□■あの日の空 ex16■□
 「亮ぁ〜」
 赤みがかったやや長い前髪を風がさらう。欠伸を噛み殺し、くっきりとした二重瞼の下の黒目がちな目に涙を浮かべながら学校へ向かう道を歩いていると、背中から何者かが体当たりをしてきた。振り返ると同じクラスの中本誠が小柄な体を弾ませて立っていた。
「おはよー、マコちゃん」
「マコちゃんって言うな」
 すらりと背の高い亮と背の低い誠が並んで歩くと、頭一つ分は身長差が出てしまう。
「あ〜本当に暑い……」
 明日から夏休みに入る。夏も盛りのこと、当然すっかり暑い。高校に入って、5月に誕生日を迎えた亮は16歳になると同時に普通自動二輪の免許を取ったが、まだバイクを持っていない。バイク通学は校則違反だが、手に入れたら絶対バイクで通学してやるとこっそり思っている。そうしたらこんな日は風を切るのが気持ちがいいに違いない。額に浮かんだ汗をそっと腕で拭いながらそんなことを思った。
「亮、夏休みどうすんの?」
「どうするって何が?」
「バイトに燃えるとか彼女作るとかどっか行くとかさ。何かいろいろあるじゃん」
「とりあえずバンドかなあ。練習しまくってばんばんライブやる。……誠、来るよな?ライブ」
 強引に言ってにや〜っと笑うと誠は鼻の頭にシワを寄せた。
「行けたら行く」
「何をう。行かせていただきますとゆえ」
「いやだ」
 軽口を叩きながら歩いていると、校門が見えて来た。そのわずか手前の人影を認めて誠が声を上げる。
「矢田部さんと如月だ」
 痩せぎすの体に金髪気味の男と、ショートカットの小柄な女の子。同じクラスの如月彗介と矢田部美歩だ。亮にとっては、2人は高校のみならず中学から一緒である。
「なーなー。何で亮って矢田部さんと付き合わないの?」
 そして美歩は自他共に認める亮ファンでもあった。顔が良くて適当に3枚目で人当たりも良く頭の回転も早い亮は、当然のことながら女の子に人気がある。それだけで同性からは嫌われそうなものだが、不思議なくらい亮は同性からの受けも良かった。そんな亮に表立って騒ぐ女の子は何人かいるが、美歩もその中の1人である。そして美歩自身、小動物を連想させるような可愛らしい顔立ちと愛くるしいキャラクターで男子生徒の注目をそれなりに集めている女の子でもあった。その美歩にあれだけ騒がれてるんだから、普通なら付き合うだろとはこれまでも何度か言われたことではある。
「憧れと恋愛は同じ物ではないのだよ、中本くん」
「はあ?」
 苦笑してそんなふうに言っている間に、2人との距離は縮まっていく。隣を歩く美歩に合わせて、彗介の歩調が遅いためだろう。
「おはよ〜ん」
 言いながら2人の頭に手を乗せる。ぎょっとしたように彗介がすぐに顔を上げた。亮とは対照的な奥二重の小さな目が亮を睨む。潔癖な感じのする顔立ちはどちらかと言えばハンサムの部類に入るのだが。
「……やめろよ、遠野」
「相変わらず無愛想なんだから〜ケイちゃんは」
「きゃああん。亮ぁ、おはよぉぉぉ」
「おはよう、美歩ちゃん」
「手をどけれ」
 彗介は亮と違って無口だし無愛想だ。それなりに付き合いの長い亮でさえ、腹を抱えて大爆笑をする彗介を見たことはない。が、大切な仲間だ。中学から共にギターを抱え、バンドを組んできたのである。
 ぞろぞろと4人で連れ立って校舎へ入る。今日は少し余裕がある到着となった。出席番号が1番違いの誠とふざけながら上履きに履き替える。教室に向かって歩き出そうとした時、背後から声をかけられた。
「あの、遠野くん」
「はい?」
 振り返ると、すらりとしたかなりの美人が立っていた。真っ黒な美しい髪はさらりと肩下まで伸びていて、憂いを湛えた瞳が亮を捉えている。学年章を見ると赤・・・つまり3年生だ。
「はい?」
 返事をして立ち止まりながら、さりげなく彗介たちに先に行くよう手で示した。美歩が噛み付きそうな顔をしているが、それはこの際彗介に任せる。
「わたし、3年の木下夏織です。今日、終業式の後、教室にいてもらえませんか?そんなに時間はとらせませんから」
「あ、はい。いいですけど……」
「それじゃあ……」