□■戻れない夏 ex5■□
「じゃあさ、美月ちゃん送ってやってよ。りんごのお礼に」
「ええ!?」
 美月が顔を赤くして双葉を凝視した。
「美月ちゃん、亮くんのファンなんじゃないのー?」
「そんなッ……そ、そりゃBlowin’好きですからッ」
「ほらほら。ね、送ってってやってよ」
 亮はこの後、また新宿の事務所に戻ってアレンジの続きに加わる予定でいるのだが。
「いーですよ」
 微笑んで、カップを置くと立ち上がる。美月が慌てたようにあたふたと言った。
「あああの、いいんですよ、双葉さんの言うことなんか真面目に受け止めなくて」
「いいよ別に。行こう。じゃあごちそうさまでした。また明日」
「おう。お疲れー」
 ジャケットを脇に抱えて歩き出した亮の後を、美月が慌てて追いかけてくる。事務所に荷物を置きっ放しだという美月をいったん別れ、駐車場で待ち合わせることにした。1人エレベーターで地下へと降りながら、にやつきそうな顔を片手で抑える。
(やべー……ラッキー……)
 美月がいるとわかってから、ラジオ局に来るのが楽しみでもあった。美月と少しでも長く話せた日は、嬉しかった。まるで高校生のようだ。まさか自分の車に美月を乗せることが出来るとは思わなかった。双葉に感謝である。
「お待たせッ」
 駐車場の入り口でそんなことを思いながら待っていると、美月が息せき切って現れた。白いダッフルコートが良く似合っている。可愛い。
(……幸せ……)
 端に停めてある亮のランドローバーまで並んで歩く。美月が申し訳なさそうに言った。
「本当、ごめんなさい」
「いいって。俺、車運転するの好きだし。別に群馬の山奥とかじゃないんでしょ」
「恵比寿ですけど」
「じゃあ問題なし」
 駐車場を出て、車道に出る。美月に家までの大体の道筋を聞いてから、亮は尋ねた。
「実家、どこなの?」
「あ、青森で。両親が果樹園やってるんです。それで。今年は何か出来が良いとかでたくさん送ってきちゃって」
「へえ。いいね、何かそういう実家」
「亮さんは東京?」
「や、静岡だけど」
 結果としてそれほど仲の良い親子ではない。尚香がいるから、気を使ってあれこれ送ってくるようにはなったが、以前など音沙汰さえなかった。
「亮さんの車、かっこいいですね」
「え、そう?」
「うん。高そう。何か」
 中古だけどね、と苦笑いする。もっと売れるようになったら新車のランドローバーが欲しいのだけれど。
「趣味は車、ってやつですか?」
 可愛く小首を傾げた美月を視界の端で見て、亮も首を傾げた。
「どうかなあ。そこまででもないけど、結構好きかもしれない。車とかバイクとか」
「亮さんって趣味多そう」
「そう?何で?」
「わかんないけど。社交的な感じするから」
「そうかなあ。それほどでもないと思うけど。音楽一辺倒でやってきちゃってるから、あれこれやる金も時間もなかったし。趣味ねえ……アウトドアは結構好きかなあ。キャンプとか釣りとか。ボーリングとかビリヤードなんかもよくやるかもしれない」
「へえー。キャンプ行ったりするんだ」
「夏なんかはね……」
 キャンプセットをいきなり購入して尚香に殴られそうになったっけ、などと思いつつ、それは口には出さない。
「でもどっちかって言うと、ウィンタースポーツかなあ、俺は」
「スキーとかやるの?」
「スキーもスノーボードもスノースクートもショートスキーもスノーモービルもスケートも一通りは」
 ぞろーっと名前を挙げると美月は吹き出した。
「あはッ。凄い」
 美月が笑ってくれるのが何となく嬉しい。
「でも結局スキーかな。スノーモービルなんかも面白いけどね」
「マリンスポーツはやらないの?」
「サーフィンとか?」
「うん」
「サーフィンはやらないなあ。波乗りはあんまり興味ないみたい。ただスキューバのライセンスは欲しかったんだけどね。なんせ潜れるようなところに行ける……」
「金と時間が……って?」
「そうそう」
 セリフを取られ、今度は亮が笑い出す。気が付けば、もう美月の家は間近だった。
「美月ちゃんは?」
「え?」
「趣味」
「んー、あんまりこれと言ってないかなあ。お菓子作りくらいで」
「作るの?」
「うん。粘土細工みたいでね、可愛いお菓子作ってるのって楽しくて。でもどうせ食べられないから、いっぱい作って職場に持ってったり」
「へえ。今度作ってきてよ」
「うん」
 美月の指示通りに細い路地を走りながら、亮は小さく微笑んだ。
「え?」
「いや、何か良かったなあと思って」
「何が?」
「俺、昔美月ちゃんのファンだったからさ。あんまりにもイメージそのまんまで、何か安心したって言うか……この角?」
「そう、そこ曲がるの。……嘘?」
「本当だよ」
「信じられない。……あ、この辺で大丈夫」
「そう?」
 車を停める。恵比寿駅からは歩いて15分くらいの少し暗い路地。別れが惜しい。
「俺、本当に美月ちゃんのファンだったんだよ」
「嘘だよ」
「……どうしたら信じてくれんのかなあ」
 困ったような顔で頑なに否定する美月に、亮はハンドルに体重を預けながらぼやいた。
「……キスしてくれたら」
「……え?」