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推奨時期:第1部1話が読了していれば問題ないかと。



■ QUEST ex1 高校LIFE ■

(……あ)
 廊下を歩いていたわたしは、ふと窓の外に目を向けた。グラウンドで、うちのクラスの男子がサッカーをして遊んでいる。
 初夏とは言え、既に陽射しはかなり暑い。元気だなあ……。
 わたしの視線は、グラウンドを駆け回るひとりの男の子に注がれた。一緒にクラス委員を務める男の子。――野沢くん。
 切れ長の、一見鋭い瞳とシャープな顎のラインが何となくクールな印象を与えがちだけれど、瞳に浮かぶ優しい光と穏やかな表情がその印象を打ち消している。
(かっこいいなぁ……)
 胸の内でこっそり呟いて、ちょっとどきどきした。……見てるの、バレないかな。大丈夫だよね……。
「なーつーみッ」
「きゃぁッ……」
 無邪気な笑顔を浮かべてボールを追っ掛けているその姿を一心に見つめていたら、いきなり声を掛けられたのでどきっとする。思わず手に持った家庭科の教科書をバサバサと落としてしまった。
「……何そんなに動揺してるの?」
「……べべべべ別に、何でもないわよ?」
 冷静を装いながら、廊下に散らばった教科書と資料集を拾って再び胸に抱き上げた。わたしを驚かせた張本人の美佐子を軽く睨む。
「急に声をかけるからじゃないの……」
「そういう問題じゃないんじゃないかなあ」
 それほど長くない髪をポニーテールにしている美佐子は、くるんっと髪を人差し指でかき混ぜてにやーっと笑った。
「そんなに一生懸命、誰を見ていたのかなあ〜」
「みみみ見てないわよ。元気だなあって思ってただけで」
 言いながら、歩き出す。美佐子もわたしの後を追って来た。すぐに追いついて、隣に肩を並べる。
「野沢ねえ〜」
 どきッ……。
「ややややだなあ、何言ってんの美佐子ったら」
「どもりすぎ」
「……」
「だと思ってたんだよね」
「……」
 美佐子の言葉に、思わず顔が赤くなるのが止められない。そっと頬に手を当ててみると、何だか熱いみたい。
「顔赤いよ」
「……風邪かしらね」
「……なつみだったら、いけるんじゃないかなあ」
「……」
 思わず目を瞬かせて、美佐子を見つめた。小さく首を傾げる。
「……ねえ、そんなにバレバレなの?」
「ま、ね。あたしから見てるとね」
「そっか」
 観念して、白状する。
「だって、言うの恥ずかしかったんだもの」
「そんなこと言ってると、他のコにとられちゃうよ?」
「……」
 特別棟の校舎には、あんまり人がいない。家庭科の課題で、ちょっと早めにやっておきたかったものだから、昼休みの内に早めに家庭科室へ向かっていたんだけど……もしかすると、鍵がかかっているかもしれない。
「そんなこと……言ったって」
「告っちゃえば良いのに」
「ええええええ!?」
 さらっと言った美佐子の言葉に仰天して、わたしは思わず大きな声を出してしまった。美佐子がぎょっとしたように、前につんのめる。
「な、なつみ……驚きすぎだよ……」
「あ、ごめん。だって……とんでもないこと言うんだもの」
 とんでもないかなあ〜と、美佐子は頬をぽりぽりと掻いた。変なことを言うから、また顔が赤くなっちゃう。
「イマドキ、受身じゃ良い恋はつかめませんぜ、お嬢さん」
「む、無理よだって」
「そうかなあ。野沢の方も、結構なつみにイイ感じだと思うけどなー」
 そんなこと言われると、そうかな……なんて思っちゃうじゃないの……。
「ま、まあ……優しいとは思うけど……」
 でも……わたし以外にだって優しいと言えば優しいし。
「けど、もうじき夏休みだよ。夏休み前とかって結構告ったりするコ、出るんじゃない?ヤバイかもよ」
「……」
 そうやって不安を煽らないで。
「あたしはねー、野沢ってちょっと真面目すぎるとこあるからパスなんだけどー」
「パスとか言わないで」
「あたしも好きとか言われるより良いでしょ」
「そりゃあそうだけど」
「それはともかく、D組の相原さん、野沢狙いだってよ」
 バサバサバサッ。
 わたしは再び教科書と資料集を床に落としてしまった。だだだって。D組の相原さんって言ったら。
「……あの?」
「そう。美人でタカビで女王な相原」
 ……それは言い過ぎじゃないの?
「本当?」
「本人に聞いたわけじゃないけどねー。噂」
 やだやだやだ。どうしよう。
 思わず泣きそうな顔をして立ち止まると、すたすたとわたしを置いて歩いていた美佐子は慌てて振り返った。
「ちょっと、泣かないでよそんくらいで」
「泣かないけどッ」
「だから告っちゃえば良いじゃんって」
「……相原さんより先に?」
「そう。なつみならいけると思うよー、あたし。満更じゃなさそーじゃん」
「そう、かな……」
「わかんないけど」
「……無責任だわ、その言い草って」
 がっくりと肩を落として呟きながら、再び歩き出す。美佐子は、からからと笑った。
「本人じゃないもん」
 言いながら、美佐子は家庭科室の扉に手を掛けた。がらっと開ける。鍵はかかっていなかったみたい。良かった。
 中に入り込んで、自分の席に教科書を置いて腰を下ろす。机に頬杖をついて、ぼんやりと野沢くんを思い浮かべた。
 ……相原さんか。あれだけ美人なんだもの。告白されたら、野沢くんだって嬉しいんじゃないかな。……やだな、彼女とか出来ちゃったら。
(どうしよう)
 告白……か。

 美佐子にけしかけられてから、『告白』と言う言葉が頭の中でぐるぐるして離れない。考えれば考えるほど、どきどきしちゃって……眠れなくなる。
(どうしようどうしよう……)
 こんなこと悩んでる間に、誰かが告白しちゃうかもしれない。
 でも告白って、どうしたら良いの?何て言えば良いの?
――好きって?
(きゃあああああ……)
 考えただけで、貧血起こしそう。
 その日の昼休み、教室を抜け出して人気のない、非常階段でわたしはこっそりため息をついていた。さわさわと優しい風がわたしの髪を揺らす。……心を、揺らす。
(どうしたい?)
 もっとそばにいたい。
(伝えたいの?)
 ……わからない。でも、気づいて欲しい。
(伝えられるの?)
 ……。
(ふられたら、どうしたら良いの?)
 わたしの立っている場所からは、中庭が見える。
 この学校は大学の付属だから、大学と共用のいろんな施設が敷地内にあって、大学との共用施設のところにある中庭で大学生とか高校生とかがのんびり昼休みをくつろいでいる姿が見えた。その姿を見下ろしてため息を……ついて。
(……え?)
 その、わたしの視界を、野沢くんが歩いて行くのが見えた。中庭の石畳の通路をひとり、奥へ向かって歩いて行く。
(どこ、行くのかな)
 思わず見守っていると、野沢くんはそのまま建物の陰に向かって通路を逸れた。設えられているベンチの前で立ち止まる。
(あはッ……寝る場所探してたんだ)
 可愛いかも。
 小さく吹き出す。わたしがこんなところから見ていることに気がつかずに、野沢くんはころんと横になった。寝ちゃうのかな?
――今なら、ひとり。
 不意に胸の中で、誰かが囁いた。どきっとする。
(今なら)
 考えたら、どきどきして止まらなくなった。手が、膝が、震える。
 ……どうする?どうする?どうしよう!?
(伝えたい……)
 誰にも渡したくない……。
 そう、思ったら、わたしは踵を返していた。そのまま非常階段を駆け下りていく。


(ふられたら……)


――考えない!!


(相原さんが野沢狙いだって)


――嫌……ッ。


 上履きのまま、非常階段を駆け下りる。そのまま、野沢くんが通ったのと同じ通路を歩いて中庭を横切った。彼が寝ているはずの建物の陰に、近付いていく。
(……落ち着いて)
 足を止めて、深呼吸。
 どきどきする胸に、右手を当てた。鼓動が早すぎて、息さえ苦しい。
(……落ち着いて)



―Ready Alright?



 最後にひとつ、大きな息をつくと、わたしは再び足を踏み出した。
 彼に、自分の気持ちを伝える為に。





2006/06/18