□■十字架の天使 ex■□
 「お前ねぇ。仮にも芸能人が素顔晒して歩くかねぇ」
 思わず呆れながら言うとその男―Grand Crossのヴォーカリスト橋谷啓一郎はきょとんとした顔でストローを咥えた。
「だって、誰も俺の顔知らないもん」
「けど、デビューシングル、まあまあの売れ行きでしょ?」
「新人にしてはって注釈がつくけどね」
 雑誌を閉じてすっかり冷め切ったポテトをつまむと口に放り込む。
「でも考えてもみろよ。あの映画観た人間の何割かが曲覚えてて、CD買ったのがそのまた何割で、俺らの顔覚えてるのなんてまたそのごく僅かな何割だぜ?しかも全国規模」
 ま、それもそうか。全国に散らばってるんだもんね。
「にしても久しぶりじゃん。高岡、大学、どう?」
「うーん、まあまあかなあ……」
 俺と橋谷、それからGrand Crossのドラムス神田一矢やギターの野沢和希なんかは高校が一緒で。
 そのうち橋谷と和希さんは、一緒にバンドを組んでた時期もあったりする。もっとも、当時は橋谷はヴォーカルではなくてギターをやってたりしたんだけど。
「橋谷は専門、どしたん?」
「どしたも何も、卒業しましたが」
 だらだらと現状報告みたいな雑談をしながらポテトを空にして立ち上がる。
「移動しよ」
「ああ、うん」
 飲みかけのシェイクをずずーっと飲んで橋谷が立ち上がる。並んでファーストフードを出ながら、俺は軽く欠伸をした。
「さーて。今日はデビュー祝いちゅーことで俺が呼び出したんだから俺サマが奢ってやろう」
「うそ。まじ?」
「おう。どんと来い。て●やと、らん▲亭と吉野■、どれが良い?どれでも好きなのを選ぶが良い」
「……まじ?」
 橋谷がどろんと肩を落とすので、苦笑しながら俺は振り返って足を止めた。
「ファミレスに格上げしてやろう」
 ファーストフードと同じ並びにあるファミレスに足を向ける。ウェイトレスのお姉さんの出迎えを受け、意外なほど可愛いその店員さんに橋谷と共に鼻の下を伸ばしつつ、席についてメニューを広げた。
「俺みたいに、デビューしたって知って電話してきたやつとか、他にもいる?」
 ハンバーグにしようか思い切ってステーキとかいっちゃうか〜?とか思いつつ、メニューに視線を落としたまま言うと、同じくメニューを見たままの橋谷が頷いた。
「ああ、うん。どこで知るのかな」
「だから雑誌に載ってたって言ったべ」
「言ってた気もするけど。……高岡とか悟とか西野とかはいーんだけどさあ……」
 そこで橋谷は顔を上げた。ハタチ越えて尚、可愛い顔をしている橋谷は、小学校中学校の時はさぞかし性別を呪われただろうと言う名残が未だにある。まぁでも高校を卒業する辺りからだいぶ男っぽくなったっちゃあなったんだろーな。一応。
「浅野がかけてきた時は一瞬電話切りたくなったけど」
「何?橋谷って浅野嫌いだったの?浅野が橋谷を恨んでたのは知ってるけど」
「それなら逆もアリでしょーが。……俺、チーズハンバーグ」
「何ぃ。俺もそれ狙ってたのに」
「……いーじゃん、食えば」
「お揃いなんか気持ち悪い。変更だ変更」
「俺が?」
「……祝いだからな。寛大な気持ちで俺が譲ってやろう……」
 たかだかファミレスで何言ってんだばーか、と、橋谷が頬杖をついてけたけたと笑った。