目覚し時計の音がけたたましく耳元で鳴り響いたが、暁月紫音(あかつき しおん)は手探りで時計を叩き落とすと訪れた静寂に、また布団に頭を埋める。艶やかな黒髪に鋭利な瞳と意志の強そうな口元、黙っていれば理知的でクールな容貌とも言えるその顔は、今はだらしなく弛緩している。再びゆったりとしたまどろみの中に沈み込みそうになった時、荒々しくドアが開け放たれた。
「お兄ちゃん!!紫音!!」
「……うんー……」
布団を乱暴に引き剥がされて、紫音は不機嫌に細めた目を、その上を行く不愉快な顔をして仁王立ちしている妹に向けた。やや吊り気味ではあるが大きく愛嬌のある瞳に、腰まで届く長いさらさらの髪、全体的には小柄でスタイルは抜群とは言えないまでもバランスの取れている方だ。美少女と呼ぶに差し支えはないのだが。
「……うるせぇ、ブス」
「何だとおおおおお!?」
「うわ……」
愛くるしい顔立ちを鬼の形相に歪めている妹に惧れをなして布団に逃げ込もうとするが、紗久良(さくら)はそれを許さなかった。
「早く起きないと、朝ごはん片付けちゃうわよ」
「……わかったよ……」
渋々ながらも紫音が身体を起こすのを認めて、紗久良はカーテンを開ける。眩しい朝の光が窓から差し込み、紫音は目をしばたかせた。それからおもむろに着ていたTシャツを脱ぎだす。振り返った紗久良が小さく悲鳴を上げた。
「ひ、一言言ってから着替えてよッ」
「俺の部屋なんだから別にいーじゃねーか」
怒鳴りながら慌てて部屋を出て行く紗久良に小さく抵抗しつつ、紫音は寝癖のついた髪をかきまぜた。
何だかひどく疲れていた。夢見が悪かったような気がするが、内容は覚えていない。昔から変な夢はよく見るが、最近その頻度があがったような気がする。
制服に着替えて部屋を出ると、居間では紗久良がクッションを抱きかかえてテレビを見ていた。ダイニングのテーブルにはバターを塗ったトーストとスクランブルエッグ、カップスープと簡単なサラダが用意されていた。
暁月家のいつもの朝食である。コーヒーメーカーにセットされていたコーヒーを自分専用のカップに注ぎながら紫音は紗久良に視線を送った。
「まだむくれてんのかよオマエは」
「お兄ちゃんのすけべ」
(なぜ俺が裸を見られて、俺が責められるんだ?)
この辺の女性心理が紫音にはよくわからない。
「早くしないと新(あらた)くん、来ちゃうよ」
「ん?……あぁ」
視線をテレビに向けながら、半ばぼんやりと朝食をとる。コーヒーを飲み干したところでチャイムが鳴った。
「洗わなくていいから、ちゃんと水に浸けておいてね」
言い捨てて紗久良はテレビを消すと玄関へ向かった。話し声が聞こえたが、ドアの閉まる音と共に聞こえなくなる。へぇへぇ、と小さく呟くと皿を流しに運び、身支度を整えるために自室へ戻った。
暁月家は紫音と紗久良の2人暮らしである。両親は1年前に事故で亡くした。夫婦2人仲良く旅行の最中の飛行機事故だった。
搭乗前に「今から帰るから紗久良をよろしく頼むわね」という言葉が母の最期の言葉になった。訃報を受けた時の焦燥感や喪失感は1年経った今でも消えるものではないが、紫音には守ってやらねばならない存在がいたから立ち上がることが出来たのだと思う。
もちろん紫音自身のショックも大きかったが、紗久良の状態はひどいものだった。一時期自閉症気味になり、言葉を発しなくなった妹を案じ、同じ高校に通う妹の登下校に付き添っているうちに、いつの間にか今でもその習慣が続いている。下校はさすがに最近はばらばらになったが。
(まあ一概に習慣だけとも言えないか……)
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