| ■ 4 王女出奔!! ■ 「ふわ〜ぁ……」 眠い。 翌朝、日が出てすぐの6時頃に叩き起こされ、俺は朝の町に出ていた。到着した時とは違って人がいる。どうやらヘイズの人の大半は農業で生計を立てているらしい。この町は背後に海を控えているので出入り口が1箇所しかない。高い塀に覆われてはいるが、少し小高いところに登れば塀の向こうに畑が広がっているのが見える。それほど多くはないけれど、それでも結構な人が農作業をしているのが見えた。 「今日中に何とかギャヴァンに到着したいのなら、さっさと出ないとね。急いで行ったって半日はかかるわ」 レイアの言葉通り、俺は何とか今日中にギャヴァンに到着するつもりでいた。乗合馬車とかそういうのも一応この世界にはあるらしいんだけど、魔物が徘徊しているせいか2日に1本と言うかなり少ない割合で。 そんなものを待っていたら俺が元の世界に帰るのはどんどん遅くなるし、シサーと言う人物もシリー曰く結構気紛れな感じなので、ふらっとどこかへ旅立ってしまうかもしれない。 それは、まずい。 今の俺には、その『超お強いお戦士様様を頼らせていただくしかない』のだ。何がなんでもつかまえなきゃならない。 なので、とりあえず町の商店を覗いて補充出来るものがあったらして、さっさとヘイズを旅立つことに決めていた。 「ソーマ草もまあまあ良いけど、一応ちゃんとした薬は買っておいた方が良いかもね。それと、うまくすれば魔法石なんかもあるかも。……こんな小さい町だとないかなあ……」 ふわふわとレイアが飛びながら言う。時折町行く人が奇異な視線を投げ掛けた。 レオノーラでは全然何でもなかったからわからなかったんだけど、ピクシーがふらふらとしかも人間と一緒にいるなんてことは、そう滅多にあることでもないんだそうだ。 そもそも、妖精族と言うのは根本的にひどくシャイで、人前に出たりはしないらしい。 つまり、人前に出ても平気でいられるレイアは相当の変わり者と言うか図太いと言うか……。 「何?」 俺が思ったことがわかったわけでもないだろうに、レイアが不意にぎろりと俺を睨んだ。 「いや別に……」 「この町には魔法石は売ってないね」 先ほどのレイアの言葉を受けて、俺の隣を歩くナタが返す。 ちなみに、シリーに預けた俺の……と言うかレガードの服は、綺麗になって無事戻って来た。どういう手段で洗い、どういう手段で乾かしたのかは俺には良くわからないけど、とにかく綺麗になってたのでありがたく身につけている。破れていたのも、綺麗に繕ってくれてあった。 「そうなの?ってか、魔法石って何」 名前からして魔法を帯びた石なんだろうけど。他に考えられないんだけど。 「魔法を帯びた石よ」 俺でも想像がつくような答えをせんでくれ。 しらっとした目で見てやると、ナタは唇を尖らせた。 「なーにさー。……魔法石は5種類あるんだよ。火石、水石、地石、風石、聖石の5つ。それぞれ、赤、青、オレンジ、紫、白の色をしているから、どれがどれだかすぐわかる」 「何に使うの」 「魔力のない人間でも、魔法攻撃が出来る」 「魔法攻撃?」 「そう。火石には火の魔法の効果、水石には水の魔法の効果……って言う風にそれぞれあってね。大きさは2種類。詳しく言うと、火石は小さいのがソーサラーの使う『火炎弾』、大きいのが『焔の柱』。水石は『氷矢』と『氷弾』。地石は『ノームの手』と言って、まあ敵の足止めなんだけど……それぞれ個人対象か複数対象か。風石は『風の刃』と『風の斧』。聖石はアンデッド系モンスターの『浄化の霧』、そして『浄化の炎』」 覚えきれるか、そんなに一気に。 「どのくらい効くもんなの」 「持ち手の魔力は関係なしで、どれだけ効くかは相手の魔物と運によるとしか言いようがないね」 うー……。 「どうやって使うの?」 「対象に向かって投げつければ良いんだよ。簡単だろ」 まあでも、魔法が使えず剣もろくすっぽ使えない俺からすれば、敵に近付かずに攻撃出来ると言うのは大変魅力的ではある。是非とも入手したいものだ。投げつけて逃げちゃえばいーじゃん。 ……昨日、ナタに言われて、いろんなことを考えてみた。はっきり言って、眠れなかった。 生命を繋ぐ義務。 俺にもそれは、ある。襲われたら、やるしかない。身を守ってくれる人がいるわけじゃない。……怖いとか、言っている場合じゃ、ない。 それはわかってるんだ。わかってる……。だから、うだうだ言ってないで努力するしかないと……そう、思った。 思ったけど、何が出来るのかはわからない。何も出来ないかもしれない。何も変わらないかもしれない。 「どうやって手に入れるの」 俺たちはナタの案内で、町の外れにあると言う道具屋に向かっていた。何か便利なもんがあるかもしれない。幸いお偉いさんに送り出された俺は、路銀だけはそれなりに持っている。 「険しい山なんか行くと、普通にごろごろ落ちてたりするんだけどね。ヘイズから北東に向かって真っ直ぐ伸びている道があるだろ」 「ああ……」 ノイマンの湖からずっと続いている道は、ヘイズの辺りで十字路のようになっている。南へ向かっている場合、右に折れればすぐヘイズ、左に折れれば何か山の方に続いていて、真っ直ぐ南下すればギャヴァンがあると言うわけだ。 「あの、山?」 「そう。例えばね」 「ふうん」 でも山なんか入ったら余計な魔物がうじゃうじゃ出そう。魔法石を手に入れる為に山に入って、手に入れる前に魔物に出会ってたら本末転倒だ。 何か楽に手に入らないのかなー。 「時々森やそこら辺の道なんかにも落ちてるけどね」 俺の不謹慎な考えには気づかず、歩を進めながらナタが続けた。 「そうなんだ?」 「うん。でも運が良くなきゃ発見するのは難しいかもね。……良いことを教えてあげようか」 良いことなら是非教えて欲しい。悪いことなら聞きたくないけど。 「ギャヴァンに向かう道を真っ直ぐ行って……そうだなあ……6時間くらい歩くと右手に小さな森が見えてくると思うんだ」 6時間ッ……。 ま、まあ……半日かけてギャヴァンに行くつもりで、半日ってのは12時間なわけだから6時間とか歩くのはわかりきってるんだけど……。改めて言われると、何やらげっそりする。6時間かぁ……6時間ねぇ……。 ……長いよなぁ……。 「そこへ寄ってみなよ」 え。やだよ。そんな余計な寄り道して日が暮れちゃったらどうすんのさ。変な魔物に遭遇するかもしれないし。 不満をありありと顔に書いて俺が黙ると、ナタは苦笑した。 「良いことだっつってんのに。大した森じゃないよ。……その小さな森の中に、小屋がある。そこにいるじーさんを訪ねな」 「じーさん?」 「そう。コボルトと一緒に武器職人をやってる。アギナルドってじーさんだよ。偏屈な奴だけど、ナタの紹介だって言えば取り計らってくれるだろうさ。多分、魔法石はそこで手に入る」 「え、ホントに」 「あんたみたいな平和ボケ兄ちゃんを騙して、あたしに何の得があんのさ」 平和ボケ兄ちゃんって何だよ。しょーがないだろ、平和だったんだから。 「うまくすれば、面白い武器とかくれるかもしれないしね。くれないかもしれないけどね。……ま、腕は良いから知っておくに越したことはないと思うよ」 「そうなんだ。……ありがとう」 お礼を言うと、ナタは照れたように鼻の下をこすって笑った。 ……ナタって、何者なんだろう。 どう考えても、普通の子供じゃないと思う。昨日の話と言い、アギナルドとか言う隠れ職人を知っていることと言い……何やら謎がありそうだ。 「ナタって、いくつ?」 尋ねてみる。いつの間にかもう町の外れまで来ていて、続いていた家が途切れ始めていた。 「いくつに見える?」 合コンじゃねーんだからさー……。 「……10歳くらい?」 これはシャインカルクにいた時に気がついたんだけど、ここは異次元ではあるけど地球……と言って良いんだと思う。少なくとも年のとり方が俺の認識と変わらないみたいだったし、と言うことは自転公転は同じなわけだ。 発想としてはパラレル・ワールドってやつか?……わかんないけど。 俺の答えに、ナタはへへっと笑った。笑窪が覗く。 「じゃあそれで」 「じゃあそれでって何だよ。実際は違うってことじゃないの?」 「さーてどうでしょう」 人を食ったような答え方をして、ナタは視線を前に向けた。海を背景に、小さな、農家の物置小屋のような小屋があったからだ。一応屋根のところに『ボルヌの道具屋』と言う看板がかけられてはいるが、傾いている。……おいおい。大丈夫なのか?このボルヌさんとやらは、食っていけてんの? 「ボルヌのおっさん」 今にも壊れそうなドアを勢い良く引き開けて、ナタが中に向かって怒鳴った。……あー、そんな乱暴にしちゃ壊れちゃうんじゃないのか? 「大丈夫かしらね……」 レイアが引きつったように俺に言う。王城暮らしのレイアは、あまり町の細かいことは知らないらしい。 「おっさん、客だよ客―ッ」 ナタが中に向かって怒鳴るのを聞きながら、俺も続いて中に入った。 小屋の中は一応店らしく、壁に沿って置かれた大きな棚にはいろいろな物があった。分類分けなのか札もついているけど、残念ながら俺の言語能力は会話までで、まだ読み書きにまでは及んでいない。 ボルヌさんが出てくるまで、俺は棚の品物を物色していた。正直言って、何に使うのかわからない物が多い。対外的に見て、安いのか高いのかも良くわからない。 ドシドシと奥の方から重たい足音がして、キャッシャーみたいなカウンターの奥から口ひげを生やした凡庸な感じのおっさんが顔を覗かせた。 「ナタ」 「客だよもう。商売する気、あんのか?」 「あるある。いらっしゃい。何をお探しで?」 うーん。このセリフはかつて数回やったRPGの中でお決まりの文句だったような気がする。思わず苦笑いをしながら俺は口を開いた。 「薬草、ありますか」 「はいはい、薬草ね。ありますよ。ソーマ草で良いかい?」 一緒じゃん。 「他のって、何かないですか」 「他?他はねえ……ゲボの実があるよ」 「ゲボの実?」 何かまずそう……。 「どんな効果があるんですか」 「飲むと楽しい気分になれる」 「……」 いらない。 「他には?」 「他?ええとね、ウルズの木の皮は?」 「それは?」 「噛めば噛むほど牛の味がする」 「……結構です」 まともなもん、ないの? 俺が意気消沈していくのを感じたのか、ボルヌさんは急いで棚に走り寄ってその中を改め、大きな声を上げた。 「ああ、これはどうかな」 「……何ですか」 もう期待しない。 「エイフワズの煎じ薬だ」 「それは?」 ほとんど投げやりに形だけ尋ねると、ボルヌさんは意気込んでいった。 「解毒剤だ」 解毒剤ねえ……。 レイアを見る。レイアは肩を竦めて頷いた。 「買っておいたら?」 「そう?……じゃあ、それを幾つか下さい」 「1つしかない」 ああそう……。 「じゃあ1つ下さい」 それから俺は携帯食を幾つか購入してその店を出た。……寄らなかったよりはましなんだろう、多分。 パララーザのキャンプに戻る。置かせてもらっていた荷物を受け取り、俺はシリーに礼を言った。 「昨夜は本当にありがとう。おかげで助かりました」 「礼ならナタに言うんだな。あんたを拾ってきたのは、ナタだ」 「うん。……ナタ、ありがとう。本当に助かった」 「ま、何頼まれたか知らないけど、自分を大切にするんだな」 「うん。……それじゃあ。お世話になりました。メディレスにもよろしく」 どこに行ったのか、メディレスは姿がないのでそう頼んで、俺はテントを出た。門へ向かう。門は日の出と共に開けられているので、もう出入りは自由だ。昨夜とは違う門番が、暇そうにあくびをしていた。 いよいよギャヴァンに向けて出発だ。昼間なら、魔物との遭遇率は、ゼロじゃないけどそれに近い。気掛かりなのは、日が沈む前に街にたどり着けるかどうかだ。頑張らなきゃ……。 「よし、行こう」 自分で自分に気合を入れて、門から外へ踏み出した。途端、俺は驚きの余りつんのめりそうになった。 「……ええええ?」 ◆ ◇ ◆ 翡翠色の瞳、透き通るような白い肌、黄金色の波打つ髪は、今は後ろの高い位置で1本に束ねられている。豪華な宝石飾りはない。若草色のシンプルなブレストアーマーを身につけ、その腰には細いレイピアとシンプルな短い真鍮のロッドが刺さっていた。……見間違えるもんか。王女サマだ。 「良かった、カズキ。まだいたのね」 俺を見て、顔がほころぶ。……そうじゃなくて。ええ?ねえ、何でこんなトコにいるの?良く似てる別人? 「ユリア!!」 ではないらしい。俺と同様度肝を抜かれたらしいレイアが叫んだ。 「何してるのよ、こんなところで!!」 「騒がないで。……ギャヴァンに向かうんでしょ。とりあえず、行きましょ」 行きましょって……あーた……。 ぼーっとしてても仕方がないので、促されるままに歩き出す。俺はユリアに追いついて言った。 「ユリア様、何で……」 「様、はいらないわ。バレちゃう。ユリアって呼んで」 「じゃあユリア……」 ばこっとレイアが俺の頭をそのちっちゃな手で殴った。……どうしろって言うんだよ俺に。 「レイア!!」 「はーい……」 「どうしてここに」 「カズキを待ってたの。ヘイズへの道中かヘイズの町で夜明かしをしたんだろうと思って」 それは正解なんだけど。そういうこと聞いてるんじゃなくて。 「そういう話じゃなくて……。すぐ、戻らなきゃ。送ります」 って何か凄い無駄足じゃん? 俺の言葉にユリアは肩を竦めた。 「一緒に行くの」 「何……」 「ユリア!!そんな無茶を……」 「レガードはわたしの婚約者よ」 レイアの言葉を遮って、ユリアはびしりと言った。強い意志を持つ、翡翠色の瞳が朝の光を受けてきらきらと輝く。 「無関係な他人を巻き込んで、わたしだけお城でのんびりなんかしてられないわ」 「つったって……。ラウバルたちが心配する……」 「わたしは今、コープトの館でレガードの無事を祈って篭っていることになってるの」 なってるって……。 「……シェインの許可は、得たわ」 シェーーイーーンーー……。あーたと言う人は本当に……。王女様が心配じゃないのか!? 「どうやってここまで……」 レイアの問いに、ユリアは軽く唇を尖らせて肩を竦めた。 「昨日、あの後すぐにお城から脱走しようと思ったらシェインに見つかっちゃって……カズキたちに途中で追いつくと思ったから、焦っちゃった」 「ええ?じゃあまさか浄化の森で泊まったの……?」 「まさか。ここまで、夜のうちにシェインが馬で運んでくれたの。ヘイズに泊まっているのなら必ずこの門から外へ出るし、まだ到着していないのならこの門から入ると思ったから、早起きして、待ってた」 ……シェイン。なぜ俺のことはせめてここまででも送ってくれないかな……。 「シェインは……」 「宿で別れたわ。まさかシェインまでお城を脱走するわけにはいかないわ」 「……何て……」 何て破天荒な王女様と宮廷魔術師だ……。 「シェインたら何考えてッ……」 レイアが憤慨したように言うのを否定するようにユリアはゆっくりと顔を横に振った。 「シェインは、わたしがどれほどレガードを想っているか知っている」 「……ユリア」 「幼い頃からレガードと共に生きて来たわたしを知っているのは、シェインだけだわ」 そうなんだ……。 俺はぼんやりとシェインの軽薄そうな顔を思い浮かべた。 「もちろん、シェインに散々反対はされたのだけど。魔法を使ってでも止めてやるって脅されちゃった」 ユリアは肩を竦めた。束ねられた髪がふわりと風に舞う。 「でも、わかってくれたもの。城のことは自分が引き受けるから、思うようにやってきなさいって。でも、無茶なことは絶対してはいけないと言われたわ。シサーの言うことをよぉく聞くようにって」 「当たり前ですッ」 レイアが顔を顰める。 「1日に1度、必ず交信をするよう、『遠見の鏡』を渡されちゃったしね」 『遠見の鏡』?……交信するってんだからきっとテレビ電話みたいなもんなんだろーか。シェインは宮廷魔術師なんだし、変なモン持ってても驚かない。 「……大丈夫なの?」 「大丈夫よ。ギャヴァンに行けば、シサーにも会える。わたしだってこれでもプリーストの端くれなんだし」 ……えぇ? その言葉に驚いた。言葉を出さずに目を丸くすると、ユリアは恥ずかしそうに舌を出した。 「まだまだ下っ端だけれどね」 「……王女様が、プリーストの修行を?」 「我がヴァルス王国は、ファーラ教を守護する第一の国。……国を政治的に治めるのは男性の役目で、王族の女性は代々プリーストとしての勉強もさせられるわ。尤も、本当に司祭になれるほどではなくて……全然低レベルの、形だけのものではあるんだけど」 そうなんだ。王女様も楽じゃあないんだなあ……。 十字路へ向かう道を真っ直ぐ歩きながらユリアは続けた。 「でも、わたしは興味があったから。それに『やったフリ』って言うのは納得がいかないの。国民を騙しているみたいで。だから、教えられた期間は真面目に取り組んだし、それ以降もガウナ様に教えを願って学ばせてもらった。おかげで、ほんの少しだけは神聖魔法も使えるわ」 「ホントに!?」 この問い返しは失礼だとは思うんだけど。嘘つくわきゃないんだし。でも咄嗟に俺はそう言っていた。 レイアは治癒系の魔法を使えない。神聖魔法つったら、確かそっちの方が専門だったと記憶している。ユリアがヒーリング系の魔法を使えるんだったら、俺、物凄くありがたいです。 きらきらと期待に満ちた眼差しを向ける俺に、ユリアが不安げな顔でこくりと頷く。 「あの……でも、本当に大したこと、ないのよ」 「でも治癒とか出来るでしょ」 「あ、あの……そんな凄い怪我とかじゃあなければ」 「やった♪」 ソーマ草は昨日試したけど、そんな劇的な効き目とかはなかったからなあ……。メディレスのように、とまではいかなくても、痛いのが治るとか疲れてたのが体が軽くなるとか、そのくらいは期待しても良いかもしれない。 現金な俺は、「お姫様のお守りしながら魔物と戦うなんて到底無理なんですけど」と思っていたのもどこへやら、すっかり気が軽くなった。ついでに足取りも軽くなる。そんな俺に、ユリアがくすりと笑った。 「シェインは、思ったよりカズキを信頼してるのよ」 「はぁ?」 スキップでもし出しそうな俺の背中にユリアが言う。……シェインが?馬鹿な。どう考えたって捨て駒的な杜撰な扱いこの上ないと思いますけど。 「けど俺……剣なんか全然使えないし……。昨日だって、レイアの魔法がなければとっくに死んでただろうし……」 「……魔物に遭遇したの?」 レイアが簡単にウォーウルフと遭遇したことを説明する。ユリアが見張った目を俺に向けた。 「そう……恐ろしかったでしょう」 そりゃもう。 シェインがくれたピアスだって何もしてくれなかったし。対になるアイテムっての見つけなきゃ使えないんじゃ、現段階の俺にとって何の役にも立たない。やっぱりもっとわかりやすいものが欲しかった。 「シェインはね、カズキは吸収が早いって言ってた」 「え?」 「教えたことはどんどん飲み込んでいくって。だから、きっとシサーに会えばシサーの教えることを吸収していけるんじゃないかって」 「……それは……わかんないけど……」 もそもそと答える俺に、ユリアが笑う。 「『思いがけない拾い物だったかもしれない』って言ってたもの」 拾い物って……。落ちてたんじゃなくって、無理矢理拉致してきたんでしょーが。 ユリアの視線に、俺はため息をついた。買い被り、と言う気がしないわけじゃない。 でも。 そこまで言われたら。 「……期待に沿えるよう、前向きに頑張ります」 ユリアを守りながら、レガードを見つけ出せるよう……俺の、最善を尽くさなきゃな。 ◆ ◇ ◆ 相手の返答を全く期待していないようなぞんざいなノックがされ、無遠慮に扉が開けられた。ラウバルを相手にこんなことが出来る人間にはひとりしか心当たりがない。 「全くお前には呆れ返るな」 書き物机に向かい、分厚い書類に目を落としたまま投げかけられた言葉に、侵入者は肩を竦めた。 「やはりバレていたか」 「私に隠そうなどと、100年早い」 「ふむ……では俺も永き生命を手に入れる手段を講じなければならぬな……」 嘯きながらシェインはずかずかと部屋を横切り、窓際に置かれた長椅子にごろんと横たわった。 「つくづくお前は王女に甘過ぎるな」 シェインの行動を知りながら黙していたラウバルも同罪であるとは思うのだが、それを口には出さずにシェインは違うことを口にした。 「俺が一緒に行ければ良いのだがな」 「馬鹿を言うな。王が病に伏し、後継者は行方不明、王女が家出同然に旅に出てこの上宮廷魔術師までいなくなっては国の政はどうなる」 「そんなもの、おぬしがいれば十分であろうが」 シェインは無意味に自分の赤い前髪をつまみ、それを眺めた。欠伸をしながら言ったシェインに、ラウバルがふと顔だけで振り返る。 「……ぬかりがあるとは思わぬが……王女の安全は確かだな」 「当然だ。この俺が何の策も講じずに最愛のユリアを危険なところにやると思うのか」 「思わぬがな……。何をした」 「秘密だ」 「もったいぶるな」 シェインは苦笑をして上半身だけ長椅子から起こした。右足を床に下ろし、片手を長椅子について体を支えながら、ラウバルの方へ身を捩る。 「いくつか魔法をかけさせてもらった。ユリアに危険が迫れば発動される」 「例えば?」 「例えば召喚だな。ユリアに切迫した危険が迫れば、自動召喚される種類のものだ」 「召喚?」 興味深そうにラウバルの片眉がぴくりと上がる。 「お前のレパートリーに召喚があったとは初耳だが」 「そんなの俺も初耳だ。宝物庫の中にあった、研究済みのオモチャだ」 「ああ……『遠見の鏡』か」 『遠見の鏡』は本来何かを召喚するような機能がある道具ではない。だが、かつて『遠見の鏡』の研究をしている最中に、召喚機能を持ち合わせている宝玉の魔力を掛け合わせるなどして弄り倒していた。恐らくはその延長だろう。 「……だが、召喚は……」 召喚の危険性を説こうとしたラウバルをシェインは片手を挙げて制す。 「見縊るな。これでも宮廷魔術師だ。召喚が危険な行為なことは重々承知だ」 「では……」 「安心しろ。細工を施してある。召喚されるのは安全この上ない生き物で、敵に対しては頼りになる上ユリアに対しては決して危害を加えることはあり得ない」 「そんな召喚獣が『遠見の鏡』にはいるのか?」 「召喚獣と呼ばれるのは非常に不本意だがな。彼女が召喚するのは大変な色男で性格も良い」 嫌な予感がした。 「……何を召喚する」 「俺だ」 ラウバルは思わず小さく吹き出した。 「……相変わらず突飛なことを考える」 「素晴らしいことと言って貰おうか」 すっかり体を起こし、長椅子にちゃんと座り直して足と腕を組んだシェインにラウバルは立ち上がった。 「何か飲むか」 「エール酒を」 「執務中だ。馬鹿も休み休み言え」 言いながらラウバルは部屋の隅に設置された棚に向かって歩いた。乗せられたティーポットを取り上げる。 「……そんな事態にならぬことを祈るがな」 「そうだな。……ではおちおち娼館にも行っておれぬな」 ラウバルの背中から投げつけられた言葉に、シェインは盛大に顔を顰めてさも重大そうに頷いた。 「全くだ。素っ裸で呼び出されてはたまらぬ」 ラウバルが声を立てて笑う。珍しいことだ。シェインはその揺れる背中を憮然と見遣った。 「では王女が旅から戻られたら、『遠見の鏡』を肌身離さず持っていただこう。その方がお前も品行方正になろう」 茶を注いだカップを2つ手に振り返ったラウバルに、シェインは唸り声を上げた。 「縁起でもないことを言うな。ユリアに言ったら乗り気になりそうだ。言うなよ」 それから組んだ自分の膝に頬杖をつき、ため息を落とす。ラウバルが差し出したカップに片手を伸ばしながら、口調をやや改めた。 「……正直なところ、どう思う」 「……」 その問いは、あまりに広義だ。返答に詰まって、ラウバルは無言のままカップを口に運んだ。 「シサーがいる。カズキはいささか頼りないが、シサーのそばにいれば成長も望めるだろう。あいつは頭が良いな。真面目だ」 「そうか」 「『王家の塔』の攻略は、望んでいない。カズキが動き回ることで、レガードの消息だけを何とか掴みたい……」 「出来ると、思うか」 「やってもらわねば困る」 「……」 両手の中にカップを包み込んで言い聞かせるように言うシェインに、ふとラウバルは小さく笑った。 「お前は随分とカズキを気に入ってるみたいだな」 「そうか?」 「いやに構っていたようだ」 「ああ……」 ラウバルの言葉にシェインが笑った。 「あいつは面白いぞ。真面目なのか不真面目なのか、頭が良いのか悪いのか。変わってるな」 「……先ほど、『カズキは真面目で頭が良い』と言っていたのは私の幻聴か」 「言ったな」 くっくっと笑いながら、シェインは手近なサイドテーブルにカップを置いた。ソファにどすんと背を沈める。 「生きて帰ってきて欲しい……そう思うのは、本音さ」 剣を持ったことのない人間に魔物の徘徊するこの世界を旅させることが酷だとはわかっている。だが、これ以上彼らには打つ手がない。ヴァルスの財務大臣は『レガード』の旅に消極的だ。金銭的にも人材的にも、密かに行うには限られている。私的な交友関係であるシサーを頼るのが、精一杯だ。 ラウバルは窓際に歩を進めた。視線を外に向ける。 「……ところで、何か用があったのではないのか」 「そうだった。忘れるところだった」 言って、シェインはふいに真剣な顔をした。『平均よりかなり軽い20代男性』から『宮廷魔術師シェイン』の顔つきになる。 「……おぬしが危惧していたことが現実になりそうなのでな」 「何……」 視線を窓から外し、ラウバルはシェインを見据えた。 「では……」 「急くな。まだそうと決まったわけではない。ただ、ちょっとキナ臭い匂いがする」 「……」 沈黙で先を促したラウバルに、シェインはサイドテーブルのカップを指先で弾きながら続けた。 「『王家の塔』へ向かう奇妙な一団を、岬の街フォルムスからの旅商人が見ている」 「風の砂漠か」 「ああ。くそ暑い砂漠を旅するのに、ご丁寧に頭からすっぽりと厚い布を被っていたそうだ。日除けとは思えない装いだったそうだぞ。……正体を知られたくないのだろうな」 「……」 「国の紋章は見かけなかったそうだ」 「……そうか」 「ま、酒の肴で出た話だ。宰相殿に語るには時期尚早だが、おぬしと俺の仲だ。大目に見てくれ」 じっと何かを考えるようにしていたラウバルは、どんな仲だ……と苦笑する。 「早めに耳に入れた方が良いと思ってな」 「……感謝しよう」 ラウバルは素直に頷いた。シェインが立ち上がる。 「まあ、今はまだ静観する段階であろう。カズキの働きに期待するしかない。カズキが……『レガード』が動けば、必ず何かが食いついてくる」 言ってドアの方へ足を向けた。 「戻るのか」 「ああ。……娼館に赴くわけにはいかぬからな。たまには真面目に仕事にでも励むさ」 2006/04/16 |
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