| ■ 3 紫眼の少女 ■ 今回に関して言えば、俺の決断は間違っていなかったと思う。 レイアはヒーリング系の魔法が扱えないと言うので、ソーマ草で傷の応急処置をしてから、1時間ほどでノイマンの湖に辿り着いた。 湖には目もくれずにひたすらヘイズの町を目指して歩き続けた甲斐あり、新しいワンダリングモンスターに遭遇することもなく、もうじき夜半に差し掛かろうかと言う頃ヘイズの町の明かりが間近に迫り、衛兵の姿が視認出来るようになると俺は安堵でその場にへたりこみそうになった。 「すみません、中に入れて欲しいんですけど」 俺の訴えに、衛兵が寄って来る。小さい町だと聞いていたのに、しっかりと塀や強固な門があって驚いた。 「こんな時間に何をしている? 怪しい奴」 後で聞いた話だけど、昼に比べて夜になると旅人の死亡率は10倍にも跳ね上がるらしい。 それを聞いて俺は、心底青冷めた。ぞっとした。 一応、野営などで火を焚いたりしていれば、火を目印にやってくる奴も中にはいるけど、ウォーウルフみたいな猛獣系モンスターは寄って来ないらしく、歩くよりは安全なのだそうだ。 レイアが、止めたわけがわかる。俺は安全を求めて、より危険な行動に出ていたわけだ。ワンダリングモンスターに遭遇しなかったのは、かなり そんなわけで、こんな時間に訪れる旅人はまずいないらしく、俺はかなり怪しまれた。 門番と押し問答しているうちに、慣れないことが続いたせいかウォーウルフにやられた傷のせいか、あるいはその両方か、俺は発熱してきたらしい。体が熱く火照り、頭がくらくらとしてきた。 ……もう、いいから中に入れてくれよ……。 「その人、具合が悪いみたいだよ。入れてあげたら」 そんな声が聞こえたのは、その時だった。まだ幼い、女の子の声。 「誰だ? ……またお前か」 衛兵から、あきれたような声が上がる。 「何だ、こいつ」 俺のいる場所からは、女の子の姿は見えない。 「あれだよ、ほら……いつも来る行商人一団の……」 「ああ……こんな時間に何してんだぁ?」 「ああ、もう!! あたしのことは良いだろッ。そこの病人なんとかしなよッ」 病気じゃなくて怪我だけどね……。 女の子の登場で気勢を削がれたのか、さっきより幾分砕けた口調で衛兵が俺に問い掛けた。 「具合が悪いのか。どうしたんだ」 だから魔物に襲われたんだってば。 仕方なく俺はまたイチから、レガードの身代わりと言うところは省略して、レオノーラからギャヴァンを目指して旅をしている途中で浄化の森を抜けたところで魔物に襲われたのだと言うところまで、説明する羽目になっていた。 ようやく中に入れてもらえた俺は、門から街に入ってすぐのところに立っている女の子に気がついた。 あっちの世界で言えば小学校中学年くらいの、ほんの子供。 サイドの髪がおかっぱくらいの長さで、後ろの髪はいやに長いと言う不思議な髪型をしている。紫色っぽい髪に、紫色の瞳。吊り上がり気味の大きな目が、俺を見ていた。多分、さっき口ぞえをしてくれた行商人の団体の女の子だろう。 「あの、ありがとう」 熱でくらくらする頭をこらえながら、礼を言う。にこっと笑うその彼女の頬に、笑窪がぴょこんと出来た。 「どういたしまして。……つらいの? ……ああ。魔物に襲われた傷で発熱してるんだね」 「……うん。多分」 「おぼっちゃまなんだ?」 からかうように言う。 「何で?」 「怪我に慣れてない証拠でしょ。……こっちおいで」 「え? あ、うん……」 言われるままについて行く。 「この時間じゃあ、もう宿はあいてない。あたしの泊まってるとこで良ければ、泊めてあげる」 あ……行商人の一団とか言う? 「でも……悪いよ」 「変な遠慮するんじゃないよ、病人のくせに」 くすっと笑って少女は、俺を先導するように歩いて行く。まるで、この町の住人のように迷いのない足取りだ。 「……名前、何て言うの」 「あたしはナタ。お兄さんは」 「俺は、カズキ」 「へーんな名前ッ」 また言われた……。 「そっちの、ピクシーは?」 「あたしはレイア」 「そう。よろしくね」 夜だから良くわからないけど、ヘイズの町はレオノーラのように華やかな町ではなさそうだった。 そうだな……住宅街って言うのかな。そんな感じ。 家はいっぱいあるけど、何かホント住んでるだけって感じだった。今は寝静まっているのか、明かりが灯っていない家が多い。 町の作りそのものも、レオノーラと比べると簡素だった。道も、石畳とかじゃなく普通の……土がむき出しのままだし。 「こっち」 ナタは多分、町の中心部の公園と思われる場所に入って行った。良く手入れされていて、木々も綺麗に刈り込まれている。 広場を横切り、大きな池をぐるっと迂回するように歩くと、そこに大きなテントが張ってあった。 「お。ナタ、お帰り」 「ただいまー」 「面白いものは見付かったかい」 ナタがテントにぴょこっと顔を覗かせると、威勢の良い声がした。大人の女性って感じの声だ。割と太くてしっかりしてる、でも奇妙に艶のある声。 「見付かったよ。拾い物してきたんだけど、良いかな」 「何だい」 「おいで」 テントから顔を出して、俺の方を振り返る。そのまま中へ入っていくナタに従って、俺は重い体を引き摺るように続いた。 テントの中は、かなり広かった。 外から見ると中はだだっ広い空間が広がっているのかと思ったけど、そう言うわけじゃないらしい。巨大な布と棒とかを使ってうまい具合にいくつもの仕切りを作っていて、ちょっとした部屋がいくつもあるような感じだった。強いて言えばここは、玄関からロビーにでもあたるんだろーか。 「おっと、色っぽいお坊ちゃんを連れてきて」 い、色っぽい……? そのロビー的空間の床に直接座り込んで胡坐をかいていた女性が、俺を振り仰いで言った。 艶やかな濃紺の髪をてっぺんで1つに縛り、それでも尚且つ背中くらいまでの長さがある。インドのサリーみたいな布を巻きつけたような服を着ていて、褐色の肌を惜しげもなく曝していた。藍色の瞳が俺を見つめる。年の頃は正直言って不明、って感じだ。 整理でもしていたのか、彼女の前には色とりどりの布が山と積まれていた。 「カズキ、よ。門番にいじめられてたから助けてあげたの」 「何だい、いじめられてたのか? やり返すくらいじゃないと駄目だよ、男の子は」 「魔物にやられて具合が悪いみたい。メディレスに言って治してあげてよ」 その言葉に、褐色肌の女性が俺を驚いたように見た。 「良く見りゃ、あんた血みどろじゃないさ。この時間に旅して来たのか」 「はあ」 曖昧に頷くとひゅぅっと口笛を鳴らした。やるねぇ、と言って立ち上がる。 「意外にホネがあるんじゃないか」 ホネがあるんじゃなくて、この世界の状況を良く知らないだけ。 「あたしはシリー。待ってな。今ウチの名医を連れてくるからね。ついでに着替えも持ってきてやろう」 言ってシリーは、いくつも扉のようにぶら下がっている布の合間をすり抜けて、消えて行った。ナタが、床の上のゴザみたいなものを俺に勧めてくれる。 そこに腰を下ろし、レイアが俺の頭の上に座った。……あのね。椅子じゃないんだけど。 こうして座ってみると、体が本当に疲れていたことがわかる。何か……力が抜ける感じ。 「つらかったら、横になったら」 「……平気。ありがとう」 ナタが水瓶から器に水を汲んで、俺に渡してくれた。一口飲む。 「ここは?」 尋ねると、自分の分の水を汲んでいたナタが俺を振り返った。 「行商人パララーザ一団のキャンプだよ。団長はさっきのシリー。良い女だろ」 「ああ……」 行商人パララーザ……。 品物を売りながら、あちこちを旅してるんだろうか。ナタも? 「あちこち旅とかしてて、怖くないの?」 こんなに小さいのに。 俺が問うと、ナタはけらけらと笑った。 「怖いなんて言ってたら、生きていけない」 その言葉に、俺は溜め息をついた。……強いんだ。 俺も、強くなれるんだろうか。 でもそれは、殺戮に慣れることと同意のような気がしてならない。 慣れなきゃならないのか? 慣れなきゃ……生き残れないのか? それなら俺は……生き残れないかもしれない。 今更になって、自分の甘さを呪う。レオノーラの街中にいる時は、気がつかなかった。外の世界がこんなにも殺伐としていること。魔物の徘徊する世界で、旅をすることがどういうことなのか。 シェインが言ってたシサーと言う人に会えば、何とかなるような気が勝手にしていた。その人に任せておけばきっと、何とかなるんだろうって。 でも……。 「どうしたの」 ナタが首を傾げて、俺を覗き込んだ。紫色の瞳。 この世界に来て、いろんな髪の色や瞳の色を見たと思うけど、不思議と紫と言うのは初めてだった。 「魔物とかさ、たくさん、見た?」 ナタが笑う。 「いっぱい見たよ。そんなもの。旅をしていれば嫌でも襲われる。誰だって、その運命から逃れることなんか出来やしないんだから」 「……怖く、なかった?」 俺の問いにナタは目を見開いて、俺を見詰めた。 「カズキは、怖かった?」 「……」 「襲われたんでしょ」 強がっても仕方がない。俺は怖かった。いや、今でも怖い。ため息混じりに、頷く。 「怖かった」 「そう」 「……襲われたことも、怖かった。死ぬと思った。でも、それと同じくらい……」 言葉を切る。魔物との生存競争を日常のものとして強いられているこの世界の人々にとって、俺が感じたことと言うのはどのように映るんだろう。偽善のように映りはしないだろうか。 そう思えば……言葉が出なかった。 途切れさせたまま黙った俺を訝しげにナタが見詰めたまま言った。 「殺したことが、怖かった?」 俺は驚いて俯かせていた視線を上げた。心を見透かすような紫の瞳。 「……」 「顔に書いてある。……あたしは、そういう考え方は嫌いじゃないよ」 「……」 「ファーラの教えにもある。『汝、無益な殺生をしてはならぬ』」 こんな子供がきちんと信仰しているんだ……。そういうもんなのかな。 思ってから、この国がファーラ教を守護する国だとキグナスに教えられたことを思い出した。 教皇領エルファーラと懇意にしているヴァルスは、ファーラ教を守護する第一の国なのだと聞いている。 だとすれば……そういうもんなのかもしれないな。 考えてみれば、日本はともかくヨーロッパなんかではキリスト教を保護していた時代があったわけだし、教会は生活の一部だったわけだし。 「でも、長生き出来ない」 「……」 「そういう考え方は、驕りがあるからだと覚えておいた方が良いね」 「驕り……?」 「そう。……人以外の生き物は……魔物も含め、そんなことを考えない。必死に生きているからだ。食わなければ死ぬ。襲わなければ死ぬ。襲った以上、相手が死に物狂いで反撃してくることも知っている。反撃をされ、負ければ死ぬのが自分だと知っている。……考えなくても、本能で、全身で、それを知っているんだ。それが摂理だからだ」 俺は相手が子供だと言うことも忘れて、ナタの言葉に聞き入った。 「ただ生きる為に、襲う方も襲われる方も、必死だ。それだけだ。だから無益な殺生もしない。その代わり自分を守る為に殺生することを躊躇わない」 「……」 「誰だって、魔物だって、生命を落とすのは嫌だ。生命は生命を繋ぐ為に明日に向かっている。だから抵抗する。けれど同時に運命を受け入れることを知っている。だから怨みもしないし呪いもしない。……襲わなければいられなかった自分を知り、反撃をせずにおれない相手を知っているからだ」 「……」 「人が人を呪うのは、そこに無益な殺生があることを知っているからだ」 ナタは、俺を説き伏せるとかそういう感じではなく、ただ淡々と語った。 「けれど、相手を慈しみ、哀れむ心は大切だよ。その心をなくさずにいれば、カズキは自然の摂理の一部となれる。……自分にも、相手に向けるのと同じだけ哀れみを向けるのを忘れないことだね」 「……」 「魔物が襲わずにいられないように、カズキには自分を守る権利があって義務がある」 「義務?」 「そう。……明日へ向かう生命と言うものを、守る義務。それが、生命を与えられた者全てに定められた義務なんだ」 生命を与えられた者に定められた、義務……。 ナタがそう言い切ったところで、ふさっと布の扉が開かれた。シリーが顔を覗かせる。 「お堅いお話は終わったかい」 言ってシリーは、俺に衣服を投げてよこした。咄嗟にそれを受け取って、視線を落とす。 ……良いのかな。俺、レガードの代わりやんなきゃいけないから、レガードの服着てなきゃまずくないのかな……。 でも、確かにこんな血みどろの服を着ていたくない。ウォーウルフの爪で破れてるし。怪我をした方の腕は、じんじんと痺れてきて、上手く動かなくなって来ている。 「ありがとう」 礼を言って、傷の痛みを堪えながら身につけていたマントと裾の長い上着を脱いだ。中はタンクトップみたいな袖のない服を着ている。その上にシリーが持って来てくれたシャツを着た。 ……でもな。俺、鎧をつけていない代わりに、シェインがこの上着に防御魔法を付与してくれたんだけどな……。 「やだな。待ってたの?」 「邪魔しちゃ悪そうだったからね。……メディレス」 シリーの声に応じて姿を現わしたのは、巨漢の男だった。禿げ上がった頭にでかい傷跡がある。落ち窪んだ悪そうな目つきをしていて、手に持ったロッドは俺の身長ほどもありそうなのにやけにちっちゃく見えた。 「……このコ?」 軽くビビった俺は、その口から発せられた弱々しい声に内心がくりとなる。 「そう。魔物に襲われて怪我したらしいんだ。今そのせいで発熱してる。治してやってくんないかな、悪いんだけど」 「いいわよ」 ……いいわよって言った? 今。 呆然としている俺に、大男はのそのそと近付いてきた。頬が微かに赤らんでいるのが……怖い。 「私はメディレス。パララーザのソーサラーなの」 「あ、えと、あの……カ、カズキです」 「カズキ。良い名前だわ」 おお。この世界に来てから初めて聞く言葉だ。 「すぐに治してあげる」 俺のそばに屈み込んだメディレスは、そう言うとにっこり笑ってこげ茶色の瞳を閉じた。 「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、クーラー・イプスム。『癒しの雲』」 メディレスが唱え始めた時から、俺の周囲の空気が微かな光を放ったように思えた。そしてその言葉を唱え終えた時、体に重く圧し掛かっていた疲労が解け、肩の痛みが消えていった。 「嘘ぉ……」 思わず呟く。だって……。……えー? まじで? 肩の、ウォーウルフにすっぱりとやられた爪傷が、消えたのだ。しかも、完全に。 全然痛みなんかない。やっぱり傷のせいだったのか、頭を霧が覆っているようなぼんやりとした熱さも消えていた。ついでに疲労もなくなっている。今からだってギャヴァンに向かって出発出来そうだ。 「どう?」 呪文を唱えた時の朗々とした声はどこへやら、また元の弱々しい声に戻って、メディレスは微笑んだ。 「凄い!! 治ったみたいです。ありがとう」 「どうしたしまして。……カズキちゃんたら可愛いから、中級クラスの魔法をかけたわ。サービスしたわ」 ……。 「ありがとう……」 カズキちゃんって……。 「こんくらいの傷だったら、『癒しの雫』で十分じゃんよ」 しらっとナタが言った。メディレスがもじもじとナタを見た。 「意地悪ね、ナタったら……」 けたけたと笑っていたシリーは、その笑いをまだ顔に残したままで俺に言った。 「さ。魔法で回復したとは言え、疲れてんだろ。今日はゆっくりここで休んで行くと良い。食事はとったのかい」 あ。 「まだでした」 言われるまで忘れていた。それどころじゃなかったんだ、精神状態が。 思い出してみれば、空腹を覚える。急にぐうーっとお腹が鳴った。 「おいおい。この時間まで飲まず食わずで来たのかい?」 シリーがさすがに、呆れたように俺を見た。そんなこと言ったって……。 「仕方のないボーヤだね。ちょっと待ってな。何か残っているか見てきてやるから」 「あ、大丈夫です。俺、パン持ってるし……」 慌てて横に放り出した荷袋を取り上げようとすると、シリーがびしりと制した。 「待ってろと言ってるんだよ。保存食は持っておいた方が良い。いつありつけなくなるかわかんないご時世なんだからね。提供してくれる人間がいる時は素直に受けときな」 言い捨てるようにして出て行く。その姿をぽかんと見送ってから、俺ははっとレイアのことを思い出した。 しまった今まで忘れてたけど随分静かだけど、どうしたんだろう。 「レイア?」 頭の上にいるのはわかってんだけど。目だけ上げるが、その姿は見えない。メディレスがくすっと笑って指差した。 「寝ちゃってるわよ」 「え?」 人の頭の上で? 失礼な。 「疲れていたのでしょう。そのまま寝かせてあげたら良いわ」 「でも……レイアも俺と同じで食べてないし」 言いながら悪かったな、と反省する。レイア、俺が余りに切羽詰ってたから言い出せなかったんじゃないだろーかと思って。 「大丈夫よ。ピクシーでしょう。ピクシーはほんの少しの食事と妖精の水で3日は持つはずだわ」 へ? 「そうなの?」 「そうよ。……あなた、本当に何も知らないの?」 「はぁ……」 メディレスがそっと、俺の頭からレイアを起こさないよう取り上げながら問う。 どう言ったもんか迷った末に、俺は散々俺を助けてくれたこの人たちを信用することにした。……もちろん、アルトガーデンのお家騒動やレガードの話なんかは出来ないけど。 「あの、俺、実はこの世界の人間じゃなくて」 「は?」 ナタとメディレスが同時に、ぽかんとした顔で言う。そこへ、でかい木の器にスプーンを突っ込んだものを持ってシリーが戻って来た。湯気がふわふわと漂っている。おいしそうな匂いがした。 「まだシチューが残ってたよ。こんなもんで良ければ食うかい。……何変な顔をしてんだい、2人とも」 「いただきます」 ぺこんと頭を下げて、受け取る。 俺のいた世界と同じような、白っぽいとろっとした液体の中に煮込まれた野菜や肉がたっぷり入ったシチューだった。おいしそうな香りがする。 この世界の食べ物は、シャインカルク城で過ごした時間の中で見たことのない食べ物とか当然いっぱいあったけど、別に俺の舌に合わないものじゃないことは検証済みだ。ありがたくスプーンに手を伸ばす。 「この世界の人間じゃないって……」 メディレスが困惑したように、俺にかシリーにか呟いた。「は!?」とシリーが頓狂な声を上げる。……うまいな。何か、城で食ってた上品な食い物よりこういう庶民的なモノの方が俺には合ってるみたい、やっぱり。 「ほうれす」 はふはふと頬張りながら答えると、全員の視線が俺に集中したのがわかった。 「どういうこと?」 ナタが身を乗り出して尋ねる。 「や、俺にも良くわからないんだけど……。どうも、こっちの世界に紛れ込んじゃったみたいで」 「じゃあカズキはどっちの世界の人間なのさ」 「あっち」 「あっちってどっちだよ……」 これ以上説明の仕様がない。今なら、最初の浄化の森でレイアが説明に困った理由もわかる。 「それは、良くわかんないけど。俺のいた世界では魔物なんかいなかったし、魔法も魔術師も妖精も……全てがいなかったです」 「え、だってちゃんとヴァルス語しゃべってるし」 ナタが言った。人参に似た野菜に息を吹きかけて冷ましながら、頷く。 「レイアが教えてくれたんだ。なぜか最初からレイアの言葉だけはわかったから」 「妖精族だからね、きっと」 以前レイアが言っていたのと同じようなことをメディレスが言った。 「うん。多分」 「何をしに、ギャヴァンへ?」 シリーは床にどっかりと腰を下ろして胡座をかくと腕を組みながら尋ねた。 「シサーって人に会いに。俺、元の世界に戻る為に、ちょっと人に頼まれたことがあって」 「頼まれたこと?」 「シサーに会うのかい!?」 メディレスとシリーの言葉が被った。ので、どっちに答えて良いのか困惑する。 ……あれ? 「頼まれたことは、言えない。……シリー、シサーを知ってるの?」 シチューを空にして「ごちそうさま」と皿を床に置く。シリーはにやりと笑った。 「知ってるさ、もちろん。あたしの中ではピカイチの男だね」 へええ? 俺の中ではシェインと同類だと思っていたので、意外だった。……と言うと、シェインに殴られそうだけど。 「ふうん? かっこいいんだ?」 「そりゃあもうあんた。剣の腕は一流だし、頼りになるし。あんたみたいなガキジャリとは一味違うよ」 悪かったね、ガキジャリで。 何だかシサーに心酔してるみたいだから、話半分に聞いとこう。 俺が顔を顰めると、メディレスがもそもそと俺をフォローするように言った。 「でも……カズキちゃんはこれで、良いと思うのよ。素直で可愛いし……」 だからその可愛いって何なのさ……。 「良かったね。メディレスはシサーよりあんたの方が良いってさ」 シリーはそこまで笑わんでもえーだろと言うくらい、爆笑をかましてくれた。……失礼な。 「シリーたちは、いろんなところを旅してるの?」 意味もなく頬を軽くつまみながら尋ねると、シリーはこくりと頷いた。 「そりゃあもういろんなところに行くよ。ローレシアだけじゃない。行ったことがないのは、フレザイルだけだ」 フレザイル……北の、氷の大陸。 「何でフレザイルには行かないの?」 俺の問いにシリーは、やれやれと言うように軽く顔を振った。……しょうがないだろ。わかんないんだから。 「フレザイルに行ったって、商売になんかなりゃしないからね。いるのは氷の魔物ばかりだ」 「そうなの?」 「そうさ。尤も……」 にやり、と含みのある笑みを浮かべる。 「お宝もあるって話だけどね」 「お宝?」 「魔剣『ラグナロク』だ」 何だかRPGめいて来たぞ。 魔剣……エクスカリバーの伝説の話でもそんな言葉が出てきたな。 「何、魔剣って」 「魔法を帯びた剣さ。『ラグナロク』はその昔神が鍛えたと言われる炎の剣だ。魔力を持たない人間でも、ハンパな魔法より遥かに強力な火の魔法を使うことが出来るらしいな」 「へえ。そんなのがあるんだ」 便利そうだなぁ。俺のこれも、剣が勝手に魔物を倒してくれないだろうか。俺が逃げてる間に。 「さて。そろそろ休みなよ。あたしらも休もう。……カズキ」 「あ、え?」 胡座を解いて立ち上がりながら、シリーが手を出した。 「その上着、貸しな。そのまんまじゃ着るに着られないだろう。明日出発するまでに綺麗にしておいてやろう」 え、そんないろいろやってもらっちゃ、悪いよ……。 「気にするな。これも何かの縁ってやつさ。今度会った時に借りを返してくれれば良い」 借りを返すも何も、俺、何も出来ないんじゃないかなあ……。あ、それに。 洗濯とかして防御魔法って消えたりしないんだろうか。 ……別に汚れだとか装飾品とかじゃないから……消えるのも変だけど。でも何かやっぱり、落ちちゃうような気がしちゃうじゃん。 「何だよ?」 「これ、防御魔法がかかってるらしいんだけど」 試しに言ってみると、シリーはまたも大爆笑をかましてくれた。何だか笑われてばかりのような気がする。 「カズキ」 ナタががっくりと肩を落として、俺の肩にぽんと手を乗せた。 「……洗濯して落ちちゃう魔法はない」 「あ、そう?」 その言葉に安心して、俺はまだ笑い転げているシリーに上着を手渡した。 「お願いします」 「あんた面白いよ、ホントに」 「カズキちゃん、ゆっくり休んでね。ナタ、部屋に案内してあげて」 「はーい」 「じゃあな。おやすみ」 シリーとメディレスが出て行くと、俺もナタに案内されてその部屋を後にした。 2006/04/13 |
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