| ■ 17 ひとつの真実 ■ 深いブルーの石が嵌め込まれたイアリングを指先で弾いて、『遠見の鏡』を媒体としたシサーとの交信を打ち切ったシェインは舌打ちをした。ホログラムのように中空に映し出されていた鏡から送られる映像が消失する。 軽薄な印象の端正な顔は複雑な表情を浮かべて歪められていた。 (やはりか……) ラウバルから『ロドリスの賓客』の話を聞いた時からそうだろうとは思っていたが……いざはっきり名前が出てくると、多少なりとも気分が塞ぐ。 6年前、シャインカルク王城内部でバルザックに遭遇した時のことを思い出していた。宮廷魔術師を拝命した直後のことだ。シェインは20歳と言う異例の若さで宮廷魔術師と言う地位についた。史上最年少だ。当然、父にあたる前宮廷魔術師はまだまだ壮年であったのだが、既に己を凌駕した息子に地位を譲り、父は退官したばかりだった。 忽然と場内に姿を現わした黒衣の魔術師に驚愕したことを覚えている。空間移動魔法は、遥か昔の魔術師は体得していたと聞いているが、その能力を悪用する魔術師が多発した為、国が弾圧に乗り出し、淘汰された。空間移動の魔法に関する研究書なども全て焚書で失われている。 魔力付与道具でそれを可能にするものがあると言うのは、空間移動魔法を持つ『魔術師狩り』が行われる以前の物に限られており、そもそもの絶対数も少ない。もちろん国は『魔術師狩り』を行った後、そういった魔力付与道具も可能な限り処分している。 それから何百年も時が流れ、時代は廻るとでも言うのか空間移動の魔法は再び研究が行われるようにはなったが、何せ過去の資料が一切ない為にまだ中途段階なのだ。それを難なく操った魔術師の存在に驚いた。 「ほう……?小僧、魔術師か」 シェインを一目見たバルザックの最初の一言がそれだった。そして次の瞬間、しゃがれた笑い声を立てた。 「……覚えておるぞ。黒竜グロダールの時に、おったな」 そのセリフが途切れた直後2つの魔力が交錯し、シャインカルク城の壁面が吹っ飛ぶ。異常事態に気づいた城内の者が駆け付け、バルザックは姿を消した。だが、その僅かな対峙でかなりの魔力を持つ魔術師だと言うことはわかっている。 なぜ、ラウバルを狙うのか。 (聞くしかあるまいが……) かつても尋ねたことは無論ある。だが、ラウバルは全く解答を与えなかった。 「……しまった」 ぼんやり考え込み、ふと時計に目を向けたシェインははっとして立ち上がった。軍法会議の時間を回っている。バルザックの件は1度保留にして、シェインは足早に自室を出た。会議室へ向かう。 「すまぬ。遅れた」 悪びれない謝罪を投げながら会議室へ入ると、宰相ラウバルを筆頭に大司祭兼宮廷顧問ガウナ、財務大臣アドルフ、外務大臣ハイランド、国営大臣フォルト、枢密顧問官ラフトシュタイン、侍従長ブリューソフ、禁軍将軍スペンサー、国軍将軍ブレアなどの 「遅い」 「すまぬと言っておろーが」 シェインは国営を担うこのメンバーの中で当然最も若い。たかだか26歳の若僧が、大臣より上位の宮廷魔術師の地位についていることを快く思わない者も当然いる。身分や経歴に重きを置くヴァルス宮廷において、若年の重鎮に対する風当たりは強い。 「大したご身分だ」 「何。次期皇帝の戴冠に纏わる儀式の一環に出費を渋る財務大臣殿ほどでもなかろう」 しゃあしゃあと言い返して円形のテーブルの指定されている席に腰を下ろすと、財務大臣のアドルフは赤面して立ち上がった。二度に渡るレガードの『王家の塔』への旅への出資を強硬に反対したことを指している。 「まだ我が国の王ではない。一度はヴァルスが負担した。二度目ともなればロンバルトが手を貸しても良いはずだ」 「アドルフ殿。……シェイン、口を慎め」 言い返そうとしたシェインを、ラウバルが頭痛を堪えるような顔をしながら制す。 「議論すべきはシェインの怠慢でもアドルフ殿の忠誠心についてでもない」 辛辣な言葉を投げ、ラウバルは話を打ち切った。怠慢ではないと言い返したいところだがそこまで子供でもない。不満を顔に書きつつも押し黙る。 「ともかく。……ロドリスが各国に使者を飛ばしていると言う話は本当なのだな」 フォルトがハイランドに顰め面で問うた。各国に派遣されている外事官からの情報は、まずハイランドに奏上される。ハイランドは、外務大臣らしい人当たりの良さそうなソフトな顔に深刻な色を浮かべた。 「残念ながら。無論、ロドリスも慎重に行っておりますゆえ、その使者の目的及び成果については一切不明でありますが。聞かずとも明白でしょう」 「モナの海軍が動いたとの情報があるが」 「事実です。現在ロンバルト西南沖の共通海域に停泊中。それ以上、特に動く気配があるわけでもない」 「目的はどこにあるのだ」 「それがわかれば苦労はしないでしょう」 「まさかモナがヴァルスに攻め入るとは思わぬが」 「モナは長く我らヴァルスの盟友。裏切ることなどあるまい」 長老たちの会話を耳に入れながら、シェインは言葉を発さずに考え込んでいた。 (……果たしてそうだろうか) 国と国の関係ほど当てにならないものはない。治める者が変われば政策が変わる。もちろんそこには外交政策も含まれる。リトリア西部に位置するモナは3年前に王位が交代した。クレメンス統治下のヴァルスに対しては友好を保っていたが、クレメンスが倒れた現在果たしてそれを継続する意志があるかどうか。 モナを統治するフレデリク2世は、シェイン独自の情報網からは頭の切れる男だと聞いている。先王が急死した後、若くして公位に就いたが、国に篭って武力の増強を図ってきたはずだ。 かつてリトリアの脅威に曝されてきた狭い領土しか持たないモナを帝国の一部とし、繰り返しの外交政策で現在の領土にまで広げ、モナを治めるバーシェルダー家に拝領させたのは確かにヴァルスである。であるが。 恩あるヴァルスに逆らうことはあるまいと長老たちが高を括るのを、シェインは焦燥感を持って眺めた。大臣たちは、フレデリクがアルトガーデンの為に武力を増強したものと信じて疑わない。 「モナの海軍に対する警戒を強化することを提案する」 低く言ったシェインに大臣たちの視線が集まった。一瞬の沈黙の後、アドルフが声を荒げる。 「馬鹿な。今警戒すべきはロドリスだ。ロンバルト国境の要塞の兵力を強化すべきだ」 「無論、ロンバルト国境のラルド要塞は兵力を増強する。だがモナの海軍を放っておくのは危険だ」 「モナは、ロドリスの動きを入手して、我々に協力すべく海軍を動かしたのでは?」 ではなぜ海軍なのだ、と口元まで怒鳴りかけて飲み込んだ。仮にその通りだとすれば、陸軍を固め、何よりまずヴァルスに通達するのが筋ではないのか。 シェインの読みでは、ロドリスはまだ動かない。ロドリスがヴァルスに口実を与えたくないのは恐らく、他国との同盟なしにはヴァルスと正面きって争って勝てるだけの兵力がないからだろう。加えて未だレガードを探しているのは、陣頭に立つ王族の不在を確信したいが為、そしてレガードの戦陣指揮能力の高さを知っている為だと思われる。 それほど警戒しているロドリスが、レガードの行方も確かめられておらず、恐らく同盟も完全に固まっていない現状で動くはずがない。 だが、頭の堅い老人たちにはそれがわからない。モナとの関係が不変のものと信じて疑わない。いや……見たくないのかもしれない。 「兵力の優越は兵法の基本。分断するなど馬鹿げている」 言ったのはスペンサーだ。それを受けてフォルトが慌てたように言う。 「キール要塞の海軍を動かせば良いのでは」 「駄目だ」 簡潔にシェインは言い放った。 「何の策も講じず、仕掛けられるより先に海軍を動かせば下手に刺激することにもなりかねぬ。……モナが狙うとすれば、ギャヴァンだ。キール要塞の海軍の態勢を整えておくよう通達するのは当然だが、ギャヴァンに陸軍を派遣して襲撃に備えることが最良かと考えるな」 キール要塞はレオノーラより西の海上に浮かぶキール島の要塞だ。シェインは尚も淡々と続けた。 「モナは恐らく、交易権と海上権の拡大を狙っている。あるいは……」 王国への昇格か……。 ギャヴァン及びヴァルス北東の岬の街フォルムスは、他の大陸との交易権を独占している。つまり、トートコーストやラグフォレストから運ばれる荷はまずギャヴァンまたはフォルムスに運び込まれ、しかるが後に帝国内の各国の港へと輸出されるのだ。その際、検疫料が荷に上乗せされて出荷される。つまり帝国内の貿易窓口はヴァルスにある。 また、モナは痩せた土地で目ぼしい産物と言えば海産物しかない。しかし領土そのものが狭い為、ロンバルトと提携を組んで広大な海域を占めるヴァルスの海上権に目をつけてもおかしくはない。 交易権を取得することはモナの地理上難しいだろうが、ヴァルスの交易権の剥奪あるいはモナへの出荷に関する検疫料の免除を取り付けられればモナの国庫は豊かになるし、海上権を入手もしくは分割出来れば尚のことだ。 更に言えば、帝国内において王国と公国の待遇には当然区別がある。 元々帝国の領土を分割し、公家に委ねている公国は政策も帝国からの指導が入るし、納税額も高い。徴兵の際には真っ先に協力を求められるし、帝国の意に叛けば領土を取り上げられる。 対して王国は元々独立の王国であったのだから、政策は各国に委ねられているし、納税も希少だ。もちろん領土を取り上げられることなどない。 帝国内から上げられた収益は、王国公国に関わらず、国力で賄いきれぬ不備を補う為に使われるので、貧しいモナなどはその恩恵に最も浴しているとも言えるのだが、独立せずに帝国内で王国として認可されれば、徴税額は減るし、恩恵には変わらず浴することが出来る。 「大恩あるヴァルスにそのような真似をするはずもなかろう」 アドルフが刺々しい声で言い放った。 「おぬしのような若僧にはわかるまいが、そう言い切るだけの関係をこれまでに築き上げて来ているのだ」 「それは先代の話だろう」 ロンバルトの王子がヴァルスを裏切るご時世だぞとは、確定事項でもないので言いたくても言えない。 「何を……」 「ヴァルス国王クレメンス陛下と、モナ公先代カルロス5世殿の御世の話。現在モナは既に代替わりしており、ヴァルスも間もなく代替わりを余儀なくされよう。 「無礼なッ」 「シェイン。口が過ぎるぞ」 ラウバルがとりなすように口を挟み、憤慨して立ち上がったアドルフは渋々着席した。 「兵力を分断することが馬鹿げているのは百も承知。しかしロドリスに対する警戒を解くわけにはいかず、海上から攻めて来るだろう敵に対応するには他にあるまい。アルトガーデン帝国内部の各国に出兵依頼をすべきだが、どの国がロドリスに与しているかは現段階ではわからぬ。自国で対処するしかない。……ロドリスはまだ動かぬ。モナに対する対応を早急にすべきだ」 言い切ったシェインに、ラウバルが微かに片眉を上げた。 「……ロドリスがまだ動かぬと言うその根拠は」 「……ここでは言えぬな」 それを語ればロドリスがレガードの消息を追っていることを話さなければならなくなる。現在ここにいる顔触れの中では、ラウバル、ガウナ以外にレガードが行方不明だと言うことを知る者はいない。彼らの中では、レガードは一度旅に出た後トラブルに遭遇し、軽い記憶混濁の後、再度『王家の塔』を目指して出発したことになっている。 「我々を舐めているのか」 ブレアが顰め面で問うた。アドルフのように甲高い声できゃんきゃん吼えぬ分、迫力がある。さすがは軍人と言えよう。シェインはブレアのことを嫌いではないが、親しくなるつもりもない。動じずに淡々と答える。 「そう受け取られるのは心外だがな。言えぬものは言えぬ。機密事項だ。後にラウバルとガウナ殿にだけ、報告しよう」 ただ。 言いながら、密かに引っかかっていることを心の中で吟味する。 セラフィとバルザックが手を組んでレガードを陥れた。バルザックとの戦闘中、その魔法の発動に伴い、レガードは姿を消す。現在セラフィ……つまりロドリスは『銀狼の牙』を使ってレガードの行方を追っている最中だとすれば、バルザックは果たしてレガードの行方を知っているのだろうか。 知っているのだとすれば、セラフィとバルザックは、手を組んだとはいえその間に深い溝があることになる。つまり、バルザックがセラフィを裏切ったと言うことだ。その可能性はゼロではないし、そう考えてシサーたちにバルザックを追うよう匂わせたのだが……。 (バルザックも本当に知らないのだとしたら……?) また、振り出しに戻ってしまうことになる。 軽く頭を振って、その考えを追い出した。今考えるべきはセラフィとバルザックではない。 肝要なのは、セラフィがレガードの行方を知らぬゆえにロドリスはまだヴァルスに対して攻撃を仕掛けられないと言うことだ。 だが、それもタイムリミットがある。カズキの陽動でレガードがヴァルス国内に生存していると思わせられるのもそう長くは持たないだろう。逆にバレた時こそ、レガードの行方をシャインカルクが掴んでいないとみて、クレメンス崩御と同時に襲い掛かって来る時だ。 北と南に兵力を分断すれば、それを再び合流させるのは広大な領土ゆえに容易ではない。ロドリスが動く前にモナを叩いておく必要がある。海上の脅威を取り除いてこそ、ロドリスを中心とするハイエナに対峙出来ようと言うものだ。 「……では、仮にシェイン殿の主張するように、モナがヴァルスに攻めて来ようとしているのだとしよう」 スペンサーが薄笑いを浮かべて口を開く。シェインは顔を動かさずに視線だけでその四角い顔を見つめた。 「だが、モナごとき貧乏国では相手に不足があろう」 その言葉に、一同が嘲笑した。あまりの頑なさに、さすがのシェインも頭痛を覚え始める。 「……モナは、軍事大国となろうとしている」 「馬鹿なことを。モナは兵の増強に関心がない。ナタリア・マカロフ戦争の折に派遣された弱小部隊をお忘れか」 「その後に代替わりしているだろうが!!」 「代替わりしようが、歴代弱小部隊しか擁していない小国の軍事力などたかが知れている。フレデリク公は室内に籠もって書物を繰るのが趣味の若者だとか。そのような若僧に、俄かにヴァルスに対抗出来るだけの兵力を育てられるわけがなかろう」 「フレデリク公はナタリア・マカロフ戦争の時に出陣している。その際にヴァルス軍を内側からつぶさに観察していてもおかしくない。兵法は書物からも学ぶところが多くある。加えて、フレデリク公は戴冠してから軍法を改良し、軍事訓練を繰り返しているとの情報がかねてより繰り返し寄せられている。警戒するには十分な相手だと思うが」 「馬鹿馬鹿しい。大方、ナタリア・マカロフ戦争において、自国の軍の情けなさに涙でも零れたのだろう」 「貧乏国の軍事訓練にいちいち目くじら立てていては、大国ヴァルスの名に恥じようぞ」 「アルトガーデンの為に、少しでもましな軍を育てようとしてくれているのであれば、むしろ歓迎ではないか。あの弱小軍隊では、兵糧が減るのみで適わぬ」 再び上がった笑い声に、シェインは歯噛みした。会話にならない。このままでは、ヴァルスはモナとロドリスに挟撃されることが目に見えている。 ロドリスと手を組まぬよう各国に使者を飛ばし、諸国の反応を見なければならない。手を組めるところがあれば、すぐにでも行動に移さないと手遅れになる。 ロドリスが同盟を組むよう画策するとすれば、真っ先に挙げられるのはどこだろう。 (やはり、リトリアか……) 成立するかはさておき、リトリアとの同盟を目論むのは間違いないだろう。ヴァルスに次ぐ大国を味方に引き入れぬ手はない。だが、ロドリスとリトリアは長く反目し合っている。応じない可能性も高いことを考えれば、リトリアに打診しながら同時に、ナタリアとキルギスも押さえたいと言うところか。 リトリアを中心に左右に広がるナタリアとキルギスを引き入れれば、仮にリトリアがヴァルス陣営に加わった時にロドリスが挟撃される恐れを排除出来る。だがその場合、ナタリアとキルギスの戦力は、対ヴァルス戦には期待出来ない。ロドリスとロンバルトに近接するバートとの同盟も疎かには出来ないだろう。 つまり。 (……アルトガーデン全土が巻き込まれる戦争になる……) 遡ればロドリスの婚家にあたるナタリアは、常からロドリスに迎合している。まずヴァルス側に引き寄せるべきはリトリア。バート、キルギスは状況に応じて右へも左へも変化する。陥落するよう画策すべきは、その三国。 そのままモナのこれまでの弱小ぶりをあげつらい始めた大臣たちに、シェインは何を言う気力もなくして頭を巡らせた。やらねばならぬことは、いくらでもある。少なくとも、まだクレメンスは生きている。その間には恐らくモナも含め諸国は攻めては来まい。ならば、クレメンスの在位中に出来ることをしておかねばならない。 大臣たちは頼りにならない。後にラウバルに直訴する必要があるだろう。 実りのないまま会議を終え、大臣たちが退室した会議室で、シェインは椅子に踏ん反り返って両腕を頭の後ろに回して不機嫌な顔をした。 「……やっておれぬ」 「そう言うな。これまでヴァルスを支えてきたお歴々だ」 「これまではこれまでは……。聞き飽きたわ。昔語りをしたければレオノーラの飲み屋でやれ。良い店を案内してやる。最大の敵は諸外国ではなく自国の要人どもだとは笑い話にもならぬな」 完全に臍を曲げているシェインを、ガウナが穏やかに嗜めた。 「歴史は侮れたものではありません。培われてきたものこそが、本領を発揮する場合もありますからね。もちろん、培われたものが全てではなく、その上に新たな土壌を築く場合もありましょうが。……お話を伺いましょう」 注意しなければわからないほどほんの僅か、ガウナの声が低められる。その声にシェインは預けた体を起こした。 「ロドリスが攻めて来ないとの根拠を話せ」 「その前にバルザックだ」 先ほどの不機嫌さを引き摺って強気に言い放ったシェインの言葉に、ラウバルとガウナは目を見張った。 「レガードに扮したカズキが襲われた。襲ったのはロドリス辺境の盗賊団。……以前、バルザックと組んで、レガードを襲撃したそうだ」 「何……」 「『銀狼の牙』――その盗賊団だが、そいつらはある男に金を掴まされて頼まれたらしい。頼んだ男の特徴は青い髪に青い瞳。……一致するだろう」 「やはり『青の魔術師』か」 「なぜ、バルザックと組んだと」 ガウナが静かに尋ねた。それを受けてシェインは、立ち上がってテーブルの上に置かれたポットを引き摺り寄せると、カップに茶を継ぎ足しながら続ける。 「襲ってきた奴らが漏らしたそうだ。だが、レガードの行方は依然として掴めない。戦闘中に行方をくらましたそうだから、バルザックが何か知っているかも知れぬとは考えているのだが……。だとすると、バルザックの目的がわからぬな」 言ってシェインはラウバルを見据えた。 「何があった」 「……」 「そもそも『青の魔術師』と手を組む理由もわからぬが、仮に途中で翻ったとしてその意図もわからぬ」 「なぜ翻ったと思う」 「カズキの襲撃にバルザックは姿を現していない。『銀狼の牙』は『青の魔術師』の依頼を受けて、襲撃後もレガードを追っている。ロドリスがレガードの行方を知らぬ証拠だ。無論バルザックが翻ったのではなく、本当にレガードの行方を知らぬ可能性もあるがな」 飲むか、と言う仕草でポットを押しやると、ラウバルは頷いてまずガウナのカップに、次いで自分のカップに茶を注いだ。黙って口を運ぶ。 「宮廷と無関係の奴らを使うのは、ヴァルスに確たる尻尾を掴まれたくないからだろう。つまりロドリスはまだヴァルスと正面きって争いたくない。実際、ロドリスと戦ってもヴァルスは負けぬだろう。だがそう言い切れるのは、上に頂く主がいて、ロドリスが単独である場合に限る」 「……」 「クレメンス陛下が戦陣におらず、レガード王子が陣営に加わらない。弔い合戦でもない限り、ヴァルスの士気は上がらぬな。兵の士気は勝敗を分ける。ロドリスが各国と同盟を結んで攻め入ってきた場合、苦しいことになる。……恐らくそれを狙っているのだろう」 「つまり、レガード王子がシャインカルクもしくは王城が把握する範囲内にいないことと、クレメンス陛下の崩御、そして……」 「同盟の成立か」 呟いたガウナの言葉を引き取るようにラウバルが呟いた。 「だから、ロドリスが動くには時期尚早だと」 「ああ」 頷いてカップを引き寄せると、シェインは指先でカップの淵を弾きながら頬杖を付いた。 「ただ、モナの動きはロドリスと共謀しているようには思えぬな」 「単独か?」 「わからん。ロドリスの動きに刺激された可能性はある」 ロドリスが各国と同盟を組むべく使者を飛ばしたのだとしても、モナにはいっていない可能性は高い。大臣たちが自負するようにモナがヴァルスに受けている恩恵は多大なもので、周知のことだ。 ヴァルス寄りの国に声をかけると言うことは、ロドリスの動きがつぶさにヴァルスへと漏洩する可能性を否定出来ない。呼び掛けるとしても、まずは味方に付く可能性の高い諸国と秘密裏に連絡を取り合い、そこが固まってからとなるだろう。危険を冒しても味方に引き入れたいリトリアは別にしても。 モナが単独であるとすれば、ロドリスを中心とした各国の動きを嗅ぎ付けて、出遅れまいとしたとも考えられる。だとすれば、モナはヴァルスを攻める意志表示としてまず海軍を動かし、その後にロドリスにモナから使者を送った可能性さえある。 「ロドリスの目的はどこにあると見る?」 シェインの言葉に、ラウバルは白銀の瞳を向けた。 「アルトガーデンの覇権以外考えられまい」 「だろうな。レドリック王子がたれ込んで、ロンバルト、ヴァルス、ロドリスの三国併合を夢見たロドリスがそれに乗ったフリをした。無論、改めてレドリック王子は排除する腹積りだ」 異論はなかったので、ラウバルは黙って頷く。それを確認してシェインは挑戦的な一言を投げ付けた。 「ではそのロドリスと組んだ黒衣の魔術師の目的は、どこにあるのだろうな?」 「……」 「何者だ、やつは。目的は何だ」 畳み掛けるように矢継ぎ早に問うシェインに、ラウバルは吐息をついた。 「詳しいことは、話せぬ」 「この後に及んでいるのだぞ」 「ロドリスと組んだ目的まではわからぬ。だが、奴の狙いなら知っている」 「何だ」 ラウバルとガウナは一瞬顔を見合わせた。その後に静かに口を開く。 「バルザックの目的は、『ストームブリンガー』だ」 ◆ ◇ ◆ 何となく、やる気のない雰囲気の流れるリトリア王国王都セルジュークの王城ラナンシーで、現国王クラスフェルド11世に対峙したエレナは、その怠惰な空気感に気圧されながらも一応、片膝を床につき正規の姿勢を取った。 「お前らか、ロドリスの使者と言うのは」 クラスフェルドは黄色く濁った瞳を面倒臭そうにエレナに向けた。濃紺の髪はぼさぼさで、ダークブラウンの瞳は眠そうだ。無精髭は生えているし、身に纏った衣類は質こそ良いものの着乱れている。玉座の肘掛にだらしなく凭れかかって裸足のままの片足は体に引き寄せられ玉座の上に立てられていた。 とても国の主とは思えない。まかり間違えたら浮浪者だと思ってしまいそうだ。 (これが一国の使者に対峙する王の態度か!?) 憤慨しそうな気持ちを何とか宥めながらエレナは顔を伏せた。 だが、戦陣以外において身分の高い者は御簾の後ろに姿を隠していることが多いこのローレシアにおいて、たかだか使者風情の前に姿を現してくれる辺りは、敬意を表してくれている……わけではないだろうが、そう思いたい。 「は。ロドリス王国ハーディン王城より参りました近衛警備隊第1小隊隊長エレナ・セル・ド・ロシェルと申します」 「ほう。で、そっちの無礼なうどの大木は何だ?」 言われてエレナははっとした。クラスフェルドの有様に唖然としていて、こちらの馬鹿のことを忘れていた。礼を尽くした正規の姿勢を取るどころかぼんやりと突っ立っている。慌ててエレナはうどの大木……もといグレンを床へと引き摺り倒す。 「へぎゃッ」 「失礼仕りました。武骨な軍人ゆえ、少々礼に悖るところがございまして……」 相棒を床に叩き付けておきながらエレナは再度深々とクラスフェルドに頭を下げた。しおしおとグレンはエレナに倣って姿勢を正す。 「名は」 「あ、私ですね、エレナさんの下に配属されております、近衛警備隊第1小隊隊員グレンフォード・ラ・シェ・ソードベリーと申しましてですね、ミナサマからは愛情込めて『グレン』と……」 尚も余計なことを口にしそうなグレンをエレナは背後で密かに殴りつけ、その高い 「ほう。お前の方が年上に見えるがな。部下か」 「いやあ、一生懸命働いてはいるんですけれどねえ……」 だがクラスフェルドのお好みには合ったらしい。昼間から酔っ払っているようなその赤ら顔を笑いの形に歪め、グレンに問う。 「軍人と言うが、戦功を立てられんのか」 「結構立ててる方だと思いますけどねえ……どうにも暴走する癖がありまして。若者の命は私には預けられないと言うことでしょうかねえ……」 もそもそと答えたグレンの言葉に、クラスフェルドが体を起こした。この怠慢極まりなく見えるリトリア国王は、その能力を戦場でこそ発揮する。勇猛さでは他国の国王に類を見ない武王なのだ。それゆえ、政治事には関心が持てず、また、王城でじっとしているのが性に合わぬ為に王城では遊び呆けている。おかげで大臣たちはきりきりまいだが、その武勇に一目置かれ、気さくに民衆の中に入り込んでいく為、民の信頼は篤い。 「……ほう。ではお前か」 眠たげだった瞳に鋭い光が宿った。起こした体をやや前傾にして乗り出すように尋ねる。 「は。何がでしょう」 「とぼけるな。お前のことなのだろう。『ジェノサイド・イブリース』とは」 グレンはだらしない笑顔を浮かべて頭に手をやった。 「いやあ〜。そうおっしゃってくれる方もおられるみたいですがね。『天使』なんて言われるとやっぱりちょっと照れちゃいますね。あれですかね、やっぱりこの可憐な容姿がそう思わせるんですかねえ」 「『天使』と言うにはいささか天使に失礼だがな。良い。話を聞こう。王城を警備すべき近衛警備隊がわざわざ何の用だ。こうしている間にも王の身が危険にさらされているやもしれんぞ」 にやっと意地の悪い笑顔を浮かべ、ようやく話を聞く姿勢になったリトリア国王に、愚にもつかない世間話がこのまま展開されたらどのタイミングでグレンを切り捨ててくれようと考えていたエレナは我に返った。 「アルトガーデンへの忠誠を、諸国協力の元、今こそ示されるべきかと」 潜められた声に、しかしクラスフェルドは身動ぎせずに言葉を返した。 「忠誠とは?」 「アルトガーデンはご存知の通りいくつかの王国公国より成り立っております。一大事の折には各国が協力して帝国を支えるのが定めであり、大恩ある帝国への忠義」 「一大事と来るか」 どれほど言葉を飾ろうと、その真意は見えていると言うように、クラスフェルドはにやにやと笑いを浮かべながら先を促した。 「現皇帝がお倒れになられたのはご存知でいらっしゃいましょう」 「無論」 「クレメンス8世皇帝陛下にはお世継ぎがおりません」 「……おかしなことを言う。王女がいるだろう。そしてその王女がロンバルトの王子と婚約するとクレメンス殿から直々の書簡が届いたのは俺の妄想か?」 「帝国にとってのお世継ぎとは男児のみ。かつて女性が皇帝位を継承した試しはございません。安易な婚姻政策でロンバルト如き小国の、しかも第2王子にアルトガーデンの帝冠が渡るとあっては笑止千万にござりましょう。お世継ぎが途切れた場合には公平を喫して選挙を行うべき。そのことをヴァルスに教えてやらねば、歴史ある帝国が笑われましょう」 ロドリスは当面、戦争が終結すればロンバルト王子レドリックを擁立するつもりではいるのだが、それはこの際置いておかれている。『公正な選挙』を行い、レドリックを当選させれば良い話なのだ。ヴァルスと言う大国が倒れれば、票の取得の裏工作など幾らでも謀ることが出来る。 「つまり、共にヴァルスを攻めろと」 単刀直入に言ったクラスフェルドに、エレナは敢えて明言を避けた。言質を取られてはたまらない。 「……飴ばかりばら撒いていては腐るばかり。時には鞭も必要かと存じます。アルトガーデンへの忠義の証として」 あくまでも謀叛ではなく、アルトガーデンの為なのだと言う姿勢を崩さない。その内心が見え見えであったとしても、体面とは重要なものなのである。 「実のある話をしたいが、良いか」 「何なりと」 「その場合、リトリアの利益はどこにある」 「……出兵には多くの痛みを伴います。過ちを犯そうとしているヴァルスを正す為、アルトガーデンの為とあらば懐が痛むのも致し方ございませんが、その代償をヴァルスに少々負担していただくことも道義に 「つまりヴァルス領の分割か」 立場を考えれば仕方ないのだが、いちいちまだるっこしいエレナの言をクラスフェルドは明け透けに言い直す。言葉に詰まってエレナは一層深く頭を下げた。 「だがリトリアはヴァルスと離れてるからな。正直ヴァルスの領土など分割されても統治に困るな。むしろ俺なんかはロドリスの分割をした方が便利なのだが」 挑戦的に言ったリトリア国王にエレナは顔を上げた。 「それはロドリスに対し兵を挙げると言う脅しですか」 「そうは言っておらんだろう。利益関係の話だ。ま、空想だな。俺には少々空想癖がある。大目に見てくれ」 声を荒げかけたエレナを制すように、それまで黙ってやり取りを聞いていたグレンがのほほんとした声を出した。 「私たちの提案を考慮する余地がある、と言うお話をなさってるんですよねえ」 「グレン……」 「つまり、私たちが出兵の代償をヴァルスに支払ってもらう。その代わりロドリスはリトリアにご協力いただいた謝礼を払う。……おっしゃるのはガレリア地方辺りでしょうかねえ」 「ほう。そのように掛け合うと言うか?『ジェノサイド・イブリース』」 「そう焦ってはいけませんよ。急いてはことを仕損じる、慌てる乞食はもらいが少ないと言いましてね。私あたりが良い見本……いやいやそうじゃなかった」 「グレン!!」 「交渉の余地はある、とお見受け致しますが?」 ロドリスにとってガレリア地方は決して安い土地ではない。だが、リトリアの出兵を取り付けなければ対ヴァルス戦は些か苦しいことになるし、勝利を収めてヴァルス北部にある酒造地帯シュレード及び豊かな緑と鉱山を有するロンバルトを分割出来れば安い買い物とも言える。 「いずれにしても、私たち使者の権限で決定出来るものではありませんからねえ。その辺はおわかりいただきたいとは思いますけれど」 グレンの世間話でもするような物言いに、クラスフェルドはおかしそうに笑った。 「良い。リトリアの出兵条件はロドリスのガレリア分割、現ヴァルス領土における一部の植民地化、加えてヴァルスの交易権の剥奪だ。以上の条件を飲むと言うのならば、アルトガーデンへの忠誠を示す機会と受け取ろう」 「しかと承ります」 リトリアの出兵如何で、戦況は大きく変わることになろう。 歴史に大きな動きを刻みつけようとしている自分に、エレナはその身を震撼させた。 2006/05/22 |
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