| ■ 5 南へ・・・ ■ アギナルドの小屋までは、嘘のように順調だった。天気も良いし、自然が豊かだと自負するだけあって心地良い風と木々の緑が快適だ。ひどくのどかで、昨日の出来事なんか嘘のようだ。 ユリアは王女様と言うことを思えば、驚くほど体力があった。いや、本当にあるのかどうかはわからないけど、弱音は一切吐かなかった。途中、それほど休憩を挟まない強行軍であるにも関わらず。 歩きながら、ユリアはぽつりぽつりとレガードのことを話した。身分のせいだろう、彼女の周囲には幼少の頃から同い年くらいの子供などはいなくて、当時エルレ・デルファルの学院を卒業したばかりだった、10歳年上のシェインが精一杯だったと言う。 宮廷魔術師は特に世襲制と言うわけではないのだが、祖父も父も宮廷魔術師を務めたシェインは、言わばサラブレッドのような感じで、既に将来宮廷魔術師として目されていた為王城に出入りすることが許されていたのだそうだ。庭でひとりで遊んでいたユリアを王女とは思わずに気楽に遊んでくれたらしい。 レガードが出入りするようになったのもその頃だ。ユリアの父クレメンスと、レガードの祖父アルラロナン3世は、その昔ロドリスを中心とするバート、ナタリアの3カ国連盟の反乱に対し、共にアルトガーデンを平定する為に戦った戦友であり、クレメンスの命をアルラロナンが救ったと言う経緯から親しく交流をしていた。 第2王子であるレガードを、アルラロナン3世の息子……つまりレガードの父フェルナンド7世は割と自由にさせており、社会勉強としてシャインカルク城に3年ほど住まわせたこともあると言う。 つまり、ユリアにとって2つ年上のレガードは唯一の年の近い友人でたったひとりの異性だったと言うわけだ。 シェインはそんな2人を温かく見守る、兄のような存在だったとユリアは言った。娼館に入り浸り、俺を連れては酒を飲ますという暴挙しか知らない俺は意外な一面を知ったような気がした。 年が近いと言えば、キグナスもほぼ俺やユリアと同年代なのだが、彼が王城に出入りするようになったのはごく最近のことらしい。 「レガードとシェインは、わたしにとってかけがえのない存在なの。3人で、育ってきたんだもの」 話を聞いているうちに、内心首を傾げる。ユリアのレガードに対する想いって言うのは……いわゆる『恋愛感情』なのだとばかり思っていた。立場が何せ、婚約者なわけだし。 でも、話を聞いてるとレガードとシェインってのは、ユリアの中で同列1位って感じで……それって恋愛感情か? 「……もしもさ」 「ん」 「姿を消したのがレガードじゃなくてシェインだったら、どうする?」 問われている意味がわからないように、ユリアは目を丸くしていたが、やがて決然と頷いた。 「もちろん、わたしが探しに行くわ。レガードもシェインも同じようにわたしには大切だわ」 「ふうん……?」 それって、むしろ家族? 「なーんか暇になっちゃうわねー。ぱーっと魔物の1匹でも出ないかしらねー」 手を抜いて俺の頭の上でごろごろしているレイアが猛烈にとんでもないことを言う。馬鹿言え。出られてたまるか。 「レイア。怪語れば怪至ると言ってだな……」 「だーってつまんないんだもの」 「つまるとかつまらないとか言う問題じゃないッ。この状態がつまらないなら、俺はぜひつまらない旅をお願いしたいッ」 可愛い女の子とのんびり会話を楽しみながら旅をするなら、俺はその方がよっぽどつまってる。 噛み付くように言う俺の髪をレイアが引っ張る。……いーたーいっつーのッ。 「良いコンビね」 「そういう趣味はありません、俺」 俺とレイアのやりとりに、ユリアがくすくすと笑った。ちょっとその笑顔に、どきどきする。 いやいや、普通の感情でしょ?好きだの嫌いだのって言う深い感情があるわけじゃないけど、可愛い女の子の笑顔に心洗われるのは男なら誰でもそうなはず。 最初こそ『王女サマ!!!』と言う……何て言うのかな、別次元の人間って感じで勝手に壁を作っていたわけだけど、こうして2人でずっと肩を並べてひたすら歩き続けて話をしてみると、高貴なドレスを身に纏っていない彼女は一気に距離がぐっと縮まったような感じで……普通の、女の子で。 時々ぽや〜っと蹴躓いたり、とんちんかんなことを口走ってたりするのが素直に可愛い。 「あ、カズキ……あれじゃない」 にこにこするユリアに、一緒になってでれでれ……じゃない、にこにこしていると、頭の上でレイアが言った。レイアの示す方向にはナタから聞いていた通り、小さな木々の塊が見える。そちらへ向かうべく、俺たちは右手の方へと道を逸れた。 さほど背の高い木があるわけじゃない。2、3メートルくらいの大きさがせいぜいで、枝は割りといっぱいに広がっている。足元には逆に背の高い細い草が生い茂っているから、あいている空間がちょうど俺の腰の辺りから頭のちょい上くらいまでしかないって感じ。 だけど規模自体はそんなに大きくはなさそうだ。確かに森というよりは林と言った方が良いだろう。 俺たちが入ろうとしている場所が悪いのか、それともそもそも続く道がないのか、女の子にはちょっと可哀想な道だ。先に足を踏み入れながら振り返る。 「ユリア、大丈夫?」 「ありがとう。大丈夫」 「ありがとう。わたしも大丈夫」 「……レイアは少し、自力で何とかしろよ」 俺の頭でごろごろしたまんまユリアの口調を真似て言うレイアを、見えないけど睨み上げながら、ゆっくりと木々を掻き分け、草を踏み分けた。少しでも、続くユリアが楽の通れるように気遣いながら進んでいく。 「ユリアも疲れただろ。多分もう少しだから……アギナルドさんの小屋についたら、少しは休めると思うし……」 ……と、これ、道か?道かな。進んでいる間に、良く良く見てみるとそれらしきものにぶつかった。とは言え、道というには余りにお粗末と言うか、どちらかと言えば獣道と言う感じの細い道だ。どちらにしても足場はかなりよろしくない。 小屋らしきものが見えたのは、林に分け入ってからほんの10分程度のところだった。本当に小さい。 姿を現わした小屋は、レンガ造りの小さいながらもしっかりした造りなのが見て取れるもので、『隠れ武器職人の偏屈じじい』の小屋だと思って漠然と無愛想な木の小屋を想像していた俺は少しばかり意表を突かれた。 ……さて。 ついてしまったがどうしよう。 小屋の前に佇んで、しばし思い悩む。問題は何と言って魔法石を略奪……もとい強奪……じゃない、お裾分けいただくかだ。ナタに言われるがままに来てしまったけど、まさかおもむろに「魔法石くれ」だの「何かいいもんくれ」だのは……言えないだろう、やっぱり。人として。 「カズキ?」 ユリアが立ち竦んでしまった俺を訝しげに覗き込む。えーと……どうしようかなあ……。 相手は、武器職人。だとすればやっぱり、攻める方向は、武器。 あ、でもそうか。ついでだから本当に、何か武器について話を聞いてみるのが良いかもしれない。俺みたいなド素人でも何とかこう扱えそうなものが存在するのかもしれないし。 そう思いついてポンと手を叩き、顔を上げたところで、不意にドアのほうが自動的にがちゃりと開いた。ので、驚く。うわぁ。 ぴょこんと顔を出したのは、何だか犬みたいな顔つきの毛もくじゃらだった。 (……魔物!?) 驚きの余り心臓が跳ね上がり、条件反射で仰け反った俺だけど、驚いたのは相手も同じだったようだ。いや、むしろ相手の方が驚いたと言っても良いかもしれない。小さな目をぱっと見開くと見てるこっちが可哀想になるくらい慌てふためいて中に飛び込んで行った。 ……何だったんだ、一体。 「コボルトね」 ぼそりとレイアが頭の上から告げる。コボルト? そう言えば、ナタが言ってたな、そんなこと。コボルトとどうとかこうとかって。……そうか、あれがコボルトなのか。シャインカルク城でキグナスが言ってたことには、コボルトはかなり大人しく内気な性質で、人を襲うことはまずないんだそうだ。手先が器用で、機械いじりみたいなそういうのが得意らしい。……危険はない、ってことだよな。 そう結論付けると思い切って、そのドアをノックしてみる。が、反応は静かなものだった。 「すみません」 もう一度ノックしてみると、恐る恐ると言う感じで再びさっきのコボルトが顔を出した。 「あの……アギナルドさんて方は……」 つられて俺も恐る恐る言うと、コボルトはぴょこんと耳を立てた。それから「待て」と言うようなジェスチャーをして、ドアを開けたままで中に戻って行った。物音はしない。 「……いないのかしら」 ユリアが俺を見上げてそう言ったところで、ペタペタと軽い足音がした。こちらへ向かってくる。 「何じゃ、おぬしらは」 突然声がして驚いた。見れば、いつの間にか俺の正面に立っていたらしい。全然気がつかなかった。何となれば、頭の位置があまりに想定していたところと違うところにあったもので。 かなり背の低いじいさんだ。頭が俺の腹の位置くらいにある。茶色い、漫画日本昔話にでも出てきそうな頭巾を頭に被り、グレーのふさふさ眉毛の下の目は鋭い光を放っていた。口の周りにもディズニーの7人の小人みたいな髭がふさふさと生えている。 「あ、あの……」 「知らぬ顔だな。用がないなら帰れ」 いやいや。俺、まだ「あの」しか言ってないんですけど。 「どうやってここにたどり着いたかは知らんが、わしに用はない。帰れ」 だから俺、まだ何も言ってないんだってば。しゃべらせてくれ。 「ナタからの紹介でッ」 ドアを閉めかねない勢いだったので、俺は口を挟まれる前に慌てて早口で言った。背を向けかけた老人の動きが止まる。 「何?ナタ?」 やだな、これで「知らぬ」とか言われたら。 内心びくびくしていると、アギナルド老は低い目線から俺を見上げて、やがてドアを閉めるそぶりもなく背を向けた。 「入れ」 おお。態度が好転した。凄ぇ、ナタ。 思わずユリアと顔を見合わせていると、中から怒鳴り声が聞こえた。 「早く入れ!!」 「ははははい」 せっかちだなあ、もう……。 老人に続く形で中に入る。家の中は全てが小作りで、けれどきちんと手入れされているのがわかった。シンプルでセンスが良い。 「座れ。ロット。客人に茶の用意じゃ」 さっきのコボルトはロットと言う名前らしい。ロットは壁際でじっと俺たちの動向を窺っていたが、老人の言葉に部屋の奥のドアから姿を消した。 勧められるままに、温かい色合いの木で出来た椅子に腰を下ろす。老人は暖炉のすぐそばの、やっぱり木で出来た揺り椅子に腰を下ろした。 「それで、何の用だ」 あ、そうだった。何て言おう。 「あの、俺、野沢……じゃない、ええと、カズキと言います。初めまして」 とりあえず挨拶なんかしてみる。初対面だし。俺は座ったままで姿勢を正して名乗った。ぺこんっと頭を下げると、愛想のかけらもない声でじじぃが言った。 「ふん。挨拶くらいは出来るようだ」 ……そりゃどうも。 「ナタから、凄腕の武器職人だとお話を伺いました。少し、話を聞いてもらって……良かったら相談に乗っていただけないかと思っています」 「人にどう評価されるかなど、わしの知ったことじゃない。やりたいようにやる。それだけじゃ」 くそぅ、本当に偏屈だぞ。 話を聞いてくれるつもりがあるんだかないんだか判断に迷っていると、アギナルド老は「それで」と話を促した。一応聞いてはくれるらしい。ちょっと安心。 「俺は、ある依頼を受けて旅をしている途中なんです。だけど俺は訓練を積んだ戦士じゃない。武器の扱い方も、良く知りません。何か、力になってはもらえないでしょうか」 例えば、俺でも簡単に扱える武器とかそういうの、ないだろうか。俺は、当然ながら武器そのものの知識も浅い。 失礼にならないように言葉を選び選びお願いをする俺に、じじぃはふんと鼻を鳴らした。 「甘ったれとるな」 何だとぅ。 「この世界で訓練も積まずに旅に出て剣を振り回そうなど100年早い。修行をしてから出直すのだな」 100年も待ってられるか。明日にでも元の世界に帰りたいってのに。 けど、そんなことも言えず、まさか違う世界から来ましたとも言えない俺は勢い黙った。何かを口にすればそれが言い訳になりそうだ、いや言い訳って言うか事実なんだけど、アギナルド老にはそんなことは関係ないだろうから言い訳にしか見えないだろう。そう思えば言葉が見つからない。 ユリアが割って入ったのはその時だった。 「違うわ」 「何?」 「彼が悪いんじゃない。……わたしが、無理矢理この世界に引きずり込んだのよ」 「……」 訝しげなアギナルド老の視線にも構わずに、ユリアは続けた。……おい。そんなこと気軽に言って良いのか?そりゃあ俺もパララーザに言っちゃったけど。 「彼はこの世界の人間じゃない。彼じゃなきゃ駄目な理由が出来たわたしが、魔術師に頼んで無理矢理この世界に引っ張ってきてもらったの。彼の住む世界じゃ魔物もいなければ剣も必要がない。持ったことなんかないの、当然なのよ」 「どういうことだ」 訝しげな視線を向ける老人に、ユリアは負けじと視線を返しながら言った。 「言葉の通りよ……。異世界の人間を、この世界に引きずり込んだの。けれど修行を積むまで待っているわけにはいかない。人の……わたしの婚約者の生命がかかってる。のんびりしているほどの時間が、ないの」 「……」 「お願いです。何か、力になってはもらえないでしょうか」 老人はしばらく真偽を確かめるようにユリアをじっと見詰めたまま黙していた。それから俺に確認するように視線を向ける。それを受けて、俺も真っ直ぐ見返して頷いた。 「……情けないことをお願いしていることは、わかっています。だけど、進みながら慣れていくしかないんだと思ってます。……その前に、命を落とすわけにはいかない」 考えるように無言で俺の顔を見つめていたアギナルド老は、やがてふうっと息をついて立ち上がった。 「カズキ、と言ったな」 「あ、はい」 「ついて来い」 「はい」 ついて来いと言った割りには、俺がついて来るかどうか確かめもせずに老人はすたすたと奥の部屋へ向かって歩き出した。思わず、またユリアと顔を見合わせてから慌てて立ち上がる。その場にユリアとレイアを残して急いで老人の後を追った。入れ違いにコボルトのロットがお茶を持って現われる。 「どこへ……」 「黙ってついて来い」 はい……。 老人はすたすたと奥の廊下を進み、突き当たりの扉を開いた。中に入ると更に床に扉があり、それを引き開ける。地下に通じる階段が姿を現わした。 「その剣を寄越せ」 「え?」 その剣?って、俺の? 言われるままに、俺は腰の剣を鞘ごと渡した。老人は何も言わずに受け取り、階段を下りていく。慌てて後をついて行くと、地下にあったそれは鍛冶場だった。 「良い剣だ」 剣をためつすがめつして、老人はしみじみと呟いた。さっきのむっつりした顔はどこへやら、生き生きとした表情をしている。……ふうん。本当に武器が好きなんだ、この人。 「これなら、どんなぼんくらでも多少は扱うことが出来よう?」 ぼ、ぼんくらってあのねえ……。……ぼんくらですけど。 「軽かろう」 「あ、はい」 問われて、俺は素直に頷いた。それは、まったくそうだったので。 当然だが、剣は鉄の固まりだし、俺は通常高校生男子以上の筋肉はない。だからそれなりの重さを覚悟してはいたんだけれど。これが思いの外軽くてびっくりしたんだった。だからこそ、ウォーウルフと遭遇した時に滅茶苦茶に振り回すなんて芸当が出来たんだが。 剣って意外とそういうもんなんだ、と勝手に思ってたんだけど。そういうわけではないらしい。 「ただ、手入れが少々手緩いな。そのせいで本来の切れ味が生かせない。この剣は鉄で出来ているわけではない。知っているか?」 ふぇ? 「知りません」 あっさり答える俺に、アギナルド老はやれやれと顔を横に振った。……しょおがねえじゃん、知らないんだから……。 「これはファントム・エメリーと言う特殊な鉱石で出来ている。時折、魔剣などにも見かけるな」 「石!?」 「そのおかげで、普通の剣などのように何かを斬った後に、血錆や脂などで切れ味が格段に悪くなるようなことはまずない。錆も刃毀れもないからな。日頃の手入れさえ怠らなければ随分と持つはずだ」 「そんな特殊なもんだったんですか?」 ぎょっとして問い返す俺に、アギナルド老はちらりと俺を見た。 「高価な剣だ。一度鍛えてやれば、もっと手軽に扱えよう。尤も、魔法剣のように自動的に敵に襲い掛かったりなんかはしてくれぬがな。後は修行あるのみじゃ」 さすがお城に眠ってた剣。とりあえず安物ではないらしい。 「ナタの紹介とあっては無下に追い返せまい。剣はわしが鍛えてやる」 「あ、ありがとうございます!!」 その言葉に、俺は本心から礼を言った。頭を下げる。見ず知らずの俺の剣を鍛え直してくれるなんて……良い人なんじゃん。ってか、ナタって凄ぇ。 「鍛え直すにはそれほど時間はとらせん。そこらで適当に待っておれ」 アギナルド老の言葉通り、鍛え直すのには1時間もかからなかった。鍛え直されて、刀身も輝きを増した剣を受け取って頭を再び下げる。 「本当に、ありがとうございました。代金は……」 いきなり押し掛けて こんなことさせといて、タダってわけにはいかんでしょう。俺が荷袋に手を突っ込みながら尋ねるとアギナルド老は少し考えるようにして頷いた。 「報酬は、受け取るとしよう。……ただし、金はいらん」 へ?んじゃ、労働? 「これから旅を続けるに当たって、装備出来る者のいない武器を手に入れることがあれば、それを持って来てもらおうか。代金は別途、支払おう」 俺が剣を鍛えてもらって、そのお礼にそう言う武器を持って来るってんならともかくとして、それに代金もらっちゃったら変じゃん、それ、お礼じゃないじゃん。 そう思って返答に詰まっていると、アギナルド老は会ってから多分初めて、微かに微笑んだ。 「そう、約束をしてくれればそれで良い。わしが良いと言っておるのだから、それで良かろう」 そりゃあそーかもしれないけど……。悪いじゃん、何か。俺の気が済まないじゃん。 あくまで不服そうな俺に、アギナルド老は根負けしたのか苦笑を浮かべてロットを呼んだ。 「わかった。ならば少々労働をしてもらおう。ロットの鍛冶場の掃除を手伝ってやってくれ」 ようやく、老人の恩に報いる機会を手に入れ、俺が意気揚々とロットの掃除を手伝ってそれを終えた頃には、既にだいぶ日が傾いていた。……しまった。今からギャヴァンに向かっても、日没には間に合わない。 かくて俺は、家中の掃除と庭の掃除をも引き受ける代わりに、図々しくも老人に泊めてくれるよう要請し、ナタに『偏屈』と言わせしめた人物に「お前のような奴には会ったことがないわい」と呆れ果てたお言葉までちょうだいする羽目になったのだった。 ◆ ◇ ◆ シャインカルク城を発って3日目の朝、アギナルド老はロットと並んで俺たちを見送ってくれた。 「本当に、ありがとうございました」 アギナルド老に鍛えてもらった剣は、切れ味を増したように思えるのに加え、一層軽くなったような気がする。 「お前は、良い瞳をしているな」 ……は? 「真面目な瞳だ。色のついてない瞳をしている。だから、剣を鍛えてやろうと言う気になった。……ロット」 色のついてない瞳?黒ですけど。 言われてる意味がわからなくて目を瞬くけど、老人は答えてくれる気はないらしい。ロットを呼ぶと、ロットが手に持っていた布袋を俺に向かって差し出した。ので、素直につい受け取ってしまった。 「……これは?」 「手土産じゃ。大して入ってはいないがな。手ぶらで帰したとあってはナタに何を言われたものか、知れたものではない」 「ありがとうございます……あ……」 袋の中を覗き込んで、絶句した。色取り取りの、石。……魔法石……。 剣を鍛えてもらったので、諦めていた。さすがにそこまでは図々しくなれない。けれどまさか、もらえるとは……。 「……助かります」 本当に。 人間、心の底から感謝をすれば、本当に頭が下がるものだ。深々と礼を言ってアギナルド老の小屋を後にする。 少しだけ、心が軽くなった。俺って単純。剣に磨きがかかって、遠距離攻撃が可能になるだけで、きっと……随分違う。 「カズキのおかげで、助かったわね。ありがとう」 軽い足取りで弾むように俺の隣を歩きながら、ユリアが笑った。 「俺?何もしてないよ」 「カズキがアギナルドさんのところでたくさん働いたんだもの。だから、カズキのおかげだわ」 ありがとう、ともう一度微笑むユリアに、少し照れ臭くなった。そりゃあ働かされましたけど。家中掃除しまくりましたけど。 でも、アギナルド老の親切と、ユリアの笑顔に報われる。 「いいえ……」 そう、だよな。 これからシサーと言う人に会って協力をしてもらうんであっても、少しは……。 少しは、俺が、ユリアを守ってあげたいじゃん。やっぱり。少なくとも「だっせぇ」とは……思われたくないじゃん? (だったら……) 頑張って、強くならなきゃ。 剣とか、技量とかって以前としてまず……少なくとも、俺は、戦うことには、慣れなきゃならない。 そこからギャヴァンまではもう数時間だった。日が高いうちに出発したせいかワンダリングモンスターに遭遇するようなこともなく、昼過ぎくらいにはようやくギャヴァンの街に到着した。強くならなきゃとは言え、魔物になんぞ会いたくないと言う本音は変わらないわけで。 (ようやくついた……) ここに到着してしまえば、とりあえず、俺だけで何とかしなきゃと言う気分は緩くなる。だってここには『お傭兵様』がいる!!……いいんだ別に。日本語がおかしくったって。 ローレシア大陸の南の方にあるヴァルスは総じて気候は穏やかで暖かい。今、俺流に言えば季節は冬で大体1月頃にあたるみたいなんだけど、それでレオノーラ近郊は秋口の気候なわけで。 ヘイズについた辺りから段々とあったかくなっていって、ローレシア最南端にあたるギャヴァン近辺になった頃にはマントをするには少々ツライ気温になっていた。歩き続けているせいもあるんだろう。ので、俺はマントと上着を脱いで、シリーにもらったシャツをタンクトップの上に羽織っている状態になっている。 ギャヴァンは、レイアが言っていた通り大きく、賑やかな街だった。レオノーラとは違う雰囲気で活気がある。 大通り沿いにはずらりと屋台が並び、客引きが引きもきらない。昼間からビール片手に広場で音楽を奏で、歌い踊る姿はレオノーラではちょっと見られない光景だ。下町風と言えば、確かに言える。 あと、レオノーラと決定的に違うのは、街中に溢れる潮の香りだった。レオノーラは内陸なので、それほど潮の香りは流れて来ない。ヘイズなんかも海沿いなんだけど、風向きの関係かさほど「ああ、海だ」と言う印象がなかった。 ここはまさに「ああ、港街に来たんだなあ」と思わせる。 「賑やかね」 大通りを歩きながら辺りを見回してユリアがくすっと笑った。 「さて、どうしようか。その、『再会の酒場』とやらに行ってみる?」 とりあえずはさっさとシサーを掴まえてひと安心したい。俺としてはゆっくりするのはその後で全然遅くない。だって、掴まえられなかったら洒落にならない。 それとも酒場だからこんな時間じゃやってないだろーか。でもこの雰囲気だと、昼も夜も関係なさそうなんだけど。 「こんな日が高い時間に行ったって、どうせシサーはいないわ。宿、探しちゃいましょ、先に」 ぐいぐいとレイアが俺の頭の上で髪を引っ張りながら提案する。すっかり俺の頭の上がレイアの定位置になってしまったようだ。 「じゃあ、そうしよう」 その提案に従って、とりあえず今日泊まる宿を探すことにする。良く考えてみると、俺、こっち来てから宿に泊まるのって初めて。最初は王城だったし、一昨日はキャンプ、昨日はアギナルド邸だ。こっちの宿って、どんなんなんだろ。……別にあっちの世界と大差ないのかな。風呂とか、あるのかな。返り血を浴びてた関係で、パララーザでは朝水を貸してもらって軽く拭くだけは拭いたけど……やっぱり風呂に入りたい。 街の入り口から程近い『海南亭』と言う食堂を兼ねた宿に部屋を取り、日が暮れるまで自由行動と言うことにした。ユリアと隣り合った部屋を取り、そのひとつに入る。床に荷物を放り出して、粗末と言えば言えるベッドに俺は転がった。 うあー……やっぱ慣れないことしてるせいか、疲れるなあ……。 (眠いなぁ……) 昨夜は何せ、ろくに眠れなかったからな……。 アギナルド邸には客室がひとつしかなかった。 ひとつしかないと言うことはユリアと同室にされた。 そりゃあレイアだっているにはいたけど、そういう状況下、あんなにちっちゃなイキモノは俺の視界から削除されるに決まってるだろ。 ……とくれば眠れるわけがない。動揺の余り鼻血のひとつも噴かなかったのが幸いだ。思春期にはちょっと酷。野営するのとはまたわけが違う。 結局部屋にいられずに抜け出して、居間のソファでうつらうつらしかしていない。 硬いベッドの薄い布団の上で伸びをすると、俺は窓から見える空を眺めた。眠いのは確かだけど、このまま寝ちゃうのはちょっともったいないような気もする。 (……散策、して来ようかな) せっかくだし。次はいつ来られるかわかんないし。って、永遠に来られないかもしれないじゃん? 跳ね起きて荷袋の中から路銀の入った皮袋だけを抜き出すと、俺は部屋を出た。廊下には人の気配はない。ユリアに声をかけようか少し迷う。けど。 ……旅慣れないのは彼女もそうだろうしな……何たって王女様だ。 そう思って、結局ひとりで宿を出た。相変わらず外は賑やかだ。レオノーラと違って、何だろう……生きる活力に溢れているような、そんな活気。東京と大阪の違いみたいなもんか? 潮の匂いに誘われるように、大通りを南の方へ向かう。途中、まんまと客引きに捕まって屋台で串焼きなんか買いながら歩いて行くと、やがて宿屋や飲み屋、土産物屋が連立し始めて、波の音が聞こえてきた。……海だ。 街から海を隔てるように壁が聳えたち、開かれた門を抜けて小さな階段を降りるとそこはもう波止場で、何艘もの船が波に揺られていた。強い潮の香り。 天気は良く、空を無数の白い鳥が鳴きながら旋回している。俺から左手の奥の方では、船が着いたばかりなのか積荷を下ろしている様子が見え、風に自分の髪が靡くのを片手で押さえながら俺はふらふらとそちらを目指して歩き出した。 近付いてみると、積荷を下ろす男たちはみんな屈強で真っ黒に焼けているのがわかる。丸太のような太い腕、気合いの入った掛け声。凄いな、何か……。 「坊主、どうした」 ぽかんとその様子に見入っていると、積荷を下ろす指導をしていた男が俺に気付いて声をかけた。オレンジ色の長い髪を後ろで1本に束ねている。右目には眼帯をしていて、まるで映画の中の海賊みたいだ。白いTシャツの袖から覗く腕は太く、殴られたら俺なんか木っ端微塵になりそうだった。 「あ、いえ……凄いなと思って」 「初めてか」 「はい」 「見てても構いやしねぇが、邪魔んなるなよ」 「あ、はい」 俺はしばらくそこで荷物の積み下ろしを眺め、それからさっきの男性に頭を下げてその場を離れた。大通りに続く階段を目指して元来た道を歩き出す。 (……同じ世界に、見えるのにな……) こうして海なんか見てると。俺のいた世界と何が違うのかよくわからない。でもこの海の底には、俺なんか想像もつかないような得体の知れない魔物とかもいるんだろう。変な感じだ。 ふと足を止めてしばらく海に見入った。 俺が高校の中庭からこっちに連れて来られてもう1ヶ月以上が経過している。何だか段々あっちの世界の方が夢なんじゃないかなんて……そんなふうにも思えてしまう時があって怖い。けど、この世界には俺の居場所があるわけじゃない。レガードが戻れば代役の俺なんか用済みなわけだし、何をする能力があるわけでもない。勝手も相変わらずわからない。 何より……家族に、友達に……会いたい。 (……夢だった……わけじゃ、ないよな……) この世界に生きる俺が見た、異世界の幸せな夢。……まさか、な……。 ぶるぶると頭を振る。時々、夜中にふと目が覚めるとそんなつまらない考えに頭が支配されることがあった。『元の世界』なんか最初からなくて、俺の世界はここで全て俺の妄想で。……なんて。 ……ま、考えても始まらない。今すべきことをするしかないんだし。 そんなふうに自分を強制的に納得させて、俺はまた街へ戻った。さっきとは違う道を北の方へ向かって下る。途中、こんな時間からひどく盛り上がっている巨大な酒場があった。屈強な海の男たちが大声で酒を飲み交わしている。そこから更に北へ向かうと、街の入り口の方とは違う広場があって、大道芸人が芸を披露していた。バンドみたいな人たちが何人かで集まって音楽を奏でる。こういうのもストリートミュージシャンって言うんだろうか。上手いな。 しばらくそうしたストリートパフォーマンスに目を奪われ、土産物屋などを覗いたりしているとあっという間にもう日暮れだった。 『海南亭』に戻り、1階の食堂に足を踏み入れる。と、奥の方のテーブルにユリアの姿が見えた。何やら少し酔っ払っているらしい男がしきりとユリアに話しかけている。 (……) 何となく軽くむかつきながら、そっちに足を向ける。こっちの世界でもやっぱりナンパなんてのがあるらしい。そりゃあ娼館だってあるわけだし、そういうことなんだろうけどさ。 つかつかとユリアのテーブルに近付き、困惑した顔で男を見上げているユリアの向かいの椅子に腰を下ろす。黙ってその男をじろっと睨むと、「何だ男付きなのか」とぼやいて男は去って行った。 「カズキ。……ありがとう」 「どういたしまして」 ほっとしたようなユリアの顔に、俺も微笑みを返した。 「出掛けていたの?」 「珍しいから街を散策に。誘おうかとも思ったんだけど……疲れてるだろうから」 「そう。ありがとう」 「レイアは?」 ちっちゃいから見落としてるのかとも思ったけど、レイアはいないみたいだった。ので聞いてみる。 「まだ寝てるわ。……レイアを見慣れているレオノーラと違って他の街はピクシーは目立つし……このまま置いて行こうかとも思ってるの」 「……怒られないの?」 「さっき、レイアとそう言う話になったのよ」 「ふうん……あ、そうだ……」 頬杖をついてユリアの言葉を聞いていた俺は、ポケットから小さな包みを取り出した。ユリアの方に押し出す。 「え?……わたしに?」 「うん、まあ……」 照れ臭いので少しそっけない言い方になった。頬を人差し指で掻きながら目を逸らす。ユリアはきょとんと翡翠色の目を見開いて包みに手をかけた。中から、強化ガラスで作られた小さな花を模った髪飾りが出て来る。ここに戻ってくるまでの間に、土産物屋で見かけた物だ。 「……可愛い……」 こんなもの、王城に戻ればユリアはいくらでも持っているんだろうけど。むしろこんなニセモノの安物なんかじゃなくて……本当に宝石で出来てる、凄いの持ってるんだろうけど……。 「……たくさん持ってるだろうとは思ったんだけど……。今は、持ってないみたいだし。女の子だから、こういう……ちょっとした時に、少しでもお洒落したいんじゃないかな、とか……」 ぼそぼそと何だか言い訳がましく言っている俺に、ユリアが大きな瞳を見開いて視線を向ける。ので、少し、居心地が悪い。何がって……俺はこれを買う元手を1円も自分で稼いだわけじゃなくって王城からもらった路銀だって辺りが……何だかなあと言う気がしなくもないんだけど……。 ま、こういうのは気持ちだと……思うし。 「嬉しい……ありがとう」 「……いえ……」 「あの、つけてみて良い?」 「あ……それは、もちろん……」 本当に嬉しそうな顔でくしゃっと笑ったユリアに、安心する。こんな安物で……悪いんだけど。でも、喜んでくれて良かった。 縛っていた髪は、今は解かれてふわふわと肩や背中で揺れている。その髪を留めるように髪飾りをつけたユリアは、ぱっと顔を上げた。 「どう?変じゃない?似合う?」 物凄く真剣に問う姿が可愛らしく、思わず小さく吹き出す。もっと凄いの、いっぱい持ってるだろうに……本当に嬉しそうで、本当に……年相応の、普通の女の子みたいで……。 「うん……似合ってるよ」 女の子にそんなふうに褒めることはあんまりないから、口にするのが少し照れ臭かった。大体俺、女の子に物をあげるの自体が初めてだ。 「ホント?嬉しい、ありがとう」 ユリアって、素直だな。 ブレストアーマーも何もなく、シンプルなTシャツとフレアミニで、ガラスの髪飾りにはしゃぐ姿に、ふとそんなことを思った。 笑顔とか、言葉とか、そのどれもが気取ってたり、ひねくれてたり、プライドが高いって言うトコもなくて、何て言うんだろう……素朴に、可愛いと思う。 『嬉しい』と口にするその言葉通りの笑顔を顔全体に浮かべて、それを見ているだけで、俺も嬉しくなるような。 「じゃあカズキ、行きましょう♪」 スキップでもしそうに軽やかに立ち上がって、ユリアが笑顔を崩すことなく俺を促す。ぼんやりとユリアを見ていた俺は、その言葉で我に返って立ち上がった。見とれていたみたいで、恥ずかしい。 「うん、そうだね……。……ユリア、『再会の酒場』って場所知ってる?」 店と宿の共用の出口に足を向けながら尋ねる。俺は散々街を歩いた割にはわからない。何せ文字がわからないので、雰囲気で酒場だと言うことがわかる店はいくつもあったが、看板を見ても店の名前がわからないのだ。るんるんと俺の前を歩くユリアが、ふわっと振り返った。 「ううん。わかんない。わたし、ギャヴァンって来たの、初めてなの」 「……」 ああそう……?ま、王女様だもんな……。 「ちょっと、聞いてくるよ」 ユリアを出入り口で待たせて、カウンターに立ったまま気だるそうに寄り掛かっている店員に店の場所を尋ねる。面倒臭そうな視線を向けた店員だったけれど、意外と丁寧に俺に答えを与えてくれた。礼を言って、ユリアの元に戻る。 「わかったよ」 「大丈夫?」 「うん。さっきその店の前を通った」 答えながら俺は、『海南亭』を出て、今さっき通ってきた道の方へ足を向けた。店員の説明から察するに、海からこっちへ戻ってくる時に通った大きな酒場が『再会の酒場』なんだろうと思われる。違ったら違ったで、またその辺の人を掴まえて聞いてみるしかないだろう。 「『再会の酒場』ってね……」 夜が近付いても街の喧騒は途切れることがない。はぐれないようゆっくり並んで歩きながら、ユリアが口を開いた。 「うん」 「港に集った海の男たちがそこでお酒を飲み交わし、友好を交わして翌日にはそれぞれの国へと戻る為にまた船に乗り込む。次はまたいつ会えるかわからないけれど、何年後あるいは何十年後かに再び『再会の酒場』で再会して……お互いの無事を祝福してお酒を飲み交わす……そんな場所なんだって」 「へえ……」 俺はさっき通りから見えた店の様子を思い出した。海の男たちが楽しそうに酒を飲み交わしていた。 「そうなんだ」 俺の言葉に、ユリアは俺を見上げて微笑んだ。 「シェインの受け売り」 「シェイン、物知りなんだな」 「物知りって言う話なら、ラウバルに勝てる者はいないわ。でも、シェインと違ってラウバルはあまり、いろんなことを語ってくれる人じゃないから……」 ラウバルか……別に口数が少ないとかそう言うわけじゃないんだけどな。無駄口を叩かないって言うか。シェインなんかは無駄口ばっかりって感じだけど。 「シェインとラウバルって、仲良いの?」 聞いてみるとユリアはくすりと小さく笑った。 「なぜ?」 「何か真逆って感じするから」 「あはッ。そうね……。でも決して仲が悪くはないと思うわ。ああ見えてラウバルはシェインを信頼しているし。尤も宰相、宮廷魔術師、大司祭は政の柱だから、仲が悪くても困るのだけど」 「ラウバルって何年くらい生きてるんだろ」 「それはわたしにもわからない」 「召還師って言うのは、みんな長寿なの?」 先ほどの酒場が近付いてきた。海にも近付いているので、潮の香りがどんどん強くなる。 「ううん。ラウバルは、特別なの。……召還師としての能力が、彼の命を繋いでいるわけじゃないから。むしろ、逆で……」 え?違うんだ? 問うような俺の視線をユリアは曖昧にかわした。まあ……言いたくないなら別に良いんだけど。他人のことをそんなに詮索するものでもないし。 「シェインとシサーは、どういう知り合い?」 ユリアがそれきり黙ってしまったので話を変える。ユリアは視線を遠くへさ迷わせながら小首を傾げた。 「……昔、ギャヴァンの街がブラックドラゴンに襲われたことがあるの」 ぶらっっっくどらごんッッッ。 「……カズキ?」 「……何でもない。眩暈がしただけ」 この旅の中で、ドラゴンに遭遇するような事態にだけは決してならないで欲しい。いや、ならない。俺が今、そう決めた。 「その時、王城から派遣されたシェインやラウバルら禁軍と共にギャヴァンの街を守って戦ったのがギャヴァンの自警軍、そして傭兵部隊。その中にシサーもいたのだと聞いているわ」 「ラウバルも、戦ったの?」 また、ユリアの顔が微かに曇った。 「戦ったわ……」 「……」 何だろう、何がユリアの顔を曇らせているんだろう……。 「ふうん……。ユリアは、シサーとは知り合いなの?」 「ええ。その戦いが終わって、シサーはしばらくレオノーラにも滞在したの。シェインの勧めで一時禁軍にいたこともあるのだけど、城仕えは向かなかったみたい」 ユリアが言葉を途切らせるのとほぼ同時に俺は立ち止まった。 「……ここだよ」 『再会の酒場』だ。一応ドアと言うものはついているんだけど、あってもなくても同じみたいな状態になっている。オープンカフェ……と言うよりはビヤガーデンみたいな状態で、ガラス張りの全面窓が豪快に開け放たれているからだ。酔っ払った船乗りが道まではみ出してきている。 「な、何か怖い……」 微かに引きつった笑顔をユリアは浮かべた。 「シサーって人は、いつもここにいるの?」 「そうみたい。今は長い旅から帰って来て、しばらくはギャヴァンでゆっくりするって聞いてるわ。……入りましょうか」 ユリアの声に促されて、俺は店の扉に手をかけた。騒々しい店内を見回す。が、知らない人を探すと言うのは非常に困難なことだ。当然だ。どれがシサーなのやら全然わかりゃしない。良く考えれば俺は、レイアに任せっ放しのつもりでシサーの外見的特徴なんかを一切聞いていないんだった。 ユリアも俺の後ろについて入ってきょろきょろとしている。そこへ店員の怒鳴り声が飛んだ。 「2人かい!?」 「あ、はい」 「空いてるところに適当に座んなッ」 ジョッキを6つくらい両手で持った恰幅の良いおばちゃんに怒鳴られ、中に足を進めながら尋ねてみる。 「すみません、シサーって人、いるかわかりますか」 「あん?何だって?」 忙しそうなのにあまり足止めするのも悪い。俺は今度こそちゃんと聞こえるようにおばちゃんの耳元で怒鳴る。 「シサーって人、知りませんか!?」 「ああ、シサー?来てるよ。そっちの壁の向こう側、奥の窓際にいるはずだ」 「ありがとう!!」 ユリアを促して言われた通りにテーブルの間を縫って歩く。この店において俺とユリアはやや異質らしく、通り過ぎるテーブルから奇異の視線が投げ掛けられた。時折ユリアにちょっかいを出そうとする手が伸びるので、それを振り払いながら進んで行く。 「シサー!!」 不意にユリアが声を上げた。テーブルの間をするするとすり抜けて走って行く。勢い置いていかれる形になって、俺は慌てて後を追った。 「ユリア!!」 混み合った丸テーブルのひとつから驚いたようにユリアの名前を呼ぶ声が聞こえる。 立ち上がった長身の人影―フリーランスの傭兵シサー、その人だった。 006/04/18 |
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