| ■ 15 過去の柵(しがらみ) ■ ギルザードでまるまる1日骨休めをして明日出発しようと言うことになっていたので、疲労もたまり、寝たのも遅かった俺は昼過ぎまで眠り続け、キグナスのエルボードロップで目覚めた。……嫌だ、こんな目覚め方。 「ぐえッ。……もう少し優しい起こし方って出来ない?」 「……俺が『カズキ、起きて★』とか言って優しくキスのひとつでもしたら気持ち悪くてしょーがねえだろが」 それはそれで、ある意味目覚めは早いかもしれない。 したたかに打たれた背中をさすりながら、ようやく堅いベッドを這い出して、俺は着替えた。 昨夜寝る前に洗っておいた衣服は、ここの乾燥した気候で綺麗に乾いている。上は袖のないシャツだけにして、後のはとりあえずベッドの上に放り出し、キグナスと並んで部屋を出た。 「……みんなは」 「シサーは下のロビーでだらだらしてる。ニーナとユリアは買い物にでも行ったみてえだな」 そう言うキグナスも、ご大層なローブとか官服みたいなのじゃなく、ラフなシャツとパンツと言う出で立ちだ。こうしてるとますます、悪戯小僧風になる。 階段を下りると、昨夜話し込んでいたソファのひとつにシサーがだらしなく寝そべっていた。長い足が肘掛から飛び出している。 「おー。よーやく起きたかあ。良く寝てたなあー」 う。 「ニーナたちには、昨日の話はざっと話しておいたぜ」 「あ、ありがとう」 「腹減っただろう。ニーナたちが戻って来たらメシ食いに行くか」 そう言ってシサーが伸びをしたところで、ニーナとユリアが連れ立って戻って来た。ドアが軋んだ音を立てて開くと、急に華々しい笑い声が飛び込んで来る。 「ナイスタイミング」 「あ、カズキ起きたの?寝癖ついてるわよ。かーわいーい」 油断をするとニーナはすぐにそうやって俺を子ども扱いしてはからかう。……くっそ。 ねめつけながら焦って前髪に手をやる俺を、ユリアがくすくす笑いながら見上げた。 「おはよ」 「あ、お、おはよ」 ユリアを見下ろして笑顔を向け、どきっとした。下ろしたままの緩やかに波打つ髪に、ギャヴァンであげた髪飾りが……凄い、嬉しい。何か安物でも無駄じゃなかったのかなって言うか、喜んでくれているみたいな気がして。 妙に照れ臭くなって、俺は髪に手をやったまま言葉もなく顔をそらした。つまんないことのひとつひとつに、こうしてどきどきしたりするのがまた一層照れ臭い。 「んじゃあ行くか」 照れた顔を見られたくなくて、片手で顔をそっと覆う俺の肩を、ソファから立ち上がったシサーの大きな片手がぽんと軽く押し出した。 ◆ ◇ ◆ 移動したのは泊まっている宿『砂上の楼閣』からすぐ近くの食堂『オアシス』だ。 ギルザードは、環境のせいか色黒の人が多い。髪の色や目の色も、黒とか茶とか、濃い色が多かった。次いで多いのが金髪だ。国ごと、と言うより、街ごとにそういう人種……って言うのかな。そういう特色があるのかなあなんて考える。 この街も結構大きな街で賑わっている感じだったけれど、上品で華やかなレオノーラとも開放的で陽気なギャヴァンとも違う空気感だった。何だろう……もっと地に足が着いていると言うか、堅実な感じの活気とでも言うんだろうか。 『オアシス』は、昼時をやや過ぎた時間帯のせいか、通りを歩く人の数を考えればそれほど混んでいるわけでもなかった。窓際の大きなテーブルに陣取って、ランチの定食をオーダーする。 「あとエール酒」 最後にシサーが言った。 「昼から飲むの?」 目を細めて言ってやると、シサーは飄々と背凭れに背中を預けて腕組みしながら頷いた。 「あたりめーじゃん。昼間に飲む酒は格別だしなー」 大人って……。 「あと水を4つ」 日本ではレストランで当たり前に出てくる水も、ここではそうはいかない。いちいち金を取られる。特にここは砂漠の街だから、通常より更にお値段が嵩む。 ウェイトレスのお姉さんが去って行くと、俺の向かいでシサーはテーブルに肘を乗せて頬杖をついた。 「さてと……作戦会議といくか」 「これまでの状況整理しといた方が良いわね」 シサーの隣に座ったニーナが両肘をテーブルについて組んだ手の上に顎を乗せてシサーを見遣った。 「そうだな。状況整理と行こう。……レガードがヴァルスの後継者、つまりユリアの婚約者として正式に選出され、各国に通知が行ったのが、ええと……4ヶ月前だったか?」 確認するようなシサーの視線に俺の隣に座ったユリアが頷く。そこへ水のグラスとエール酒が先に運ばれて来た。とりあえずそれに口をつけてからシサーが先を続ける。 「で、それから……クレメンス8世陛下が病床につかれた」 「ロドリスが猛反発をしていたの。だからお父様はわたしたちの華燭の儀の正式な日取りなどを決めることも出来ず、ロドリスと幾度も話し合いの場を持った。……お父様が臥されたのは、2週間後よ」 ユリアが補足する。シサーが頷いて、続けた。 「レガードが旅に出たのが、およそ3ヶ月くらい前」 「そう。そして1週間ほどで、行方不明になった」 「風の砂漠を旅する奇妙な一団が出たってぇのも、その頃だ」 ユリアとニーナに挟まれるような形でテーブルについているキグナスが口を挟んだ。 「ってことは、カズキが助けてもらったシンと言うシーフは……その間に恐らくどこかでレガードと遭遇している、と仮定しよう。そして仮に『銀狼の牙』を訪ねた男ってのがロドリスの宮廷魔術師だとすれば、『銀狼の牙』に接触しているのがこれより前……レガードとユリアの婚約発表がなされてから『銀狼の牙』出現までの間ってことになるな」 「うん」 「シンと接触を持ったレガードは『王家の塔』へ向かう為、風の砂漠に入った。ルートは不明。そして奇妙な一団……『銀狼の牙』及びバルザックと言う謎の魔術師の襲撃を受け、戦闘の最中に行方をくらました。どこへ行ったかは、まだ謎だ」 全員神妙な面持ちでシサーの言葉を聞いている。そこへオーダーした料理が運ばれて来た。 ランチ定食は2種類で、魚のムニエルみたいなやつがメインのものと鶏肉のステーキみたいなのがメインのものがあって、俺とシサーは肉の方を、キグナスとユリアは魚をオーダーしている。ニーナはランチと無関係にただサラダだけ。 とりあえずフォークに手を伸ばして食べる気がなさそうにサラダをその先で突付きながら、シサーがユリアに目を向けた。 「で?」 「捜索隊を派遣したのだけれど、見つけることが出来なくて……」 「その捜索隊ってのは、どこを捜索したんだ?」 「もちろん表立って仰々しくは出来ないから、密使のような形だったのだけど……レガードが通るであろうルートを、と聞いているわ。つまり、レオノーラからノイマンの湖やヘイズ、ギャヴァン、リノそしてキサド山脈」 「もちろん風の砂漠やギルザードも?」 こくりとユリアが頷くのを見ながら、パンをちぎる。口に放り込んで、思わずシサーを見た。 「……竜巻は、いつ発生したんだろう」 「だな。……その、レガードの捜索の際には、風の砂漠に竜巻が異常発生しているなんて話は」 「出なかったわ」 言いながらユリアはキグナスを見た。キグナスもかぶりを振る。 「俺も知らねえな」 「じゃあ恐らく……なかったんだろう、その頃はまだ」 結局食事には手をつけずにエール酒のグラスにばかり手を伸ばしながらシサーは宙に視線を定めたまま呟いた。 「……で。シェインがカズキを見つけ出した?」 ニーナがキグナスに尋ねた。パンに直接かじりつきながらキグナスが頷く。 「とりあえず、陛下がいらっしゃるうちに後継者を何とか形にしなきゃなんねえからな。レガード様の捜索がてら、一方で『王家の塔』の攻略も考えた方が良いんじゃねえかって話で」 「必要だったのはレガードの影武者か」 頬杖をついてぼそっと言ったシサーの言葉に、キグナスが凍りついた。ユリアは俺の隣できょとんとした顔をしている。どこかしらーっとした空気が流れ、俺は肉を頬張りながら苦笑した。 「……で?」 続きを促す。 「それで……シェインが宝物庫の魔術付与された道具に細工して、レイアに持たせてカズキを迎えに行かせたの」 「……そう言えば、シェインと連絡取った?」 今聞くことでもないんだけど。話の流れで思い出したもんだから、つい聞いていた。ユリアが俺を見上げて頷く。 「怒ってなかった?」 「全然怒ってなかったわ」 「……あ、そう」 激甘だ。 「話の腰を折っちゃった、ごめん。……で、俺がこっちに来たのが1ヵ月半ちょい前くらい?かな」 「そうね……」 俺の言葉をユリアが肯定する。ぼんやりと突然『浄化の森』に拉致されたことを思い出しながら、内心「たった1ヵ月半なのか……」と言う気がしていた。随分経ったような気もするけど。 ……でも、元の世界で俺が行方不明になっているんだとしたら、既に十分な期間が経過してるとも言えるか。死んでることにされててもおかしくないかもしれない。 「一度、レガードの捜索は打ち切られたのか?」 ユリアはこくりと頷いた。 「シャインカルクにカズキ……レガードがいることになっている。レガードを捜索するわけにはいかないわ。それに、元々それほど大掛かりな捜索を組むわけにはいかない。……諸国にレガードが行方不明だと知られるわけにはいかないんだもの」 「じゃあ、その間に『王家の塔』周辺で竜巻が発生したわけだな。レガードを見失った『銀狼の牙』は、再びロドリスの宮廷魔術師の命令を受けてレガードの捜索を開始した。で、山頂でカズキとご対面したってわけだ」 「その……バルザックって男も、かしらね」 ニーナが綺麗に皿を片付けて、口元を拭いながら首を傾げる。俺も最後のパンの一欠けらを口に放り込んで、水を一口飲んだ。 「バルザックって、キグナスは聞いたことある?」 キグナスならシェインとある意味一番近いから、何か聞いてるもかもしれないと思ったんだけど。 「いや。俺は知らねえなあ……」 「そうか?俺、聞いたことあるんだよな。ラウバルかシェインが知ってると思ったんだが」 みんなが食べ終わった今頃になって、ようやく食事に手をつけ始めたシサーが、豪快に鶏肉にフォークを突き刺しながらもごもごと言う。 「ただ、ちゃんと聞いたってわけじゃねえんだよな、多分。ちゃんと聞いてたら覚えてるだろうし。……会話の流れでちらっと耳にしたとかそんな……」 そこで不意に言葉を途切らせた。視線が一点に固定されたまま固まる。 「……シサー?」 「でも、それなら後でシェインに聞いてみれば早いんじゃ……」 そんなシサーに気付かずに言ったニーナの言葉を遮るように、シサーが呆然と呟いた。 「グロダールだ……」 「は?」 シサー以外の全員が目を丸くし、その意味を図りかねて問う。グロダールってだって……倒されたブラック・ドラゴンだろ? 「ユリア、シェインと交信ってのは、すぐに出来るもんなのか?」 「え?え、ええ、まあ……。宿に戻らないと『遠見の鏡』がないけど」 「戻ろう」 「え、だってシサー、食事の途中……」 「構わねえって」 がたっとシサーが立ち上がって足早に店を出て行くので、勢いこっちも急いでついていくしかない。慌しく精算を済ませて店を出ると、宿に戻った。 とりあえず、男3人が泊まっている部屋に集まることにして、ユリアが『遠見の鏡』を取りに行くのを待つ。 「シサー」 「あん?」 「グロダールって、ギャヴァンに現れた黒竜でしょ?」 「ああ」 「……何か、ヤバそう?」 キグナスとニーナもシサーに視線を注ぐ。 「ヤバいかどうかは、聞いてみないとわかんねえな。俺が考えたことが当たってるとすれば、もしかすると敵に回すにしちゃあちょっと厄介かもしれねえけど……」 シサーが言葉を切ったところで、ユリアが『遠見の鏡』を片手に戻って来た。ドアを閉め、俺が腰掛けているすぐ隣に腰を下ろす。狭いベッドだし、みんなで話す都合もあるので……距離が近い。 「ウティナム・タム・ファキレ・ウェーラ・インウェニーレ・ポッセム・クァム・ファルサ・コンウィンケレ」 ユリアが呪文を呟くと、『遠見の鏡』から光が放たれた。一瞬その鏡の面は眩く反射していて何も映していなかったのだが。 「わ」 「どうした?」 シェインが、そこに覗き込むようにして姿を現した。これってどうなってんだろ。あっちにもこれと同じような物があったりするんだろうか。 などと悠長に考えていたら、優しさ溢れ返る顔でユリアを見ていたシェインが、一転してむっとした表情をするとトゲの入った声で俺に言った。 「近付き過ぎだ。離れろ」 あのねえ……こんな小さいもん、こうしなきゃ見えないでしょーが。 向こうにこっちの映像が見えているのはわかったけど、どうなってんだろとは思ったんだけど、そんな話をしている場合でもないので飲み込む。ユリアがシェインに説明した。 「あのね、シサーがシェインに聞きたいことがあるそうなの。替わるわね」 言って、鏡をシサーに手渡す。目を丸くして鏡を覗き込んでシサーは口元をほころばせた。 「相変わらず妙なことを考える男だ」 「久々の対面でその感想はなかろう」 「考えるだけじゃなく実行に移すからなあ、お前さんは」 「考えるだけで良いのなら、もっと凄まじいことを考えておるわ」 「……場を改めて聞かせてくれ」 あんまり聞きたくないような気もする。 「聞きたいことがあるのだろう?」 俺のいる場所からはシェインの姿は見えないので声だけだ。だがその声がすっと低められたのを感じた。シサーの声も同様に低く応じる。 「……バルザック」 「……」 短い沈黙が訪れた。シェインが低く尋ねる。 「確かか」 「わからん。『あの時』も俺はちらりとしか見ていないしな。今回に至っては名前が出たと言うだけだ」 「……」 「何を知ってる」 「知っていると言うほどのことは知らんな」 「ほざくな。グロダールの時のことを忘れたとは言わさんぞ」 自分は忘れてて今さっき思い出したんじゃん……。 「そんな昔のことは忘れたな」 「ぼけ老人が」 俺たちは黙ってそのやりとりを見守っていた。 『グロダールの時のこと』とやらを知らない俺たちには口を挟む余地がない。 「シェイン」 睨めっこに飽きたのか、シサーがため息と共に言葉を吐き出した。 「何の関係もないカズキが命を懸けて戦っている。……話してくれ」 「……」 「あの、バルザックとか言う魔術師は、浅からぬ因縁があるな?」 シェインの答えはなかった。どんな表情をしているのかわからないけれど。 シサーは忍耐強くその沈黙を受け入れた。やがてシェインの声が聞こえ始める。 「……知っていると言うほどのことは知らぬと最初に言っただろう」 「まだそんな……」 「事実だ!!俺とてバルザックと会ったのはあのグロダールの時が初めてだ。会話を交わしたわけじゃあるまいし、大したことは知らぬ」 「じゃあ、本当に知らないのか?」 「最初からそう言っている。信じぬのはおぬしだろうが」 「日頃のお前の態度の成果だ、喜べ」 むきになったように言い募っていたシェインはその一言でぐっと押し黙った。シサーが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。……子供の喧嘩じゃないんだからさ。 「だがまあ、おぬしらより知っていることが多少あるのも、事実だな」 「だからそれを話せ」 気を取り直したように言ったシェインに、畳み掛けるようにシサーが問う。 「その前に」 それを制してシェインが問うた。 「そちらで入手した情報から話してもらおう」 「……いいだろう」 頷いて、シサーは先ほどの状況整理を踏まえながらギャヴァンを出発してからの出来事を、事実のみを述べていった。その間、俺たちはもちろんシェインも一切口を挟まずに黙って聞いていた。 「レガードとギルドの盗賊の接点か」 話し終えて黙ったシサーの代わりにシェインが口を開く。 「『借り』とは何なのだろうな」 「さあな。カズキ、尋ねてはみたんだろう」 シサーの視線を受けて頷く。そりゃ聞いてはみたけどね……あの人の非友好的加減ときたら……。 「必要なこと以外話してくれない人でね……。ギャヴァンのシーフだって聞いたのだって、一緒に行動するようになってから5日だか6日だか経ってて……シンに関して得られた情報って言ったら、そのくらいだなあ」 隣でユリアもこくこくと頷く。ユリアも俺と同様、シンのそっけなさを身に沁みて知っている。 「その『また会う時が来る』と言うのが引っ掛かりはするがな……。まあ良かろう。聞く限り有害な人物と言うわけではなさそうだしな。『借り』とやらはその『今度会う時』にでも聞いてみれば良い」 話してくれるかは全然別問題なんだけど。 「それより『銀狼の牙』だな」 「ガレリアから遥々のご遠征だ」 「ご苦労なことだ。ロドリスには略奪する蓄えもなくなって豊かなヴァルスに出張か」 嫌味を洩らしてから、シェインはやや改まったように続けた。 「ロドリスに奇妙な賓客がいるとの情報がある」 「奇妙な賓客?」 「ああ。……黒石のロッドを持つ黒衣の魔術師だそうだ」 「……ビンゴか」 「わからんな。調査をしてはいるが、戻りがない」 「青い髪に青い瞳の男と、黒石のロッドを持つ黒衣の魔術師……。双方特徴だけ挙がっていて決定的な証拠がないわけか」 「ああ。……ロドリスの宮廷魔術師セラフィと黒衣の魔術師バルザックが組んだ、としか思えぬが。決定的に示す証拠はない。セラフィが『銀狼の牙』を使い、バルザックと手を組むのも、その為だろうな。加えてロンバルトに裏切り者がいると思われるが、それも不確かだ」 「なるほど。そこからレガードの情報が漏れたわけか。……にしても用心深いことだ」 話が見えない。 「いずれにしても、現段階では動けぬな」 「だが組んだとしたって目的が……」 言いかけたシサーの袖をつんつんと引っ張る。言葉を途切らせて、シサーは俺に銀色の瞳を向けた。 「あ?」 「俺、全然話が見えてない」 「……悪い」 苦笑してシサーが組んだ腕の一方で自分の顎を撫でた。 「つまり、戦争になりそうってことだ」 「戦争!?」 シサー以外の全員が同時に聞き返した。 ……それもそうか。ロドリスの一貴族とかならまだともかくとしても……宮廷魔術師――公職に就いている人間がヴァルスの後継者を殺害しようとしたのならば、それは間違いなくヴァルスは放っておくわけにはいかないだろうし、増してヴァルスの後継者はアルトガーデンの後継者だ。アルトガーデン内部の一王国であるロドリスが次期皇帝を暗殺すればそれは……シサーが昨夜言っていたように謀叛になる。謀叛と来れば当然アルトガーデンは制圧するしかない。 ――つまり、戦争だ。 そうか……レガードを暗殺したいけれど、ロドリスに叛意があるとは知られたくない。知られても構わないのかもしれないけれど、とにかく制圧に乗り出す口実を与えたくない……その為に、ロドリス宮廷と直接関係のないバルザックや『銀狼の牙』なんて辺境の盗賊団を金で動かしたりしたと……そう言うわけか。 ようやく話が見えてきたような気がする。 「ありがとう。……で?」 「現段階では、確実な情報がまだない。青い髪に青い瞳の男など他にいないわけではないし、黒衣の魔術師なら一層だ。ロドリスを叩く正当な口実はないな」 促した俺にシェインの声が応じる。 「それに、ロドリスとの戦争は……現状出来れば避けたいのが本音でもあるな」 渋面を作っていそうな渋い声を出してシェインが呻いた。 「ロドリスは、リトリアと並んでヴァルスに次ぐ大国だ。戴く主が不確かな状態で、ことを構えるには荷が重い」 説明をするように続けるシェインの言葉に、ニーナが不意に顔を上げた。 「……『ジェノサイド・イブリース』は、ロドリス兵だったわよね」 じぇのさいど・いぶりーす? シサーが低く肯定した。 「ああ」 「何だ?それ」 ベッドの上に寝そべって、聞いてんだか寝てんだかって感じだったキグナスが問うた。 「ロドリスの戦士だ。確か、近衛警備隊か何かってことにはなってたと思うがな」 「ああ。俺もそう聞いているな」 「……会ったことは?」 「……戦場での遭遇だな」 「3年……いや、4年前か?ナタリアとマカロフ間で紛争が起こったことがある」 多分、俺やユリア、キグナスに説明してくれているんだろう。 言われて俺はシャインカルクで学んだ地図を頭に思い浮かべた。ローレシア最南端にあるヴァルスのすぐ上にレガードのロンバルト公国、そのすぐ上にロドリス王国が確か来ていて……ロドリスと国境を接する形でバートとリトリアがあったはずだ。ナタリアはバートから更に北上、マカロフもリトリアを北上した位置にあり、ナタリアとマカロフは国境を接している。 「知っての通り、ナタリアはアルトガーデン帝国領、マカロフは独立王国だ。要請に応じて、アルトガーデンを統括する立場にあるヴァルスは兵5千を派遣している」 そんなことまでしなきゃなんないんだ。大変だなあ……。 「一方ナタリアはロドリスと常に友好関係を保っている。リトリアと接しているから小競り合いが絶えないと言うのもあるんだろうが、ともかく、ロドリスも友軍を派遣した」 シェインはそこで一旦言葉を切った。後をシサーが引き受ける。 「俺はその戦争に傭兵として参加している。ニーナもな」 「え!?」 俺の視線に応えてニーナが頷いた。そのか細い容姿からは、戦争に参加している姿なんか想像が出来ない。けど……そうか。シサーって傭兵稼業で食べているわけだし……共にいるニーナも同様だ。 「ロドリスに派遣された兵の中にいたんだ、そいつが」 「『殺戮の天使』……」 ニーナが補足するように呟いた。――『殺戮の天使』? 「ちょいと、剣を交えたくない相手だな」 「その人が、何なの?」 「いわゆる狂戦士、と言う奴か」 狂戦士……バーサーカー。 「敵味方の区別はつけているようだから、正式にバーサーカーとは言えぬだろうが、奴の剣が閃く場所で生き残る奴はいないと言う。恐ろしいほどの体力とスピードの切れを持つと聞いているが、俺は見たことがあるわけではないのでわからぬ」 オソロシイ。 「その通りよ。……敵でなくて良かったと思った」 ニーナが青い顔で俺を見つめた。 「ああ。遊撃部隊を1人で撃破した。どこの部隊にも属しない、孤立無援の遊軍としてな。指揮系統を必要としない……と言うよりは、無意味なんだろう。群れて戦うタイプじゃない」 「ひとりで一個中隊程度なら殲滅すると聞いているな。……加えてクレメンス陛下が病床に臥され、レガード王子がいない今、ヴァルス軍の士気は上がらない。帝国髄一の強国ヴァルスが負けるとは思わぬが、戦争を行うのは些か嬉しくない」 何だか……物凄く物凄く大きな話になって来たような気がする。 『殺戮の天使』……。 「しかし、仮に『青の魔術師』とバルザックが手を組んでいるとして、その目的は何なんだ?お前、肝心のバルザックの話をしてないだろうが」 「だから俺自身さほど知っているわけではないと言っておろーが。……バルザックは、ラウバルの知己だ」 「何!?」 「詳しいことは知らぬ。話さぬのでな」 いまいましそうな声で言うとシェインはしばし黙った。 「……俺が知っているのは、さっきも言った通り、グロダールに絡んでいるのが奴だと言うことくらいだ。おぬしとさして変わらぬ。僅かな違いと言えば、その目的がラウバルにあると言うことを知っているくらいだ」 「その、グロダールの件にはどう絡んでたわけ」 「グロダールとの戦いの折にはシェインやラウバルもいたことは前にも話したろう」 シサーが答える。頷いて先を促した。 「その時に話した通り、シェインと俺は遊軍としてグロダールの攪乱に当たった。ラウバルは本陣の指揮だ。遊軍の動きで攪乱されたグロダールを本陣が攻撃し、その総攻撃でグロダールは倒れた」 「うん」 「そして本陣へ戻った俺とシェインが見たのは、グロダールではなく黒衣の魔術師と戦うラウバルの姿だった」 「え!?」 「状況がわからぬままに横からシェインが魔法攻撃でラウバルのフォローに入ってな。魔術師は姿を消した」 「じゃあ、それが……」 「ああ。去り際、ラウバルが奴に向かって叫んだんだ、その名を。それを耳に挟んだんだな、俺は」 そうなのか。うーん、じゃあまあ……忘れてても仕方ないとしよう。 「グロダールをギャヴァンに誘導したのは、あの魔術師なんだな?」 再びシェインとの会話に戻ったシサーに、シェインが肯定した。 「ああ。そのようだな。目的や手段などは俺も聞いておらぬ」 「話させろ」 「聞いて素直に話すようなタマならとっくの昔に聞きだしてるわ」 沈黙が訪れた。 つまり、レガードを消したいロドリスの宮廷魔術師がロンバルトの何者かからレガードの情報を入手し、戦争の口実を作らせない為に、一見王城と無関係な『銀狼の牙』とバルザックの協力を得てレガードを襲撃した、と。 バルザックが『青の魔術師』に協力したわけは現段階ではわからないが、バルザックって魔術師はラウバルと何か深い因縁があって……黒竜グロダールにギャヴァンを襲わせ、ラウバルをシャインカルクから引っ張り出して襲撃したわけだ? ってことは、今回も何かその……ラウバルとの因縁に起因していると考えられないわけでもないと。 「そのバルザックって人は、直接シャインカルクにラウバルを襲撃しに来るってことはないの?」 ふと疑問に思って尋ねると、シサーが肩を竦めた。視線を鏡に落とす。 「バルザックはシャインカルクには入れぬ」 「何で」 「かつてはラウバルを狙って何度か侵入したらしいな。俺自身、一度遭遇したのだが。そこでガウナ殿が神聖魔法を強化した」 ふうん。ガウナさんの聖なるバリアーで悪者バルザックはお城に入れないんだ。……そういうもん?ってか善人と悪人の区別ってつけられんのか? 「それはともかく、レガードの行方だ」 シェインが話を方向転換した。 「バルザックが魔法を使って後レガードが行方をくらましたと言うことは……奴が行方を知っていると言うことはないか」 「そこを探るしかあるまいな」 「『王家の塔』の竜巻はバルザックとは無関係か」 「俺が知るはずがなかろうが。だが、一介のソーサラーに、一過性ならともかく常駐の竜巻を巻き起こせるとは考えにくい」 「グロダールをギャヴァンに誘導するほどの魔術師を『一介のソーサラー』と言っていいのか?」 「さあな。ただ俺の知る限り、ソーサラーの守備範囲ではそのような魔法は存在せぬ」 「魔力付与道具、とか……」 俺がぼそりと言うと、シェインの溜め息が聞こえた。 「魔力付与された道具は今もあらゆる遺跡やダンジョンに眠っている。どのような道具が存在するかなど、計り知れぬ」 「ってことは可能性もある?」 「あるな」 一度肯定はしたものの、シェインはすぐに「だが……」と続けた。 「だが、その場で竜巻を起こすだけでもそれだけの能力を要求されるし、相当の魔力を消費する。それを果たして継続させられるような付与を出来るかどうかは正直疑問だ」 「シェインは魔力付与ってやつも出来るんでしょ?『遠見の鏡』とか。仮にシェインだったら、可能なこと?」 「残念ながら俺にはそこまでのことは出来ぬ」 「『青の魔術師』は、エンチャンターだと聞いているが」 えんちゃんたー。 俺の表情を読んで、ユリアが小声で教えてくれた。 「魔力付与を得意とする魔術師のことを言うの」 「ふうん……」 「ああ。かなりの能力を持っているとは聞いているがな。だが果たして出来るかどうか。会ったことのない人物の能力までは推し量れぬ」 「逆に言えば、人為的にそれを可能とするにはどんな能力を必要とする?」 シサーが攻める方向を転換する。それに答えたのはシェインではなくニーナだった。 「……精霊魔法あるいは、召喚魔法……じゃないかしら」 「召喚師か」 精霊魔法か召喚魔法ってことはつまり、風の精霊を召喚しているってことだよな。 「ジンが?」 ジンってのは、風の上位精霊だったと思う。 鏡の中から尋ねたシェインに、ニーナは考え込むような視線をそのまま向けた。 「かもしれない。……近付いてみれば、もう少し何か探れるかもしれないけど」 「では、それからだな」 話を打ち切るようにシェインが言った。シサーが真面目な面持ちでそれを受ける。 「当面の課題は2つか。『王家の塔』周辺の竜巻が……何者かがジンやシルフに制約をかけているのか。バルザックがレガードの行方を知っているのか」 「俺の方でラウバルに探りを入れてみよう。素直に話すとは思えぬが。ロドリスの動向にも注意を払っておこう」 「頼む。動きがあったら教えてくれ」 「そちらもな」 シェインとの交信を打ち切って、思わず全員溜め息をついた。 「ややこしいことになってやがるな、何か」 シサーが舌打ちをする。俺もベッドに仰向けに倒れこんだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。 「調査隊が何がしかの成果をあげてくれりゃあいいんだけどな」 ベッドの上に寝そべって頬杖をついたキグナスがぼやくように言い、顰め面をした。 「ま、大して期待出来ねえけど」 「何だか思っていたよりも随分と、大変なことになりそうね」 ニーナが再び溜め息まじりにぼやいた。 「……レガードが」 ぽつり、とユリアが呟く。 「レガードが、無事でいてくれたら良いのだけど……」 2006/05/12 |
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