばらく休憩をして、俺たちは再び歩き出した。地図で言うと段々中心部へ向かってきているはず。 一旦、少し南へ下ってまた北へ続く直進通路を歩いていると角に当たった。左手に折れ……。 「何?何の音?」 頭上で何かが軋むような音がした。咄嗟に見上げる。 「げええ!!」 「ダッシュだッ」 頭上の壁が落ちてこようとしてるじゃないか!!死んじゃうっつーのッ!!! 「ひええええッ」 「きゃあああッ」 思い思いに叫び声を上げながらダッシュで駆け抜ける。階段状に左、右、左、右とうねうねしたその通路は通り抜けるたびにいちいち、ズシン、ズシンと天井がおっこってきた。床に落下すると、ゆっくりと天井へと戻って行く。 「ひぃぃ……」 ようやく『天井落ち』シリーズの通路を抜けたらしく、落ちて来ない天井を見てスライディングするように床に崩れ落ちた。突如の全力疾走で、みんな俺と似たような有様だ。ぜいぜいと息を切らせて床に座り込んでいる。 「ああ、もう!!ダンジョンって大っ嫌い!!何でこんな意地悪いのよ!?」 ニーナが誰にともなく叫ぶ。 今走り抜けた通路には、実は分岐点があったんだけど……当然そんなものを調べている余裕なんかありはしなかった。戻りたくもない。 「天井注意……」 地図に書き込んで立ち上がる。 「ええと……さて。どっちに行けば良いんだ?」 今俺たちが座り込んでいるのは『天井落ち』通路を抜けたばかりのところで、右にも左にも道が続いていた。どっちもずっと続いたあげくに分岐してたりすると面倒くさくて嫌なんだけど。 「どっちでも良いわよ、どうせわかんないんだから」 ほとんど投げやりとしか言えないアドバイスをニーナがくれる。 で、とりあえず左、つまり南下する方向に行ってみることにして5分ほど歩くと、そこはもう行き止まりだった。地図を埋めて道を戻り、北上する。右に行ったり下に行ったり左に行ったり上に行ったりを繰り返し、行き止まりに何度も遭遇したりして無駄に歩いた気もするけれど、そこそこ地図は埋まってきた……みたいだ。 「もうだいぶ……これって、中心付近にいるんじゃないの?」 足を止めて地図を書き足した俺の手元を、他の3人が後ろから覗き込んだ。書き込んでいる文字は思いっきり日本語なんで他のみんなには読めないだろうけど、図を読み取るのに影響はさしてないはずだ。で、この地図が合ってると言う前提とすると、上半分に関して言えば中心部を四角く繰り抜いてその周囲を周ってる感じ。 「中心には、何があるのかしら」 ユリアが首を傾げる。 「何かあると思う?」 「ぐねぐねと無駄に通路があったりして」 キグナス……どうしてそう言う寂しい未来を示唆するかな。 「ま、行ってみればわかるだろ」 言いながら再び歩き始めた。突き当たった道を西へ戻り、南下して行く。右、左、右とやや細かく道を折れ、右にも左にも何だか先に続いていそうな道に出たところで足を止めた。 「どうしようか」 ちなみに正面にも道は続いている。十字路と言うやつだ。 「困ったわね。とりあえず手前から行きたいところだけど……」 って、中心部を避けて、離れて来ちゃってるんだよな。このままだと外周……地図を書き始めた地点のひとつ内側の道まで戻ってしまう。 「んじゃとりあえず、北上してみようか」 右手に続く道に向かって足を向けた。 結構長い道で、10分以上歩いてもまだ先がある。このままぐるっと周って中心の方とかに続いてたりしないかな……なんて考えていた時だった。 カツ、カツ、カツ……。 ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ……。 不意に嫌な音が聞こえてきた。聞き覚えのある金属音。だらだらと続くダンジョンの探索で忘れ掛けていた恐怖が背筋を這い上がっていった。 「何……?」 ユリアが不安そうに呟く。思わず足を止めて振り返った。耳を澄ます。間違いなく、背後の暗闇の奥からその音は響いて来ていた。 カツ、カツ、カツ、カツ……。 硬質の、足音。触れ合う甲冑。確かに誰かが歩いて来ている音だった。心臓が再び早鐘のように鳴り出した。 「これって、最初に追って来たのと同じ足音……」 全くの同じ奴かはわからないけれど、同種であることは多分間違いないだろう。 「逃げよう」 「でも、また逃げている間にワープトラップに引っかかっちゃったら……ッ」 「く……」 確かにそうだ。これまでの苦労が水の泡になる。 「とにかく、進もう」 足音にはまだ少し距離がある。どこかで角を曲がってくれるかも知れないし、引き離せるかもしれない。 この道の先が行き止まりかもしれないと言う可能性については極力考えないようにした。これまでに遭遇した行き止まりの頻度を考えれば、決してあり得ない話じゃない。けど、考えても道が繋がるわけじゃない。 トラップガイドに注意しながら、可能な限りの早足で通路を進む。視界のほんの少し先は真っ暗だ。挟撃されるかも、と言う嫌な考えを、頭を振り払って追い出す。額に嫌な汗が滲んだ。 「……近付いてる」 押し殺した声でニーナが言った。 「……うん」 俺も低い声で答える。足音は遠くなるどころか近くなる一方だ。 カツ、カツ、カツ、カツ……。 「あ、曲がり角だ」 ようやく直進通路が終わって、曲がり角が見えた。知らず、歩調が速くなる。焦りが俺の背中を押していた。 何でだろう、凄く怖い。ヘルハウンドだってオーガーだって、めちゃめちゃ怖かったのに、なぜかそれを遥かに越える恐怖が込み上げていた。……それは、ある種の予感ってやつだったのかもしれない。 角を曲がった瞬間、思わず駆け出す。ニーナたちも同じ気持ちなのか、何も言わずに後を追って走って来た。 カッカッカッカッ……。 つられたわけでもないだろうが、後を追う足音も走り出す。手の平に汗が滲む。……怖い!! 「嘘ッ……」 ニーナの悲鳴のような声が聞こえた。俺も同じ気持ちだ。まさか寄りによって……!!! 角を曲がった通路の先は、行き止まりだった。 ◆ ◇ ◆ 「戦うしかないッ……」 どちらにしても、もう逃げ場はない。 「ユリア、後ろに下がって」 ユリアを1番壁際にやり、俺は剣を構えた。隣でニーナもレイピアを抜き出しながらもいつでも魔法が唱えられるように構える。キグナスがその後ろでロッドを構えた。敵の姿を少しでも早く認識出来るよう、ウィル・オー・ウィスプをやや前面に飛ばす。 カッカッカッカッ……。 硬い足音は、もうすぐそばまで来ていた。角を曲がる。ぶつかり合う甲冑の音。それにかぶせるように、シャキン、と剣を抜き放つ音が聞こえてきた。体中を突き抜ける恐怖は、ハンパない。剣を握る手も、膝も、かたかたと震えているのが自分でわかった震えた。 「……ッ……」 声にならない悲鳴がユリアから漏れる。光に照らされて姿を現したのは、全身を黒い甲冑にくるんだ騎士だった。ただし、その頭部は 「くッ」 キーンッ。 剣を打ち付ける金属質の音が響いた。問答無用で何も言わずに斬りかかって来た騎士の剣を、剣で受ける。甲冑にくるまれていない剥き出しの……骨さえ剥き出しのその顔が間近に迫り、何も映さない空ろな眼窩が肉迫していた。頭蓋骨にいくつも刻まれた傷が俺の瞳に飛び込む。 (つ、強いッ……) その力は並大抵じゃなかった。そりゃあ俺は力があるほうでは全然ないけど……ッ。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス。『火炎弾』!!」 キグナスの魔法が迸る。だが、骸骨騎士に届く寸前、霧散した。 「何ッ……!?」 効かない!? 「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえッ」 ユリアが俺の防御を固めてくれる。ニーナがレイピアを翳して駆け寄った。 「きゃんッ」 馬鹿な!! 俺と剣を交えている片手を離し、その腕で一閃する。ニーナが弾き飛ばされた。その間も、地面に踏ん張っている俺の足はじりじりと骸骨騎士に押されて後退していく。 くそッ……このッ……馬鹿力……ッ……。 ずずっ、ずずっと地面の上を俺の足が押されて行く。骸骨騎士は、ニーナを弾き飛ばしたその手を俺に振った。 「……ッッッ!!」 俺の体が壁に振り飛ばされる。剣が俺の手を離れて床に落ちた。背中から胸部にかけて、激しい痛みが俺を襲う。骨にヒビとか入ったんじゃないかと思うような痛みだ。俺が激突した振動で、壁がパラパラと粉を舞い落とした。 「カズキ!!」 ユリアの悲鳴が遠のきそうな意識を引き戻す。ニーナがレイピアを手に骸骨騎士に駆け寄った。背後から振り翳す。 「くうッ……」 呻きが聞こえた。歯が立たないらしい。 「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる……きゃッ……」 回復魔法を唱えかけたユリアの声が悲鳴に変わる。続く鈍い音。弾き飛ばされたんだ。 「くっそぉ……」 歯軋りして、壁に背中を預けたまま体を起こす。打たれた背中と胸の辺りが軋むように痛んだ。剣は俺より少し離れた位置にある。手を伸ばしても届かない。 骸骨騎士は俺の方へ剣を振りかぶって歩み寄った。無表情でゆったりとした動きがまた、気味の悪さに拍車をかける。 「類稀なる知恵者ノームよ、悪しき者に大地の制裁を!!ダレ!!」 ニーナの魔法が飛ぶ。だが、やっぱり届く前に霧散した。 「『火炎弾』!!」 壁にへたりこんだままのユリアが、魔法石を投じた。魔法の発動こそなかったものの、ぶつけられたと言う感触はあるのか骸骨騎士の顔が僅かにそちらへ向けられる。 その隙を突いて俺は地面を蹴った。タックルをかけるように剣に飛びつく。だが、態勢を整えるその前に骸骨騎士が肉迫した。眼前に迫る。鋭い斬撃で剣を振り下ろした。 「……ッ……」 俺の反射神経に感謝。顔の横すれすれで何とか剣を避ける。俺の代わりに叩きつけられた壁は微かに砕けて耳元に欠片を転がり落とした。 「くっそぉッ」 キグナスの怒声が聞こえる。駆ける音。あろうことかロッドを振り翳して、今にも俺に止めを刺そうとしている骸骨騎士の背後から踊りかかった。 「くぁッ……!!」 だが、一瞬にしてその小柄な体が宙に舞う。血飛沫を上げていた。俺に向けたその剣を、横薙ぎにして背後から来たキグナスに斬りつけたのだ。 「キグナス!!」 怒鳴りながら身を起こす。こちらに向き直る前に脇を狙って剣を払った。 骸骨騎士が跳躍する。バックステップの要領で、こちらを向いたまま後方へと跳んだ。とりあえずこれで距離が出来る。 「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる女神ファーラよ。その下僕に深き慈愛をもって癒しを施したまえ」 ユリアがキグナスに回復魔法をかけている声が聞こえた。その声を背中に聞きながら、示し合わせたわけでもないが、ニーナと同時に飛び掛る。 「うッ……」 「うあッ……」 が、まるで歯が立たない。斬りつけられたニーナが、腕からどくどくと血を流しながら後方へ吹っ飛んだ。ほぼ同時に俺も脇腹を斬り付けられる。立て続けにその剣が俺に振り下ろされ、寸前で剣で受け止めた。 キーン!! 剣と剣がぶつかり合って、僅かな火花が散る。が、最初と同じ、圧倒的力の差で押されて行く。骸骨騎士の左腕が剣から離れた。右腕一本なのにこの強力さと来たらッ……。 (――え?) ざしゅッ……。 何かに突き刺さる音が聞こえた。一瞬後に、血飛沫。噴き上げているのは、俺の、体。 手から力が抜ける。視線を下げると、骸骨騎士の左腕から突き出ている、研ぎ澄まされた杭のような部分が俺の腹部を貫いていた。不思議と痛い、とは感じなかった。……熱い。 「カズキ!!」 剣が手から離れる。鋭く太い骨が抜き取られ、自分の体がどさりと地面に崩れるのを感じた。床にぶつかる衝撃さえ、良くわからない。 俺を片付けたと思ったのか、骸骨騎士は左腕の俺の血をばっと振り払って体の向きを変えた。次の獲物を探している。 (駄目だ……) こんなところで、倒れてちゃ。 ユリアが……。 そう思いながら意識が遠のきそうになる。自分の顔の下まで、血溜りが広がっていくのがわかった。指先を動かそうとするけれど、冷たく麻痺している感じで微かにでも動いたのかどうかすらわからない。 「きゃあああッ」 ユリアの悲鳴。 「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」 ニーナ、こいつに魔法は効かない……。 そんなふうに他人ごとのように考えていた意識の片隅で、ガシャーン!!と言う盛大な破砕音に続く慌しい足音と激しい金属音が聞こえた。剣と剣がぶつかり合う音。誰かが何かを怒鳴る。名を呼ぶ叫び声。……歓喜の、声。 (……!?) その名前が意識の中で形を持った時、失いかけた意識が辛うじて戻った。全力を振り絞って顔を向ける。骸骨騎士が誰かと激しく切り結んでいた。あれほどの剣技、怪力をものともしない、対等に渡り合うその技量。 (無事、だったんだ……) 捜し求めていたシサーの姿を最後に目に映し、俺の意識は暗転した。 ◆ ◇ ◆ 「よぉ……目が覚めたか」 鈍い頭痛を伴って目が覚める。少し離れた場所に置かれたカンテラの薄らぼんやりとした明りの中、シサーの銀色の瞳がこちらを見詰めていた。 「シサッ……うッ……」 慌てて体を起こした俺は、腹部に根ざす鈍い痛みに打ちのめされて再び地面へと舞い戻った。 「おいおい。無茶すんな。生憎、相当深い傷でな。ウチのお2人さんじゃ全快にまでは出来ないそうだ。魔力の消費も今は激しいからな」 ああそうか。……俺、骸骨騎士に腹を串刺しにされたんだった。 「……そか」 やけに静かだ。床に転がったまま視線をさまよわせると、ユリアもニーナもキグナスも、床に倒れ込んでいた。眠っているらしい。 「あいつは?」 場所は、さっき戦闘を繰り広げていたそのままの場所だ。壁にあいつが切りつけた剣の後が残っている。俺の視線を受けて、シサーは後方を見遣った。つられて目を向ける。 「あ……」 「アンデットモンスターだからな。砂化した」 さっきまで骸骨騎士が身につけていた黒い甲冑や剣が、そこにオブジェのように転がっていた。中身はない。その代わり、微かに盛られた砂がその周囲に散っている。なぜかその向こうに、粉々に砕けたガラスの破片が散らばっていた。 「倒したんだ……。あれは?」 俺の視線に気付いてシサーが苦笑いを浮かべる。 「間に合わねえと思って、咄嗟に手に持ってたカンテラを投げ出したんでな」 ああ、そうか……。 ……やっぱ、凄いなあ。俺なんか、4人がかりだって歯が立たなかったのに。 「心配、かけたな」 「無事で良かった……」 「ニーナに散々叱られたよ。泣くわ怒鳴るわ、どっちかにしてくれって感じでな」 言ってシサーは照れたように苦笑した。優しい瞳を、行き止まりの壁に寄り添うように眠っているニーナに向ける。 「心配、してたよ」 「ああ。まさかあんなワープトラップが仕掛けられているとは、思いもしなかった」 本当、悪かったよ、と壁に背中を預けて呟く。 「頑張ったな。良くみんなを守ったじゃないか」 「別に俺が守ったわけじゃない……。俺に、シサーの代わりは務まんないや」 やっぱり、シサーがいると安心する。 俺は仰向けに転がったまま、片腕で目元を覆った。ダンジョンに入ってからの数々の戦闘を思い出す。何度も死ぬかと思った。何度も怪我を負った。シサーがいれば戦闘時間はもっと短い時間で済んでただろう。さっきの戦闘だって、シサーがぎりぎりで駆けつけてくれなかったら、多分全滅だった。……ああ、ユリアはわかんないけど。 「ウィル・オー・ウィスプは」 「召喚しっぱなしだったからな。解放した」 「ふうん。シサー、どうしてたの?」 「どうしてたも何も……とにかく戻らなきゃと思って探索してたよ」 そりゃそうか。 「うろうろしてるうちにワープトラップに気が付いてな。ちょっと気になることがあったんで、ある場所を目指してるとこだったんだ。ちょうどその角を曲がって真っ直ぐ行った先の……もういくつか角を曲がった辺りにいたんだけどな。そしたら複数の足音が聞こえたからお前らかと思ったんだけど、何せ真っ暗だろ。見えやしねえし、間違って魔物の集団だと面倒臭ぇし」 「ふうん」 「戦闘音が聞こえたからな。慌てて駆けつけたんだが、ワープトラップに引っ掛かってるわけにはいかねえから、突っ走るわけにもいかねえし。やべえんじゃねえかって気を揉んだよ」 やばかったです。 「ある場所って?」 「ああ……」 ぽりぽりと頬を掻きながらシサーは伸ばして床に投げ出してあった長い脚を引き寄せた。胡坐をかく。 「どうもこのフロアの中心部に、素直に辿り着けねえ部屋があるんだよな」 「素直に辿り着けない部屋?」 俺は今度はさっきみたいにいきなりではなく、そろそろと体を起こした。ずきんずきんと腹部が痛む。でもざっくり貫通してたことを思えば、やっぱり脅威の回復力だと思う。あのままだったら、きっと死んでたもんなあ。 何とか壁に背中を預けてポケットの地図を取り出した。 「お。お前、そんなもん書いてたのか」 「うん」 「ちょっと見せてみろよ」 言われて手渡した瞬間、シサーは顰め面をした。 「汚ぇ」 酷すぎる。 「……っと……この辺りだな」 シサーは憮然とした俺の表情には目もくれず、『汚い地図』に目を落とす。指で辿って、空白となっている中心部分の更にど真ん中を指で指した。 「この辺は道があるんだよ」 言いながらその周辺を指でぐりぐりやる。それからおもむろにポケットを漁って、紙切れを1枚取り出した。 「あ」 地図だ。シサーも地図を描きながら歩いてたらしい。 「……ってか人のこと言えないじゃん?」 「うるせえな」 大差ない汚さの2つの地図を見比べる。シサーの方が多くの道が書き込まれていた。 「写しても良い?」 「やるから続き書いてくれ」 そうくる? 渋々と受け取って、シサーの書いた地図を書き写しながらあれ?と思った。空白の中心部から斜め右下くらいの位置……小部屋がある。 「シサー。この部屋って」 「ああ。ここも胡散臭いんだよな。壁に魔法陣の掘り込みがある」 「2つの像がある部屋?」 「おう。……行ったのか?」 「うん。まだワープトラップに気付いてなかったから、ここから跳ばされまくったみたいだけど。行った」 そうか。あの部屋はこんな位置にあったんだ。指で地図を辿って行くと、まだ結構ぐねぐねと歩かなきゃならない感じ。 「俺があちこち見た限りでは、気になるのはこの2箇所だな。隠し扉なんかもあったが、空の宝箱があったくれぇで」 隠し扉!? 「うっそ。あったの?そんなの」 「あったぜ。俺が見つけたのは今んトコ2つだな」 言ってシサーは地図上を指で示した。両方とも、俺たちも行っている通路だ。 「全然気が付かなかった……」 「結構わかりやすいぜ。ここのダンジョンマスターの癖なんだろうが、隠し扉がある周辺は煉瓦の組み方が微妙に変わる」 そんなの見てない。 あらかた地図を写し終えて、しみじみ覗き込みながらとんでもないことに気が付いた。シサーの地図は、7割は埋まっている。俺のと合わせて8割弱……でも。 「出口とか階段とか、そういうの、ないの?」 「今んトコ発見出来てねえんだよな。お前らも……だな、これ見ると」 「うん」 「……」 「……」 思わず顔を見合わせて溜め息をつく。 「……最初にいたフロアじゃねえことは確かだろうな」 これで地図の外周は埋まった。ところどころ埋まっていないところもあるけど、周囲の通路を見る限り多分行き止まり。もしかするとこのうちのどこかに階段があったりするのかな……。隠されてたりすると嫌なんだけど。 「ともかく、その2部屋を探って、何もなけりゃあ後はもう、しらみつぶしに地図を埋めていくっきゃねえな」 その言葉に、またも顔を見合わせて俺とシサーは溜め息をついた。
2006/05/25 |
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