■ 18 風の砂漠〜ダンジョンT〜 ■

 こうも、どこまでも同じような風景が続いていると、自分が歩いてんだか止まってんだか何なんだか、わからなくなってくる。遠くに見える山々は変化しているはずなんだけど……それすらも段々と同じに見えて来たりして。
 途中魔物に遭遇したりはしたんだけど、既にすっかりお馴染みになってしまったジャイアント・スコルピオンやサンドゴブリンばかりで目新しい顔触れと言えばほぼ同レベルのジャイアント・アントと言う巨大な蟻くらいだった。その時までは。
 砂漠に出てから3度目の夜が明け、地図上で言えばあと数時間でそのダンジョンに辿り着くだろうと言う、そのくらいの場所。
 不意にシサーのグラムドリングがぼんやりと発光した。鞘に包まれて尚零れ落ちる白い輝き。――魔物が近い。
 柄に手を掛けたシサーの表情が不意に強張った。同時に足元から何か異物感……嘘だろッ!?
「足元だッ」
 シサーの怒声と同じタイミングで反射的に飛び退る。シサーはユリアを抱えて横へ向けて地を蹴り、キグナスやニーナもそれぞれ地面を蹴り付けてその場を散った。
 瞬間、巻き上がる砂埃。黄色に煙ったその中から姿を現わしたのは、どこかぶにぶにした質感の、けれどあまりに巨大な生き物だった。5メートルくらいあるんだろうか。肥大化したイモ虫のようにも見えるが、決定的に違うのはその頭部だ。顔があるべき場所にはマンホールの葢をどけたかのような、ぽかんとした穴が広がっている。そうは思いたくないけど、あれは口なんだろーか、やっぱり。
「アモル・オムニブス・イーデム。我らを守りし偉大なる女神ファーラよ。汚されし者の邪悪な手を清めたまえ」
 ユリアが防御魔法をかけた。これでこちらの防御能力は上がったはずだ。
 生まれて初めて見るサンドワームは、口の周りには何かうねうねする短い触手みたいなものが生えていて、同様のものが頭部や体からも突き出している。全体的に保護色なのかクリーム色っぽい感じだが、ところどころに鮮やかな緑の太いラインが横たわり、そこに浮かぶ赤い小さなぼつぼつが毒々しい。口からは濃緑色をした粘液質の液体を溢れさせている。
「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ナートゥーラー・ドゥーケ・ヌンクァム・アベッラービムス。『風の刃』ッ」
 すかさずキグナスの魔法が飛んだ。風の鋭い刄で体を切り刻まれ、サンドワームが身を捩る。シサーが地を蹴り上げ、頭部のすぐ下、イメージとしては首の辺りを真一文字に薙ぐ。閃いた白刃にサンドワームは鮮やかな緑色の血を噴き上げて仰け反った。その衝撃で口に溢れる粘液が振り撒かれ、それを吸った地面がどす黒く変化した。
「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよッポエブスッ」
 ニーナの魔法が完成し、光の矢がサンドワームに突き刺さる。風の精霊や水の精霊の使役に長けているニーナだけど、砂漠である以上水の精霊の召喚は不可能ではなくても無理があるし、風の精霊は現在交信不能状態に陥っているので呼び出せない。代用と言うわけでもないだろうけど、このところニーナは光の精霊であるウィル・オー・ウィスプばかり呼び出している。
「カズキッ背中狙えッ」
「わかったッ」
 それにかぶせるようにキグナスの『火炎弾』が放たれた。サンドワームは一層激しく身を捩り、毒々しい粘液が次々と飛散する。それを避けながら抜き放った剣を構えて俺は背面からサンドワームに飛び掛かった。シサーの指示を受けて、がら空きの背面に切り付ける。
 思いの外硬い皮を突き破る確かな手応えが手の平に伝わり、鮮緑の血が噴き上がった。だが、次の瞬間。
「うわッ」
 背後から受けた攻撃にサンドワームが激しく頭部を振った。突き刺さった剣の柄に手を掛けたままだった俺はその衝撃をもろに浴びて砂地の上に吹っ飛ぶ。背中から思い切り叩きつけられて、一瞬呼吸が出来なくなった。
「カズキッ」
 ユリアが駆け寄って来る。跳ね起きながら、それに答えた。
「大丈夫、怪我はしてない」
 それよりも……。
 軽く舌打ちをしながら、シサーたちの攻撃を浴びて毒の粘液をバラ撒いているサンドワームの背中に突き刺さったままの剣を見る。このままじゃあ丸腰だ。援護に回るしかない。
 ポケットに入れてある魔法石を取り出す。拳大の紫色の石。
「『風の斧』!!」
 突如鋭く太い刄に己を変化させた風が、サンドワームの巨体に襲い掛かる。幾つもの傷をその体に刻み付け、クリーム色の肢体は緑色に染まっていった。キグナスの『火炎弾』を受けた部分は濃い茶色に変色し、煙を上げながら何とも表現しがたい匂いを発している。
「あ、このやろ」
 シサーの、どこか余裕があるぼやきが聞こえたと思ったら、サンドワームは砂煙を巻き上げて地面に潜っていった。その余りに激しい砂煙に視界が遮られる。ここでも風の強さは一緒なんだけど、風が砂煙を飛ばす勢いよりサンドワームが巻き上げる勢いの方が早い。
「どこ行った!?」
 俺の怒声に、砂が目に入ったらしいシサーが片目を瞑ってむせながら怒鳴り返した。
「あいつは砂漠に潜ったりしてこっちを撹乱しやがんだ。まだ足元に潜んでるぞ。油断すんな」
「わかった」
 俺が答え終えるか終えないかと言うところで、わずかに距離を置いた場所から噴水よろしく砂が噴き上がる。……って言うか俺の剣を返してくれ!!
「ユリア、レイピア借りても良い?」
 視線をそちらに固定したまま尋ねると、ユリアが頷いて腰にぶら下げたレイピアを抜き放った。……軽ッ。俺のも相当軽いらしいけど、レイピアは更にその比じゃなく軽い。折れないかな、平気かな、なんて不安になっていると、予想を裏切って砂煙を風が吹き飛ばした後にはサンドワームの姿はなかった。……何!?
「後ろだッ」
「げえッ!?」
 突如背後に舞い上がった黄色い煙に、咄嗟に顔を腕で覆う。サンドワームが出現したせいで斜めに盛り上がった足場に、ユリアが足を取られた。
「ユリア!!」
 転倒したユリアに目掛けられた触手をレイピアで薙ぎ払う。その隙に再びニーナの『光の矢』とキグナスの『風の刃』がサンドワームを襲った。
「カズキ、ユリア連れてどいてろッ」
 グラムドリングを翳したシサーが駆けて来る。その言葉に従い、俺はユリアを立ち上がらせて抱えるとその場を飛び退った。サンドワームが体を擡げる。シサーの足が地面を蹴った。頭部の真下を一閃し、着地する。
 どうッ。
 砂塵が上がり、その巨体が砂漠に崩れ落ちた。頭部と呼べそうな部分は、ない。僅かに時差を持って、少し離れた場所に緑色の血を噴き上げながら切り離された頭部が落ちる。そちらでも砂塵が舞い上がった。一瞬辺りが完全に黄色く染まるほどの砂埃。
「げほげほ」
 視界が少し良好になるのを待ってから、俺はユリアにレイピアを返して倒れたサンドワームの胴部分に近付いた。背中に刺さったままの俺の剣を抜き取る。どばっと血が出た。うー……どろどろじゃん、俺の剣……。
 顰め面をしているその視界の隅で、何か違和感を感じた。違和感……何だろう……。
 ……え!?
 気が付いてはっと顔を上げる。シサーも渋面で顔を上げた。――グラムドリングがまだ白光を放っている。まだ、魔物がいる!!
「シサー!!」
「ちッ……こうも畳み掛けるようじゃ、やってらんねーなあッ」
 言いながらシサーはぶんっと剣を振った。見据えたその先を追うようにして俺の目に飛び込んできたのは。
「今度はバシリスクかよッ」
 キグナスが呻き声を上げる。いつの間にそんなトコまで近付いて来たのか、黒々とした影が俺たちの上に注いでいた。さっきのサンドワームより更にでかい。7メートルはあろうかと言う巨体が硬そうな鱗で覆われている。錆びた鉄のような色をしたその姿は、鰐皮のハンドバックを連想させた。腹部だけは薄く黄色っぽい、サンドワームのような色合いをしている。……む、無理でしょ、普通にッ!!
 睨むだけで石化させる力があると言う薄緑色の小さな瞳が今は細められていて、何を思っているのかぼんやりと中空を見据えていた。顔からいくつもトゲトゲみたいなものが生えていて、目元まで大きく裂けた口からは鋭い牙がいくつも飛び出している。8本もの足のうち、後部の4本で器用に上半身を立ち上げていた。
 思わず剣を構えたまま静観していると、バシリスクが砂塵に沈んだままのサンドワームの胴体に顔を向けた。小さな鼻の穴をひくつかせる。
「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス。『火炎弾』ッ」
「ギェェェッ」
 先手を取るように、キグナスが『火炎弾』を投げつけた。突然受けた攻撃に、バシリスクの体がよろめき奇妙な雄叫びを上げる。シサーが駆け出した。
「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえッ」
 ユリアがシサーを守護する魔法を飛ばす。次いでニーナが『光の矢』を放った。俺も剣を握り締めて走り出す。……ってこんなやつ、どこをどうやって狙ったら良いんだよ!?
「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえ」
 立て続けにユリアが俺への防御を強化する。バシリスクが体勢を立て直す前に、シサーがグラムドリングを振るった。魔法を帯びるシサーの剣は硬そうなその鱗も易々と切り裂き、先ほどとは違う鮮血が空に舞う。
「ギアアアアアッ」
 背筋が凍るような鋭い雄叫びを上げると、バシリスクは前方の足を振った。着地したシサーはそれを難なくかわし、同時に剣を薙ぐ。重ねて、バシリスクの叫び。シサーと対になる位置からバシリスクに迫った俺は、その腹部目掛けて剣を払った。
(くッ……)
 サンドワームより硬い。のたうつバシリスクが払った前足に引っ掛けられて俺の体が吹っ飛んだ。転がったままのサンドワームの胴体に激突して跳ね返る。
「カズキ!!隠れろッ」
 か、隠れろったってッ……。
 その声に、身を起こした俺は条件反射的にサンドワームの体の陰に滑り込んだ。
(……うっわぁ……)
 その僅かな後、俺を陰に潜めたまま、サンドワームの体がみるみるモノクロになっていく。……石化だ。危なかった。俺が石化するところだった。
「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ。閉ざされた世界に眩いばかりの光を与えん。アウローラ!!」
 ニーナの魔法が飛んだ。サンドワームの体の向こうで、激しい光が炸裂する。ウィル・オー・ウィスプでバシリスクの目晦ましを図ったんだろう。その瞬間に俺はサンドワームの石像の陰から転がり出た。剣の柄を掴んで、サンドワームを土台に足を踏み切る。同じタイミングでシサーがグラムドリングを翳した。
「悪く思うなよッ」
 シサーの剣が光に眩んでいるその両眼の間を突き刺すのと、俺の剣が首筋に突き刺さるのと、ほぼ同時だった。
「ギャアアアアアアアッ」
 長い断末魔の叫びを上げ、その巨体は砂漠の中に崩れ落ちた。

          ◆ ◇ ◆

 その辺りから『サンドワームやバシリスクの多発地帯』は始まっていたようで、そこからの数時間、恐らく真っ直ぐ障害物なしで行けば1時間くらいだっただろう『3つ目の鍵』のダンジョンまでの距離を、実に8回も魔物に遭遇する羽目になった。具体的にはサンドワーム5回のバシリスクが3回。
 本当に、死んじゃうかと思った、まじで。
 あのねえ、1匹だってあれだけ戦闘に手間取るってことは体力や魔法の消費ってのも結構なもんがあるわけで。いくらユリアが回復魔法かけてくれるつったって、それだって無限に出来るわけじゃない。回復魔法だって使えば使うほど、ユリアが消費するんだから。でもって休憩する間もあらばこそって勢いで出てこられるとこっちだっていい加減「本当にすみませんでした、俺が悪かったのでどうかここは見逃して下さい」と言う気分にもなる。
 それだけ遭遇しといて誰も石化しなかったってのは……全くめでたい。後半にはいい加減「やってられっかッ!!」と匙を投げたシサーの一言で、逃亡する方針に切り替わった。逃げられたんだから結果オーライだろう。
 なので、すっかり日が落ちた頃になってダンジョンにたどり着いた時は思わず「ああ、助かった」と思った。……ダンジョンなんだけどさ。でも何かとりあえず、バシリスクは出ないわけじゃん?
「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ。閉ざされた世界に光を与えん。アウローラ」
 ニーナの光の魔法で懐中電灯よろしく辺りを照らす。戦闘中とは魔法の加減が違うのか、同じ魔法でも全然光の炸裂度の違う、控えめな明り。
「こいつが『3つ目の鍵』のダンジョンの入り口だ」
 砂漠の、その砂地の上に煉瓦で固められたような狭い入り口があって、ちょうど井戸のようにも見える。日が落ちて温度の下がった砂漠に、荷物の中からマントを引っ張り出して羽織りながら俺も覗き込んだ。井戸の中は真っ暗で、何も見えない。永遠に下まで穴が続いていると言われても信じる。
「どうなってんのかな」
「1エレほど下に、足場がある。そこから階段が続いてたな、確か」
 1エレと言うのは、1メートル50センチくらいの長さだ。染み付いている寸法が違う俺は、いちいち頭で換算しないとわからないのでちょっと面倒くさい。
「足場?」
「ああ。階段の踊り場みたいにな。……ニーナ。ウィル・オー・ウィスプをこっちに」
「はい」
 シサーの言葉に応じてニーナがウィル・オー・ウィスプを掲げたその時、シサーの後ろの方にいたキグナスが声を上げた。
「おい」
「え?」
「こっち……これ、誰かが魔物と戦った形跡があるぜ」
 言われて、ダンジョンの入り口を覗き込むように前屈みにしていた体を起こす。キグナスが言うのはダンジョンの入り口から5メートルほど離れた場所の、岩場みたいになっているところだ。
「何……」
 近付いて初めて気が付く。岩場だと思っていたのは、石化したサンドワームの胴体だった。
「本当だ」
 別にこのサンドワームは、俺たちが最初に倒した奴とは違って頭部と胴体が泣き別れていない。けれど石化してるってことは……サンドワームに襲われている最中にバシリスクに襲われて、咄嗟にサンドワームを盾にしたとか或いは逆とか、そんなところなんだろう。
「カズキ!!」
 キグナスの隣で俺と同じようにサンドワームの石像に視線を投げかけていたユリアが声を上げた。応じて顔を上げる。
「何」
「これ……このダガー、見覚えがない?」
 屈み込んでユリアが拾い上げたのは、直径20センチくらいの刃物……ダガーだった。受け取ってウィル・オー・ウィスプの明りに翳す。
「あ……これ」
「何だ?」
 一緒になって覗き込んだシサーが首を傾げた。
「シンの使ってたダガーと一緒だ」
 シンは2種類のダガーを使っている。1つは小さなショートソードと言い換えても良いような、ダガーとしては少し大振りのもので、これは接近戦なんかで多用する。もう1つは投げ専用の、果物ナイフみたいなダガーだ。いずれにしても、シンの使っていたダガーには柄の部分にちょっと変わった紋章が彫ってあった。今俺の手にあるダガーは、それと同じものが刻まれている。
――俺はこの先、行くところがある。
 そう言ってそっけなく踵を返したシンの背中を思い浮かべた。行くところ……この、ダンジョンだったんだろうか。
「シン?例の、ギャヴァンのシーフか」
「うん」
「てことは、そいつはここに来たってことになるな」
「わかんないけど。……多分」
 じゃあ、ここを攻略したって言うのはシンなんだろうか。
「ま、考え込んでても始まらない。……どうする?中を探ってみるか?」
 シサーが組んだ片手を顎に当てて首をちょっとだけ傾げた。思わずユリアと顔を見合わせる。
「大きなダンジョンなのかしら」
「さあなあ……。これまで誰も攻略してねえダンジョンだから、その細部はわかんねえな」
「どう、思う?」
 尋ねたユリアに答えたのはキグナスだった。
「俺は賛成出来かねますね」
「キグナス……」
「ダンジョンってのは、無鉄砲に計画性もなく入る場所じゃない。何の情報も持たないまま入り込んでも、迷子になって魔物のエサになるのがオチじゃねえかな」
「実は俺も同感なんだがな」
 シサーも頷いた。……うーん。シンが入ったのかと思うと、入ってみたいような気もするんだけど。何か、シンのことがわかるのかもしれないし。
 いや、ダンジョンなんて不気味なものに入りたくはないってのも本音と言えば本音だけど。
「それは……そうだけど」
「いずれにしても明日だな」
 落ち込んだようなユリアの声に、シサーが苦笑した。譲歩するように続ける。砂漠の砂を攫う風が、シサーの長髪を弄んだ。
「明日日が昇ったら、その塞がれてるってとこまでは探ってみよう。何か、わかることがあるかも知れない」

          ◆ ◇ ◆

 朝の光の下で見ると、ダンジョンの入り口から見えるその空間ってのは確かにそれほど深いものではなく、すとんと飛び降りれば何なく着地出来る程度の深さだった。覗き込むと足場は1メートル四方くらいのほぼ正方形をしていて、錆びた鉄板みたいな1枚続きの床になっている。
 降りてみると床にしてはいささかぼこぼこの感触だった。良く見れば何か掘り込みがあって装飾がある。そしてそこからすぐに階段が続いていた。まさに踊り場って感じだ。
 足場から入り口への僅かな壁は入り口を固めているのと同様の煤けた煉瓦が組み上げられて造られており、ちょうどサンタクロースが入る西洋の家の煙突ってこんなかなあとか勝手に思う。……そんなメルヘンチックな代物じゃあ全然なくて……ダンジョンに続いてるんだけどさ。
 とりあえず、塞がれていると言うところまで行ってみることにして、順番に足場に下りた。砂の下に造られているせいなのか、ひんやりとした空気が足元に溜まっているかのようだ。足場からすぐ続いている下り階段は先が全く見えない真っ暗さで、加えてそこから流れ出てくる冷気が緊張を誘う。
 外の天気は今日も乾いた晴天で、太陽の光が眩しいくらいだ。だからこそ尚更、階段から来る陰湿な静寂が……不気味さを感じさせる。
 ウィル・オー・ウィスプを先行させて飛ばし、そのすぐ後をシサー、ニーナが、続いてユリアを真ん中に挟むようにしてキグナス、俺と続いている。
 先頭の明かりから結構離れているので、俺のいる辺りは薄暗い。周囲の様子は薄らぼんやりとしか見えないんだけど、やっぱり煉瓦造りになっているみたいだ。天井は高くない。いや、むしろ積極的に、低い。170ちょいの俺もかなりの圧迫感を感じるんだから、俺より長身のシサーは何だかつかえそうだ。
 幅も狭くて1メートルくらいだし、段のひとつひとつは足場が30センチもないし、嵌め込まれている煉瓦は抜けかけていてぐらぐらしているものさえある。その癖傾斜は急なので一歩一歩が慎重になった。何だか閉塞的な気分になって来る。
 砂漠にぽかんと開いている穴だし、風も強いから、中には結構砂も吹き込んでくるらしく、段の隅や壁の煉瓦の僅かな隙間なんかに砂が吹き溜まっていた。外と通じているせいか、ダンジョンで連想しがちな湿っぽさはなく乾いている。冷蔵庫を思わせる、冷気を孕んだ乾燥だった。
「砂漠の中に穴なんか開いててさ、砂が吹き込み過ぎて埋まっちゃったりとかしないの」
 ざらつく砂で滑ったりしないよう気をつけつつ、すぐ前を歩くキグナスに問う。
「埋まってないんだから良んじゃねえの」
「……それで俺に答えたつもりになってんだったら、お前って不思議な奴」
「……失礼な奴だな、お前って」
 俺たちのやり取りを聞いていたのか、ニーナが前方でくすくす笑いながら答えてくれた。
「この前までは塞がってたのよ。誰も立ち入れなかったの。入り口を開けることが出来なかったみたいね」
「ふうん?いつ開いたの?」
「はっきりとはわかんないわね。……いつだった?」
 後半のセリフは前を歩くシサーに向けられたものだろう。「あ〜?」と唸るようなシサーの声が遠くで聞こえた。場所が先頭としんがりなのに加えて、シサーは前方しかも下を向いているので、実際の距離以上に遠く聞こえる。
「そうだなあ……3ヶ月前くらいだったか?お前とギャヴァンで会う前に旅に出てたって言ったろ?その時だな」
「ふうん?」
「あん時もバシリスクに遭遇しまくってたからな。面倒臭くなって逃げてるうちにこっちの方に来ちまったんだ。んで、開いてたもんだから、覗いた」
「入らなかったの」
「興味がねえって言ったろ」
 本当に興味なさそうに言ってからシサーは付け足した。
「ほら、入り口の足場の床、あったろ」
「足場の床?ああ。鉄板」
「あれが入り口を塞いでた」
「え!?」
 それであんなぼこぼこだったのか。床にしては豪華だと思った。扉だったのか。
「どうやって開けたのかしら」
 黙って話を聞いていたユリアが疑問を発した。ニーナの声が短く応じる。
「わかんないわ」
 さして長くもない階段を下り終えて、平らな道に入る。狭さは相変わらずだ。階段の上より、更に冷え冷えとした空気が流れている。上の穴から僅かに届く外の明かりと前方のウィル・オー・ウィスプの明かりでぼんやりと見える感じでは、ずっと同じように煉瓦造りの床と壁が続いているみたいだ。
「わざわざ爆破して塞ぐってことは、上の扉を元に戻すことは出来なかったんだろうな。……ま、侵入を防ぐ目的よりは、攻略済みを証明する為でもあるんだろうが」
 じゃりじゃりと砂混じりの床を歩く複数の足音と、上の方で風の鳴る音を聞きながら俺は妙なことを考えていた。
 ここのダンジョンが開いたのが、シサーたちが知る限りと言う限定付きだけど、3ヶ月くらい前。レガードが行方不明になったのも……ほぼ3ヶ月前。
 ……偶然だろうか。
 でも、ダンジョンなんかに用のないレガードとどう繋がるのかなんか、考えても思いつかない。……あ、そうだ。シン。シンがここに来たのかも知れないんだった。シンは何しに来たんだろう。やっぱ攻略する為なんだろうか。ダンジョンに来る用事って言ったら、普通は他に考えられないんだけど。
 ここに来たのかもしれないシンと、来るわけのないレガードと、ダンジョン。そしてシンはレガードに借りがある……。
 ……。
「はあ……」
 何だか無駄に考え込んだ気がする。やーっぱ関係ないのかな。ただの偶然かなあ……。
 溜め息をつくとキグナスが振り返った。
「何だよ、『はあ』って」
「……別に」
「ついたぜ」
 前方でシサーの声が聞こえた。それと同時に足が止まる。続いているはずの通路のその途中、壁が突き崩されていて瓦礫の山が天井まで積もっていた。いや、天井が崩れているのかもしれない。大なり小なりの、砕けた煉瓦の山。
 階段を下りきってからそんなに歩いたわけではないけれど、この辺りまではさすがにもう外の明かりは届かない。ウィル・オー・ウィスプの頼りない明かりが光源の全てだった。振り返ると後方には薄闇が広がっていて、階段の最下段の辺りに外から零れる僅かな光が見えるくらいだ。
「駄目ね」
「いや、わかんねーぜ」
 ユリアの溜め息が聞こえる。通路を塞ぐ瓦礫の山の前に屈み込んだり軽く叩いたりして、あちこち探っていたシサーがくぐもった声で答えた。うず高く積もる瓦礫の天井の方、ちょうどシサーの顔よりちょっと上くらいの高さの壁との境に手をかけている。
「これ、意外と厚くねえな」
「厚くない?」
「ああ。手を抜いたんだか爆破物が不足してたんだかわかんねーけど。少なくともこっち側は、崩せそうな気がする」
 言ってシサーは剣を抜いた。天井にごく近い辺りの壁と瓦礫の隙間に差し込んで、そっと動かす。
「でもシサー……危ないんじゃないの」
 ニーナが顰め面で言った。
「こんなとこで爆破した馬鹿がいるってことは、その辺の天井や壁も弱ってるってことでしょう。下手なことしたら、崩れるんじゃないの」
「うまくやるからまかせとけって……」
 半分神経が違うとこにいっちゃってるみたいに言いながら、シサーは剣で少しずつ瓦礫の山の一部を掘り出したり突き出したりして少しずつ崩していった。パラパラと細かい煉瓦がその動きに合わせて床に零れ落ちる。時に少し大きい破片ががらがらと山を滑り落ちた。
「シェイン、ラウバルから何か聞き出せたのかなあ」
 ぼんやり立っていても何の役に立つわけでもないし、みんなでやるような作業でもない。勢い、通路確保はシサーに任せっ放しになって俺たちはその場に座り込んだ。幸いシサーも結構喜々としてやってるようだし。
「ラウバル殿の口を割らせるのはハンパじゃねえと思うけどなあ」
「シェインと言えども?」
「シェインと言えども」
「シサーは、結構こういう作業好きなのかしらね」
 俺と同じように感じたらしく、くすくす笑いながらユリアがニーナに言った。ニーナが呆れ顔で肩を竦める。
「そうね。どっかの村に行った時に、村で唯一の橋が大雨で流されたんだけど……何か喜々として復旧に加わってたわよ。おかげで橋が完成するまでわたしもその村に足止めよ」
 意外と言えば意外だけど、ハマりと言えばハマりのような気もする。
 んでも、天井が崩れても砂が入り込んできていないってことは、上の階とかがあるんだろうか。階と階の間が開いた浮き床構造みたいになっているんだとすれば、天井が崩れて砂が雪崩れ込んでないのもわかる。
「シサー、代わろうか」
 しばらくシサーが黙々とその作業に熱中し、天井と瓦礫の山の一角にほんの僅かな空間が開き始めた頃、さすがに悪いような気がして言ってみると、シサーは元気な顔で振り返った。
「馬鹿。こういうのは繊細かつ頭を使う作業なんだよ。おいそれと他の人間に任せられるか」
 そうですか……。
 やりたいならありがたいんだけどね。俺はやりたくないし。
 しかし、魔物を切るだけじゃなくて瓦礫掘りもやらされる魔剣って一体……。

          ◆ ◇ ◆

「よっしゃー。突破だぜぇ」
 呟きなのか喜声なのか判断が付かない微妙な声をシサーが上げたのはそれから30分くらい経ってからだった。慎重かつ大胆と言う、何とも矛盾したシサーの『瓦礫掘り』を見るともなしに見ていた俺たちは、その声を受けて立ち上がる。
 瓦礫の山の上の方の一角に、人1人が腹這いになってくぐれるかなってくらいの穴がぽっかりと開けられていた。
「お疲れ様ッ」
 ニーナが笑顔で駆け寄る。シサーはちょっと得意そうに腰に手を当てて「まあ任せろよ」って……ファイターとしての職業とは違うと思う、何か。
「ありがとう、シサー」
 礼を言ってシサーが開けた穴に近付いて覗き込んだ。暗くて良く見えない。高さはちょうど俺の顔の位置とほぼ同じくらいだ。少し瓦礫の山を登って向こう側に抜けるような形になるだろう。
「とりあえず、行ってみっか。穴、開けちまったし」
 何を今更と突っ込みたくなるようなことをシサーが言って、ウィル・オーウィスプを先に穴の向こう側に送り込むとシサーが穴に手をかける。
「これ、登ってる間に崩れない?」
「崩れてくれたら崩す手間が省けるじゃねえか」
 ……埋まるだけだと思う、その場合。
 足元のちょっと大きめの瓦礫の山に足を掛けて、シサーは体を両腕で懸垂するように引っ張り上げた。上半身をひとまず穴の向こう側に出してから、ひょいっと片足を穴の縁に引っ掛けたかと思うとあっと言う間に姿を消す。
「大丈夫?」
 ニーナが穴を覗き込む。身長が俺とほぼ同じくらいあるニーナにとっても穴の位置は顔と同じくらいの高さだ。
「おう」
「じゃあ……わたし、行くわね」
 シサー、ニーナに続いてユリア、キグナス、俺と隊列順に穴を乗り越えて向こう側へ降り立った。さっきと違って背後は、穴が開いているとはいえ瓦礫の山で塞がれている。天井は相変わらず低いし暗いし、あまり気分が良いものでもない。
 不意に、何か嫌な予感がした。何だろ。根拠があるわけじゃないんだけど……ぞくっとする。……良く、ない……感じ。
「おっとぉ……」
 ウィル・オー・ウィスプを翳して進行方向を見据えたシサーが楽しそうに呟いた。何だかんだ言って、結構興味ありありなんじゃないの?シサーって。
「ダンジョンって感じだなあ」
 ウィル・オー・ウィスプの明かりに照らされたものは、俺たちのいる通路から続いている分かれ道だった。今俺たちがいる瓦礫の山から少し先は僅かに広い円形の空間になっていて、天井が高くなっている。その壁には5つ、まるで塗りつぶしたような闇が口を開けていた。
 分かれ道に続く通路の入り口の高さはどれもこれまでの通路と同じく2メートル弱くらいで、幅は1メートルくらい。全てが相変わらず煉瓦造りで、ぱっと見た限りは同一のものにさえ見える。通路の奥はどれも真っ暗で果てしなく直進しているように感じられた。
 ……何だか背筋が寒かった。果てしなく続く暗闇と言うのは、その奥からやってくる何かを思わせて不安感を煽る。
 それに拍車をかけるように、奥で風の音らしき不気味な唸りが聞こえた。壁や天井に反射して響いているのがまた一層不気味だ。ユリアが微かに体を震わせて息を飲んだ。
「……どうするの」
 ニーナもあまり良い気持ちはしていないらしい。ちろっとシサーを横目で見ると、シサーは腕を組んで1つの通路の奥を見据えた。
「うーん。どーすっかなー。……やめとくか?せっかく穴まで開けたけど」
 くるっと顔だけ振り返ってユリアを見る。ユリアが俺を見た。……いや、見られても。
「俺、何かさっきから嫌な予感がするんだけど」
 何か答えを要求されているような気がして仕方なく口を開く。シサーが片眉を上げた。
「嫌な予感?」
「うん、まあ……。別に根拠があるわけじゃないんだけどさ」
 シサーはもう1度通路の奥をちらっと見て肩を竦めた。
「んじゃ、俺、ちょろっとその通路だけ探ってくるわ」
「え!?本気?」
「ああ。様子だけ窺ってくる。すぐ戻ってくるさ。……ニーナ、ウィル・オー・ウィスプ、借りるぞ」
「あ、うん。一緒に行こうか」
「いや、偵察するだけだ。みんなを頼む。変な横道とか入りゃしねーから安心しろって」
「じゃあ、ここでみんなと待ってる」
 ニーナが頷くのを見届けて、シサーは5本のうちの真ん中の1本……俺たちがずっと歩いて来た通路のその延長線上にある通路へと足を向けた。小さな明かりと共にその暗闇の中を進んでいくシサーの背中は、あっと言う間に闇に飲まれて見えなくなる。
「もう。子供みたいなんだから」
「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ペティテ・エト・アッキピエーティス、『導きの光』」
 キグナスが呪文を唱えてロッドの先に仄かな明かりが灯る。ニーナのウィル・オー・ウィスプにばかり頼って彼女の魔力を消費することを危惧したのかもしれない。
 再びぼんやりとした光に包まれ、俺たちはその場に座り込んだ。絶え間なく通路の奥から響く風の悲鳴。シサーが吸い込まれた闇を見つめる。
 薄暗く照らされる壁や通路を眺めていて、不意に奇妙なことに気が付いた。良く見ると壁に石が幾つも嵌め込まれている。ひし形の、石。何色なんだろう。暗いせいで正確な色なんかはわからないんだけど……多分、青とか紫とか、そんな感じ。
 それだけなら別にそんなに奇妙なことでもないんだけど、一定の間隔で配置されたその石は、僅かに光を放っているものと放っていないものがある。本当に僅かで見間違いかと思うくらいの差なんだけど。と言って、光っているものはずっと光っているわけじゃなくて、互い違いに……ちょうどクリスマスツリーのライトみたいにランダムに点滅してるって感じ。
(何か、意味があるのかな……)
 ダンジョンに無意味な装飾をわざわざ施すとは……思えない。
 再びぞくりとした悪寒が背筋を駆け上がっていった。何だろう、何か……。
「……行こう」
「え?」
 突然立ち上がった俺に、ユリアが驚いたように問い返す。
「こんなわけのわからないダンジョンで、短い間でもバラバラになったらいけないような気がする。今なら、まだそう遠くへは行ってないだろ。シサーを、追おう」
「カズキ……」
 ニーナも立ち上がった。
「そうね。今なら追いつくでしょ。……怖いわ、何だか」
 急いで、とは言っても足元にトラップなんか仕掛けられてたらたまらないので走り抜けるわけにはいかないんだけど、出来る限り慎重に、でも急いでシサーの後を追う。何だか不安で胸がどきどきした。後を追うようについてくる俺たちの足音さえ煩わしいほどの……。
「やべーとこに迷い込んじまったのかな」
 明かりを持つキグナスを先頭に、ひたすら暗い通路を進む。早くシサーに合流したい。
 『導きの光』の遥か先は本当に深い闇で、多分今この明かりが消えたら俺は自分の手でさえ見ることが出来ないだろうと思う。
 気をつけて見ていると、通路の壁にもさっきの円形ホールにあったのと同じような石が埋め込まれていた。結構な距離を置いて、ぽつんぽつんと。
(……?)
「あ、いた」
 ニーナが喜びを滲ませた声を上げる。俺たちの進行方向に、ウィル・オー・ウィスプの明かりが見えた。
「シサーッ」
 ニーナが駆け出す。「何だよ、お前ら来ちゃったの?」と言うシサーの声を予想した。
「シサー?」
 が。
「返事がない……」
 キグナスの声色にも不安が滲む。俺の中の焦燥感は先ほどの比じゃなかった。空気が一際冷たくなったかのように感じられて鳥肌が立つ。
「シサー!?」
 思わず駆け出していた。キグナスもユリアも、続いて駆け出す。俺たちより圧倒的に早くウィル・オー・ウィスプの元へ辿り着いたニーナの悲鳴が聞こえた。
「ニーナッ」
 シサーの姿は、どこにもなかった。





2006/05/19後半部追加
2006/05/18
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