| ■ 11 躊躇い ■ シンが戻って来たのはそれから間もなくで、シンが見つけて来てくれた程近い場所の岩壁が大きく迫り出しているその陰で野営を張った。 翌朝は雨が嘘のように上がって、低い気温のせいもあってか澄んだ青空が広がっていた。 ただ、そこから頂上までは道の険しさも手伝って5日程もかかり、やはりと言うか少しずつ雪が目につくようになっていった。とは言っても、深いと言うほどでもないのは、さすが南に位置する国だと言えるかもしれない。 魔物との遭遇率は、上がりもしなかったけど下がりもしなかった。ただ、山頂に近づくにつれて魔物の強さは上がった。……と思う。俺的に。 その代わり、ここに至ってようやく魔法石が『ごろごろ』し始め、何かケチって使っていたものが急に手軽になった。これは、でかい。 魔法石が豊富になったおかげでユリアも戦力として数えることが出来るようになったし、俺自身現在の戦闘能力では到底追い付かないような相手であっても何とか切り抜けることが出来たのだから、まさに魔法石様様とゆーやつだ。 それに、それなりに魔物との戦闘を重ねたおかげで、俺自身のスキルも少しずつではあったけれど、上がったんじゃないかと思う。攻撃を受けたり怪我を負ったりしなかったと言えば嘘になるけど、命に関わるような大怪我を受けたりすることもなかった。 シンが道案内についてくれるおかげで無駄な距離を移動することもなく、ようやく山頂だ。後は砂漠を目指して一挙に下山……ってなふうにいけばいーんだが。 険しい山の頂上は細々と痩せた木が生えていて、僅かに雪が積もっている。吹きすさぶ風にまるで凍えているようだった。風が強いせいか、思ったほど雪が積もっているわけではないことにほっとする。 「こんなトコで野営したら死んじゃうんじゃないの?」 寒い。野営する前に死んじゃいそう。 シンはそれには答えずにすたすたと、既に下り坂になりかかっている斜面を進んで行った。……一言二言くらい、惜しむことないじゃんよ……。 仕方ないのでユリアと顔を見合わせて後を追う。 「シン!!どこ行く……」 尋ねかけて言葉を止めた。俺の後ろでユリアが小さく息を飲むのが聞こえる。 ……祭壇が、あった。 「ファーラ神の……祭壇……」 シンが黙って俺とユリアを振り返った。 「キサド山脈の山頂には必ず祭壇がある。……らしい。俺はこのルートしか通ったことがないから、他を知らないけどな」 「何の為に……」 呟く俺の隣をすり抜けて、ユリアが祭壇の前に立った。 「旅の安全を見守ってもらう為だ。祭壇のおかげで、山頂には魔物は出現出来ない」 言ってシンも祭壇に目を向けた。 祭壇、と言っても、かなり小さい。俺の世界で言う、道路端にあるお地蔵さんの祠みたいな、あんな感じ。ただ、ああいう灰色の石で出来ているのではなく、大理石みたいなつるっとした感じの白っぽい石で作られているんだけど。 そこに白い雪がうっすらと積もり、厳かな雰囲気をアップさせていた。ユリアは何だか神妙な面持ちで祭壇を見ている。 元々信仰心だのと言うものに無縁の俺には、その……神様を祀る心理ってのはあんまり良くはわからないんだけど……さすがにファーラ教を守護する国家の王女様は、深い信仰心を持っているらしい。 不意にユリアが小さく口を開いた。歌を口ずさむ。 それは、ヴァルス語であるのはわかるんだけど、俺の言語能力では到底何を言っているのかわからない……多分、古語とかそういう感じの歌詞だった。ただ、雰囲気で聖歌のようなものなのだとわかる。……あ。 (何だ……?) 何を言っているのかはわからないけれど、不思議と懐かしささえ感じさせるそのメロディに耳を傾けていると、体中に力が漲ってくるような感じがした。険しい山道の行軍で疲れた体が癒されていく。 シンもそれは感じたらしい。不思議そうな表情を浮かべて辺りを見回し、それからユリアに視線を注いだ。 「……今のは?」 歌い終え、瞳を閉じて祈りの言葉を唱えたユリアが再び目を開いたのを見て尋ねる。綺麗な黄金色の髪に、ゆっくりと雪が薄く積もっていく。 「聖書の第89番よ。……どうして?」 「疲労回復の魔法かと思った」 言うと、ユリアはくすりと笑った。 「そうかもね。プリーストの神聖魔法には、『神聖歌』と言う魔法もあるから。それは聖歌が魔法の発動となるもの。ただ、上級司祭しか使えないのだけど」 そうなんだ。でも、確かに疲労は回復されたんだけど。 「何か、癒された」 俺がそう言って微笑みかけた時、シンが不意に硬い表情で今来た道を振り返った。 「……シン?」 つられて振り返る。ここには魔物は出ないって……え!? 俺も微かに顔を強張らせて、曇り空と雪のせいで視界の悪い道の向こう……ちらほら木が寒そうに連立しているその奥を見据えた。――人の、気配。 「レガード王子。ご生存なさってたとは。驚きだ」 現れたのは、武装した男たちだった。……6人。あんまり上品な雰囲気の人たちじゃない。何だろう……身につけている防具とかだけ見ると、どっかの国の兵士とかそんな感じなんだけど、雰囲気はイメージで言えば山賊。 「誰だ」 俺のことを、レガードだと思っている。けれどとてもじゃないが好意的な雰囲気だとは思いにくい。 先頭に立った、多分ちょっと偉そうな感じの男が、口元だけでにやっと笑った。って言うか、頭にもヘルメットみたいな防具をかぶっていて、すっぽりと目元まで覆われているのでチョビ髭の生えた口元しか見えない。 「先日お会いしたんだがな。こんな見苦しいのはお忘れか?」 いやいや、と言うように首を横に振る。下品な嘲笑が男たちに広がった。――先日お会いした!?それじゃあこいつら、まさか……!! 「せっかく命を拾ったご様子なのに、お忘れとはな。もっとも、次の機会はもうないでしょうが」 チョビ髭の言葉に、背後に控えた5人の男たちがざっと展開した。チョビ髭を中心に扇形に広がる。 「お前たちは、誰だ」 低く、尋ねる。チョビ髭は重ねて笑いを放った。 「名乗っても詮無きことだ。……おっと……そっちのお姉ちゃんは上玉じゃないか」 びくりと俺の背後でユリアが体を震わせた。チョビ髭が下卑た笑いを向ける。 「後でいただくとしよう。……貴様を始末した後にゆっくりとなッ」 その言葉をきっかけに、男たちが剣を抜き放った。 「やれ!!」 くそ、まじかよッ。 「ユリア、逃げろッ」 言いながら俺は剣を抜き放った。シンがチャクラムを構える。 「嫌ッ。わたしも戦えるわッ」 言うなりユリアはロッドを構えた。祝福の魔法だ。ゲームなんかで言う、いわゆるラックアップの魔法で、敵の攻撃の的中率を下げ、こっちの回避率を上げたりとかする。一見して効いてるのかどうか良くわからないんだけど、魔法石の的中率が上がったりとか「あ、ラッキー」的なちょっとしたことってのが確かにあるので、多分結構便利なんだと思う。 それからすかさずユリアは魔法石を取り出した。 「『ノームの手』ッ」 こちらへ駆けて来る男たち目掛けて拳ほどの大きさの黄石を投げつけた。破裂すると同時に、6人のうち4人の足止めに成功した。ラックアップの効果かもしれない。 「さんきゅ」 ノームの束縛を免れた2人が、ぞれぞれ俺とシンに向かって踊りかかって来た。俺に駆け寄って来た男と剣を切り結ぶ。シサー以外で人と剣を交えるのは初めてで、硬質な音を立てて叩きつけられたその斬撃は結構なものだったけれど、レオノーラを出てからの強行スケジュールで筋力はそれなりについているらしい。剣が吹っ飛ぶようなことは幸いにして、なかった。 「『火炎弾』ッ」 ユリアが動きを封じられた兵士に向かって魔法石を放つ。兵士の剣を押し返す俺の視界を、炎の塊が吹っ飛んでいくのが見えた。 (くッ……) こういうの、雑魚キャラなんだろうけど……ちょっと普通の高校生の俺には荷が重い。どう考えたって、年齢差も体格差も、そして経験値も違う。俺と切り結んでいる男は、少しあざ笑うような笑みを口元に浮かべた。 「先日に比べて、随分か弱くなられたようだな」 「……ッ」 本物のレガードと比べないでよ……。 「バルザックなどおらんでも、余裕だな」 バルザック? なんて考えている余裕はない。相手と交差させたままの剣を押し返すので精一杯だ。……と、その力がふっと抜けた。勢い前のめりに倒れそうになる。 「ぐおおッ……」 男は血飛沫ををあげて仰け反っていた。その頬にダガーが突き刺さっている。 「何をしている、カズキ」 シンだった。自分の方へ向かってきた男はもう始末してしまったらしい。チャクラムとダガーの2つの武器を使うシンは、うまく使い分けて距離があろうと接近戦だろうと、器用に立ち回る。 「ありが……」 礼を言いかけて、シンの方へ向けた顔が青褪めるのがわかった。チャクラムで吹っ飛ばされたらしい、男の、生首。頭部とお別れした体が、力なくそこに横たわっている。 (嘘ッ……) 久しぶりに感じる、吐き気だった。 魔物を殺すことは、俺を、そしてユリアを守るために俺自身に課した。課すことが、出来た。 けれど今襲われているのは、魔物じゃ、ない。――人間だ。 (人殺しは……) ――人殺しは、嫌だッッッ!!!!! 俺やユリアの生命を脅かす存在なのだと言うことはよくわかっているつもりだ。魔物に勝るとも劣らないだろう。……わかってるさッ、頭ではッ!!でも、どうして出来る!?人だ、人間だ、俺と同じ人間を殺すことなんか、俺には出来ないッ……!! シンは『ノームの手』に縛られたままの男の首を、遠慮なくチャクラムで吹っ飛ばした。別の男に再びユリアの『火炎弾』が飛ぶ。 「早くそいつに止めを刺しちまえ」 シンから怒声が飛ぶ。俺に襲い掛かってきた男のことだ。頬を貫通し、突き刺さったままのダガーに未だ地面でのた打ち回っている。……無理だよッ!! 「カズキ!!」 「出来ない!!」 「何言ってッ……」 「もらったあ!!」 まだシンにチャクラムを投げつけられていなかったチョビ髭が不意に駆け出した。『ノームの手』の効果が切れたらしい。俺とシンの隙を突いてユリアに向かって剣を構える。 「ユリア!!」 「ちッ……」 シンが舌打ちをして、まだ残っている男に向けかけていたチャクラムの標的をチョビ髭に変更しようとする。その瞬間、『火炎弾』を受けた男が『ノームの手』から逃れてシンに向けて剣を振り翳した。振り向きざま、シンのダガーが閃く。 その間、俺はユリアに向かったチョビ髭を追いかけて剣を振り翳した。……どうしよう、どうすれば良い!? 「ユリア!!」 「きゃぁぁ!!」 チョビ髭が地面を蹴る。……ユリアッ!! あと一歩でチョビ髭の剣がユリアに届きそうになった、その時だった。 「何ぃ!?」 「きゃああああ!!!」 ユリアの悲鳴とチョビ髭の怒号。吹き上がる風と光の……壁。 「うッ……」 突然ユリアの周囲に、地面から噴き上がるように光の壁が出現した。それに弾き飛ばされてチョビ髭が地面に転がる。 (あ……) 何か、懐かしい匂いを感じた気がした。本当に何かの匂いがしたわけじゃなくて……何だろう……感じる。これ……シェインだ……。 この感じには、覚えがあった。そう、確か、水流に巻き込まれて意識を失う寸前。 (……シェインの、魔法だったんだ……) ユリアを守る為の。 そのおかげで、俺とユリアは離れることもなく守られて……シンに発見された枝まで運ばれたんだ……。 「何だコイツ!!」 焦ったように言う男の背中目掛けて、シンのダガーが飛来した。背骨を少し外したわき腹に深く刺さる。 「ぐはッ……」 チョビ髭は呻きながら地面に転がった。安全を感じたのか、突然出現した光の壁が、柔かく霧散するように消えて行く。ユリアは恐怖で気を失ったのか、光の壁に包まれていたその内側で倒れていた。 「ユリアッ……」 剣を収めて駆け寄る。抱き起こすと、ユリアはぐったりとしていた。俺の背後で、シンがチョビ髭に歩み寄る音が聞こえた。シンにダガーで頬を串刺しにされた男もいつの間にかシンが止めをさしていた。結局、6人ともシンがひとりで倒したことになる。 情けないのと、人間の死体に囲まれているという事実とで、俺は、全身の力が抜けたようにへたりこんだ。ユリアを抱きかかえたまま。……俺は、凄い……無力だ。 「おい」 呻き声を上げる男の背に刺さったダガーを引き抜いて、シンは低く言った。ダガーが抜かれる瞬間、血が噴出し、男は一際高い呻きをあげる。構わずにシンは男を足先で転がしてその首筋にダガーを当てた。 「ちょいと聞きたいことがあるな」 男は声もなく頷いた。 「その前にそのこけおどしの覆面をとってやろうか」 言って、シンは顔半分を覆う防具に手をかけた。一気に引き剥がす。 「……ほう?見た顔だな」 シンの声に振り返る。とは言っても俺が知っているはずもない。 「ガレリアに根を張っている盗賊団『銀狼の牙』のお頭さんじゃないか?」 ガレリア?どこだそれ。『銀狼の牙』? 俺には全然わからないが、シンの言葉は正解らしい。チョビ髭が青ざめたのは傷のせいだけではないだろう。 「……何者だ」 うーん、確かにどこだかの盗賊団のヘッドの顔を知ってるって言うのはタダモノじゃない気がする。そうじゃなくたって、レガードを知っているって時点で十分タダモノじゃないんだけど。ナタと言い、シンと言い……謎が多い。 「そんなことは関係ない。ガレリアからはるばる出張して来て、どんな用件だ?前にレガードに会ったとか言ってたな?知っていることを吐いてもらおうか。……誰に何を頼まれた」 シンってのは何度も言うけど、愛想がない。感情を一切表に出さないその淡々とした物言いは、何を考えているのか読めずに奇妙な迫力がある。チョビ髭は慌てたように言った。 「お、俺は何も知らねえよ」 「ほう……」 シンの鋭い瞳がすっと細められる。首筋に当てられたダガーを握る指先に力が込められた。刃が沈み込み、血が滲む。 「本当だ!!本当に何も知らないんだ!!ただ、変な男に頼まれて……」 「変な男?どんな」 「青い髪に青い瞳の若い男だ。突然俺たちの住処に現れて、バルザックってじーさんと一緒にこの男を殺せって、肖像画を渡されたんだよ!!」 息を飲む。じゃあレガードが消息を断ったのは、そのバルザックって奴と『銀狼の牙』の襲撃を受けたからなのか……!? 「見たこともないような大金渡されたから……」 「その、バルザックと言うのは何者だ?依頼して来た奴とは仲間なんだな?」 「知らねえ。バルザックは黒いロッドの魔術師だ。けど、依頼して来た奴は、バルザックのことを信用してないみたいだった。裏切らないよう監視しろとも言われた」 「レガードを襲撃した時に何が起きた」 チョビ髭は意図を問うように俺を見た。本人がいるのになぜそんなことを聞くのか訝しんでいるんだろう。お生憎だが、俺は本人じゃない。 「答えろ」 シンがまた指先に力を込める。 「わ、わかったよ。俺らとその男の仲間と戦闘になって……バルザックが魔法を使ったんだ。俺には良くわからない強力な魔法だ。その魔法が炸裂して、その場にいた全員が一瞬目が眩んだ。視力が戻って来た時にはそいつの姿は、その場になかったんだ!!」 なッ……。 「一度住処へ戻った俺たちのところに、またあの青髪の男が来て、探せって……」 「ご苦労」 言ってシンは、首に当てたダガーを真横に引いた。血飛沫が上がり、チョビ髭が仰け反る。 「シンッ駄目だッ……」 「もう無用だ。生かしておいてくだらない情報を流されても困る」 「シンッ……!!!」 血を噴いて息絶えたチョビ髭を地面に放り出して、シンが冷酷な顔つきのままで立ち上がった。それを呆然と眺めながら、唇を噛む。 ……わかってる、シンの言っている意味は。でも……でも、そんなのは、違う……ッ!!!! 家族がいて、大切に思う誰かがいて……人である以上、それは絶対で……。 一方的な都合で、無抵抗な人間を殺すとかそういうのは……ッ。そういうのは、俺には、受け入れられないッ!!!! 「……お前、本当に何者なんだ」 ダガーの血を拭って立ち上がったシンは、ダガーをしまいこみながら俺を見据えた。返す言葉を持たず、項垂れた俺はユリアを抱きかかえたまま沈黙を守った。 吐き気が、する。涙が出そうだ。 俺の周囲には今、人間の男たちの死体が、転がっている。 気が変になる……。 「お前、何か変だ」 その言い方はちょっと傷つくんですけど。 「……野営する場所を、探そう……」 のろのろと、ユリアを抱えて立ち上がった。 チャクラムでシンに首を吹っ飛ばされたいくつもの死体。そして足元に転がる、ダガーで首を真一文字に切り裂かれて絶命した男の体。薄く積もった白い雪の上に散る、赤い飛沫。……吐き気が、なくならない。こみ上げる涙がなぜか、頬を伝い落ちる。 背を向けた俺にシンは何か言いたそうな視線を投げかけていたけれど、やがて小さくため息をついて俺を追い越した。 「この少し先に旅人の為の小屋がある。今夜はそこだな。魔物の襲撃を恐れることなくゆっくり休める」 「……小屋?」 「ああ。現国王クレメンス8世は名君だ。俺は王侯だの貴族だのは嫌いだが、クレメンス8世陛下は善政を布いたからな」 先導するよう先を行きながらシンが淡々と説明する。 「国民の安全に重きを置いた政策だ。金のない地方都市に国費から防護壁を造り、商人が旅をするポイントに小屋を造った」 あ、と思った。 ヘイズに行った時、こんな小さな町にも防護壁があるんだなあと思った。……そういうことだったんだ。 「リノの村にはなかったけど……」 「全ての町や村に同時に出来るわけじゃない。少しずつ進めてたんだろう。これまでそんなことをしてくれた国王はいなかったからな。……この国はまだまだ至るところに不備がある」 「……」 それもそうか。いっぺんに出来るわけがない。 ユリアを抱えているから両手が使えずに、俺は自分の肩で無理矢理、頬を伝い落ちる涙を拭った。シンは、見えているだろうにそれについては何も言わず、話を続ける。 「レガードが継ぐならば、その意志を継いだ国政をしてくれるかもしれないな。……ここだ」 シンの言う小屋は、祭壇から僅か10メートルほどの場所にあった。木製で何か農家の物置みたいな本当に小さな小屋だったけど、小さな暖炉がついている。何より屋根があるのがありがたい。 その床に、俺がマントを敷いてユリアを横たわらせると、シンは暖炉の様子を見てたまっている灰を掻き出した。薪をくべて火を起こす。 「俺、レガードの身代わりなんだ」 シンが炎の種で燃えやすい藁の束に火をつけ、薪に炎を移す。薄暗い小屋の中、シンの顔が炎に照らされて赤く染まる。 「……」 黙ってシンは、火掻き棒で薪の位置を調整した。構わず続ける。何かを話していなければ、気が変になりそうだった。油断をすると、泣き出しそうだ。 「現国王クレメンス8世が病床について……後継者としてレガードが選ばれた。王位を受ける為、レガードは『王家の塔』に向かった」 「……」 微かにシンの表情が動く。 「風の砂漠か」 「そう。知ってるの」 「……続けろ」 「……」 やっぱり秘密らしい。 「……その途中でレガードが消息を絶った。その辺の詳しい話は、ユリアが言った通り、国政に関わることだから、俺の口からは言えない。ただ、レガードを探す為、『王家の塔』に向けて旅をする為……容姿がレガードに似ていると言う俺が、選ばれた」 「……容姿が似ているのは、偶然か」 「うん。別に身内でも何でもないから。……ただ、俺は」 言って良いんだろうか。でも、一緒に旅をするシンに伝えておかないと、さっきみたいな状況で危険に晒さないとも限らない。そんな気がする。 「……こっちの世界の人間じゃない」 シンが目を見開いた。いつも淡々としているその表情に「は?」と言うちょっとぽかんとした表情が浮かんでいて……妙に見慣れず俺は小さく笑った。 「何の冗談だ」 「冗談じゃない。……俺ってレガードそっくりなんだろ。俺はレガードに会ったことがないからわからないけど。こっちの世界でここまで似ている影武者を見つけられなかったんじゃないか?全く別の世界にいた俺は、こっちに引きずり込まれたんだ」 「まさか」 「だから俺は剣なんか握ったことがない。俺の世界では必要ないんだ。人を殺すことは禁忌とされている。……人を殺すことが、俺は、本能的に許容できない」 「……」 吐き捨てるように言う俺に、シンは複雑な顔をしていたが、やがて床に座り込んで荷物を漁った。干し肉やパン、ロートスの実なんかを取り出す。俺もそれに倣った。しばらく沈黙したまま、食事に専念する。 「……お前は、囮か?」 やがて食事を終えたシンがぽつりと言った。今度は俺が沈黙をする。 「レガードが消息を絶った。何者かが絡んでいる可能性がある。そこに起こったことを探る為、レガードの容姿を持った人間が再び旅をする。レガードの消息に絡んだ何者かが、コンタクトをしてくる。……そう。さっきの『銀狼の牙』のようにだ」 「……」 俺は噛んでいた干し肉を飲み下して小さく笑った。 「そう、なんだろうな」 「……」 「はっきりとは、言われなかったけど」 わけがわからないまま、旅に出た。けれど、前に進み、いろいろ考えていくほどに気がついていく。 レガードに似た俺に、レガードの行方を調査させる――俺は、多分、囮だ。 シャインカルクで見た面々を思い出すと、胸が痛んだ。はっきり告げられずに、囮とされたことに。……命を、懸けて。 けど。 「信じてくれてるって、そう、思うことにした」 「……」 「だから、ユリアがいるんだと思う」 シンの視線が動く。俺も横たわったままのユリアに視線を注いだ。 「レガードが消息を絶つことになったその何かに絡んだ誰かが接触してきて……俺が、死んだりとか。そうなるって思ってるんだったら、王女様のユリアの同行を許すはずがないって。……ユリアがここにいることが、彼らの俺に対する信用の証なんだって、そう思ってる」 その為に、シサーやニーナをつけてくれたんだろうと。 「めでたいやつだ」 「同感だ」 そっけなく言ったシンに俺は苦笑した。同感だけど。お人良しかなって思うけど。 ……そう、信じたいじゃないか。 誰より、俺の為に。 誰かを信じることは、必ず俺自身の為になる。 「……シンのこと、話してはくれないの」 パチン、と俺の背中で暖炉の火が弾ける。窓の外では、止んでいた雪がまたちらつき出していた。裸の木々が凍えている。 「……俺は、ギャヴァンの盗賊ギルドの人間だ」 ……。 「え!?」 ってことは。 「シン、盗賊!?」 「ああ」 うひゃー。そうなんだ……。 ――盗賊と言ってもいろいろあるのよ。職業盗賊は、ギルドと言う組合に属してるわ。別に危険な存在じゃないわよ、普通にしてれば。 いつだか、レイアが言っていたことを思い出した。本当だ。別に危険な存在じゃない。どころか頼りになる。 シンが飛び道具を武器として愛用し、気配を消したり足音も立てずに移動するのが得意なわけがようやくわかった。シサーにさえ気取られずに俺たちの後をつけることが出来ていたわけも。きっと『銀狼の牙』を知っていたのも、同じ盗賊同士だからなんだろう。 「その……ギルドのシーフが、何でレガードを?」 「言っただろう。借りがある。……それだけだ」 言ってシンは立ち上がった。 「今はまだ、それ以上は話せない。……もう、休もう」 「……うん」 半ば無理矢理話を打ち切られ、俺は仕方なく頷く。まだまだシンは謎が多い。 小屋の出入り口のところに見張りをするように蹲り、目を閉じたシンをぼんやりと見詰めて、俺も壁に寄りかかった。ため息をつく。 窓の向こう、祭壇から道の方には、男たちの死体が転がっている。 ――その夜もまた、俺は、眠ることが出来なかった。 2006/05/01 |
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