「……で?」
「は」
「何よ?相談って」
「……あ……」
しまった、今一瞬忘れてた。移籍の話があまりに突然で、しかも重要な出来事だったので。
「ああー……あのー……」
「何だよ?好きな女でも出来たのか?」
「!!」
なぜ!!
顔を赤くして言葉に詰まる俺に、亮さんはつまらさなそうにウィトレスさんにコーヒーの追加を頼んだ。それに便乗して俺も追加しながら、言葉を探す。
「和弘ってわかりやすいのなー」
「そんなことはッ……」
「で、その彼女が構音障害でもあんの?で、ハンカチ借りたんだ?」
「……ッ……」
何でそんな話してもいないことまでわかっちゃうかなあこの人は!?
そんな疑問が全部顔に書いてあったらしく、亮さんは新しく来たコーヒーカップを引き寄せながら言った。
「今日いきなり手話とか言い出したじゃん。ハンカチ眺めてため息ついたりさ。バレバレなの、バレバレ。それでわからないとか思うオマエの方が俺には不思議」
「……」
確かに……。
そこまでばればれでは今更隠したってまったく無駄な話で、俺は先日の出来事を亮さんに話した。特に口も挟まずに黙々と聞いていた亮さんは、俺が話を終えるとすいっと人差し指をたてた。
「ポイントは犬」
「は?犬?」
「まず、犬の散歩ってコース決まってんのよ。ま、何パターンかあるにしても、通る道はそんなにはないんじゃない。車通りが多いトコとかは絶対避けるだろうし。犬連れてんだから、出来れば草とか生えてるようなとこの方が犬も喜ぶだろうし」
はああ……なるほど。
「次いで、犬の散歩の時間ってほとんど決まってるの。ずれたとしても前後2時間くらいなんじゃない。彼女の休みが凄く不定期でたまたまその日は休日でのんびり犬の散歩に付き合ってやったんだとしても、ま、1日に2回くらいは散歩行くのが普通だし。散歩するくらいだから半径30分程度のところに住んでいると思ってもあながちマチガイとは思えない」
さすがだなあ……って普通は気づくのかなそのくらい。俺が馬鹿なんだろうか。
「問題は彼女が家族と住んでいて、犬の散歩が彼女に限らない場合だけど……ま、本当に会いたければ同じくらいの時間帯にその海岸辺りにいれば、長くて1週間くらいでまた会えるんじゃないか」
「でも……そううまくいきますかねえ……」
「って言ってたって仕方ないだろ。やってみれば会えるかもしれないじゃん。……稲毛つった?」
「はあ……」
亮さんは店の壁際にかかった時計にちらっと目をやって立ち上がった。
「いい時間じゃん。これから行こうぜ」
「えええ?これから?」
「これから。ハンカチって持ってんの?」
「いや……家です」
さすがに持ち歩いてはいない……。
「馬鹿何で持ってねぇんだよ。じゃあ今からハンカチ取りに行って、お前の車そのまま置いてこいよ。俺の車乗ってけばいーじゃん」
「あ、はあ……」
「んじゃ決まり。さっさと行くぞ」
なんつーか、勝手にテキパキと話を進めていく亮さんに従って、あれよあれよと言う間に亮さんの運転するランドローバーは東関東自動車道を走っていた。まったくこの人の行動力は怖い。
「でもさあ」
開けた窓の外に煙草の煙を送り出しながら、亮さんは視線は前方に固定したまま言いにくそうに少し言葉を濁した。
「? ……何です?」
「マジになんなよ」
「え?」
「そのコに」
「……え?」
言われている意味がわからない。。どういうことだろう。
「え?え?どういうことっすか?」
「いやー?別に……そのまんま」
「え?でも……じゃあ遊びならいいんですか?」
俺の一言に亮さんは思いっきり吹き出した反動でアクセルを踏み込んでしまう。
「馬鹿!!危ないだろッ」
……えええええ〜。
「俺?今の俺ですかあ?」
「オマエだろッ。何でそんなかなあ、オマエは……」
そんな言われても……どんなですか?
「だって本気になるなって言うなら遊べってことでしょう。ひどいなあ、亮さん。そんな人だとは思わなかった」
「あほあほあほあほあほ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……いるといいな、彼女」
少しの間口ごもるようにしていた亮さんは、ふいっと視線を微かにこちらに向けて微笑んだ。開けた窓から入り込んだ風がその前髪をさらう。
多分、亮さんファンの女の子がここにいたら、卒倒しそうな絶妙な感じで、こういうシーンに出くわすたびに俺はいつも羨ましいなあと思ってしまう。同じ中性的な感じでも、亮さんみたいなんだったら全然人生違ったかもしれない。
「……あ?何見てんの」
「いや、亮さんって綺麗ですよね」
「はああ?何言い出しちゃってんの、和弘クン?」
「……別に……」
こういう気持ちは、この人にはきっと永遠にわかんないんだろうな。他人を羨む気持ちも、そして羨まれる自分自身というものも。そのまま無頓着でいて欲しいとも思うけれど。
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